弱小忍者に出来るコト
「忍者の水影。お前を、本日付けで一軍パーティから二軍へと降格する」
聖騎士の言葉に、忍者は顔を青くした。
「なんの冗談だよ、リーダー! そんな、嘘だろっ?」
「悔しかろうが、決定事項だ。お前にはもう、中衛火力を任せられない」
「なん、で……だよっ。俺は確かに、少しレベルは低い。でも、一生懸命やってきたじゃないか!」
「苦労は認めるよ。レベルも誤差の範囲内だ。しかし原因はそれだけじゃない。気づかないか?」
忍者は押し黙る。侍の目が、悲しげに伏せられた。
「原因は二つだ。ひとつ、お前は人の話を聞かなすぎる。他人の指示の吟味が足りないし、そもそも最後まで耳を傾けていないこともある。それが味方全体を危険に晒すってことは、再三説明したよな?」
「……」
「今までは、それでもなんとかなった。けれどこれから先は、そうもいかないんだ。生半可な物理攻撃に対するカウンターをする敵が増える、という噂は聞いているよな。お前の独善的な攻撃で、味方が余計なダメージを受けては堪らないんだ」
「悪かった。治すよ、治すから!」
「ほらまた、最後まで聞かない。理由は二つあると言ったじゃないか」
「ーーッ」
「もう一つは、忍者固有スキルの未熟さだ。ムラがあるが、致命的なのは『陽炎』と『影分身』の差別化。これは、自分で判っているんじゃないか」
「『陽炎』は本来、質量のない自分の幻を作成、囮にする特技。一方の『影分身』は、自分自身のコピーとなる肉体を作成、手数を増やすことで攻撃力を倍以上にする特技だ……」
「その通り。どちらも忍者が誇るべき、優秀な汎用スキルだ。しかし、お前の場合。この二つがごっちゃになっている」
「俺は……自分の体重を分割した分身を作ってしまう。体重60キロの俺が二体の分身を作ると、オリジナルとそれぞれの分身は20キロ。三体作れば、オリジナルと分身はそれぞれ15キロになってしまう……」
「ああ。本来の影分身は、自分と同じ質量のコピーを一体だけ作る。だから、攻撃力は倍以上になる。お前のそれは、軽くなる変わりに数量制限が無いが……軽いということは、代償としてあまりにも大きい」
忍者は、唇を噛み締める。
「大多数の格闘技は、参加者の体重によって部門を分けている。例えばボクシングなら、フェザー級とか、ライト級とかな。ボクシングをよく知らなくても、名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか」
忍者は頷く。
「こうして分割する必要があるのは、体重が有る者の方が無い者よりも基本的に有利だからだ。一撃の威力が変わるし、打たれ強くもなる。さっきのボクシングで言えば、ほんの2,3キロの差で階級が変わってしまうほどだ」
忍者にとっては、既に一度聞いた話ではあった。それでもなお、耳が痛くなる思いがした。
「しかも。この世界においては、軽いほど疾風系魔法の影響をより強く受けるという弊害まである。風に吹き飛ばされ、戦場から離脱させられる。それがどれほど重大か、言わなくても判るよな」
「判るさ……メンバーの頭数が減ることの辛さくらいは」
「その点、お前はどうだ。分身すると、10キロ単位で体重が減少してしまう。それでは攻撃力が低下したって何もおかしくない。格闘はもちろん、刀や弓を使うにも、武器の重さからすぐスタミナを切らす。銃にしたって、反動に耐えきれず照準が定まらない」
「手裏剣は使える……けれど威力が足りなかった」
「サポートに徹するにしたって、忍者は大した支援スキルを覚えない。しかもうちのパーティでは射手と神官で事足りてる。だから、……もう判るだろ」
俺はもう、必要ないのか。その言葉が、喉元から出かかった。
「お前は勇気があるし、訓練にも前向きだ。そこは、評価したかった。でもこれから先の冒険には、それだけでは立ち向かえないんだ。……もし、今挙げた問題点を一つでも克服出来たら、必ずまた考え直す。だから、判ってくれ」
忍者は目に涙を浮かべていた。聖騎士が言い終わるよりも早く、その場を足早に逃げ出した。
「ちくしょう……なんだよ、リーダー。判ってるくせに。第一線を離れたら、レベル差を埋めるのが更に難しくなるって」
それから数十分後。街の外れの、小さな酒場。ロックの蒸留酒を片手に、忍者は一人で落ち込んでいた。
「話聞かねえって性格は、治せるかも知れないさ。でも、一朝一夕じゃできっこない。スキルだってそうだ、これまでのクセが強くって、そうそう元には戻らねえ」
眠り目に赤ら顔で、大きな溜息。
「吞まなきゃやってらんねえよ。これから、どうすっかなあ」
「水影!」
誰かが忍者の名を呼んだ。気だるげに振り返る。
「ああ、ヒーラーさん。送別会でもしてくれるんですかい? へへっ」
やけっぱちになって、下心を隠そうともしない。ヒーラーこと神官は、実際いい女だった。
「送別なんてするつもりないわよ。これまで一緒に戦ってきた仲間でしょう? 私はあなたに、復帰して欲しいの」
「優しいんですねぇ。世辞でも嬉しーい。でも、今回ばかりはどうにもなりません。でしょ」
「そんなことないわよ。きっと……あ、マスター! カクテル頂戴。……きっとなんとかなるわ」
「気休めですかい。気持ちはありがーてえが、それで元気になれるほど俺は単純じゃありませんぜ」
「この、酔っ払い。真面目に話聞きなさいよ」
ちょっと荒げた声に、忍者は怯んだ。
「もう一度、考えてみて。リーダーが言った条件は何?」
「……。レベル、性格、スキル。この三つのどれか一つでも改善出来ない限り、一軍パーティから外す。って」
「そう。どれか一つで良いのよ? なんとかなりそうだと思わないかしら」
「無理ですよ。三つとも、そう短時間でなんとかなるわけがない」
「レベルと性格については、私もそう思うわ。でも、スキルはどう?」
「それも一緒でしょう。短時間で、これだけクセのついたモノを矯正するなんて」
バーテンダーからカクテルを受け取りながら、ヒーラーは悪戯っぽく笑った。
「ああ。やっぱり、勘違いしてるわね!」
「え?」
「よく、思い出してよ。リーダーは一度だって、普通の『陽炎』と『影分身』を習得してこいとは言ってないわ」
記憶を辿る。そういえばそうかも、と忍者は思う。
「彼が指摘したのは、あくまで中衛担当としての火力の低さだけ。必ずしも、今のあなたのスキルを否定する必要はないわ」
一瞬、目を見開く忍者。不意にグラスを煽る。
「でも、困難だってことは変わりませんよ。今までどうやっても出せなかった攻撃力を、短期間でどうにか手に入れろってんでしょう? 手段が限定されてないだけで、むちゃくちゃだ」
「むちゃくちゃだけど、今まで試してなかった手段がまだあるはずよ。その手段で、なんとか出来るかもしれない。だからそれを、一緒に考えましょう」
グラスが手から滑りかける。赤いグラスを傾けるヒーラーの顔が、忍者の目には綺麗に映った。
「まずは、そうね。まだ試したことのない武器はないかしら」
「あらかた使ってはみたんすよね。忍者刀や苦無、手裏剣は勿論。普通の忍者じゃ使わないような、弓、ナイフに片手剣。弩、拳銃、槍に鎌まで。でもどれも貧弱なものでした。正直、駆け出しの冒険者にも劣るくらいの威力しか出ない」
「すると普通の武器はまず使えないと見て良いわけね。物理がダメなら魔法攻撃は?」
「魔力ステータスはともかく、呪文を覚えることが出来ないんすよ」
「ならほら、攻撃系消費アイテムの……」
「魔法ビンや、起術符。ですね。一時は俺も考えたすけど、金銭的に厳しくて」
「よね。私も言っててそう思ったわ。アレって普通、ボス戦で使うものだものね」
「本業の魔術師には威力と多様性で劣ってしまいますし。分身して使えば出費は倍以上。アイテム所持数も圧迫すると来た。とても現実的じゃありませんや」
「困った、わね。一般的な攻撃手段は、全て使えないか不十分ってわけか」
「です。……やっぱり無理でしょう? こうやって相談してくれただけでも十分嬉しいすよ。だけど、もう……」
「そんなこと言わないでよ! あなたがパーティから抜けたら……」
「え?」
「……、目覚めが悪くなるわ。だから、もっと考えましょう。一般的な手段がダメなら、何か奇抜な手段を」
「奇抜、ですか」
「そう。他の人なら絶対しないような、新たな手段」
「どんな?」
「それは……ほら、普通の人が思いつきもしないソリューションよ」
「全然答えになってないじゃないすか」
「わ、判らないから話し合ってるんでしょう!」
「そうっすね、すみません」
「革新的なアイデアなんてものはねえ、そうそう出てこないもんなのよ。ヘンリー・フォードも言ったでしょう?『もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは「もっと速い馬が欲しい」と答えていただろう』って」
「え、あの、ヒーラーさん?」
「ライト兄弟や風船おじさんが飛んだのだって、誰も予想しなかったはずだわ。つまり、アイデアなんて、一般人の予想を裏切ってナンボなのよ」
「アコーダンスなんて頼むから……」
「酔ってないわよっ!」
「あはい、すみません」
けれどヒーラーの顔は早くも真っ赤だ。見ているこっちの酔いが醒めるほどに。
その姿を、忍者はまじまじと見つめた。
「あんた、適当に返事してんじゃないでしょうね。ヘンリー・フォードって誰だか知ってんのっ?」
「自動車の大量生産で大儲けした人ですよね」
「ライト兄弟は」
「飛行機作っちゃったやつら」
「風船おじさん」
「え、それは知らないです」
「二十世紀末のおじさんよ。風船で飛んで、日本からアメリカまで行こうとしたの」
「……!」
忍者はバッと立ち上がり、思わず叫んだ。
「それだ!」
「え、ちょっと、何よ」
「ありがとうございます、ヒーラーさん! ここは俺が奢ります。じゃ、やることが出来たんで!」
お代をテーブルに置き、忍者は走り去っていった。
「え、ちょっと。風船おじさんは……」
止めに行こうかと考えて、やっぱりやめた。
「まさか実行したりしないでしょ」
まいいか。ヒーラーは一人ごちて、会計を済ませることにした。
「……で結局、水影は戻って来ず。その後私は帰ったんだけどね」
翌日の昼下がり。ヒーラーは聖騎士たちと、新たな冒険に出ていた。
「相変わらず人の話を最後まで聞かなかったわけだな。あいつは」
聖騎士が肩を竦める。
「そうなの。まったく、失礼しちゃうわ」
「まあ、まあ。それより、その風船おじさんは一体何をしたんだ? 気になるよ」
「元々楽器関連で働いてたのが、ある日突然起業家になって。でも大失敗して、デカイ借金を抱えたと」
「ふむふむ」
「でもお金返すアテを無くして、風船で海を渡ってお金を返そうとしたの」
「は?」
「ホントよ。お金は人を変えるんだから」
「……風船って気球のことか?」
「ううん。ヘリウム入った普通の風船」
「そんなんで目的地に着けるハズ無いし、仮に着いても借金は返せないんじゃ」
「私もそう思う」
「うーんこの気持ち、なんだろう」
聖騎士は頭を抱えた。
「正直信じられないが、疑うのはよそう。で、その後どうなったんだ?」
「数度の実験の末、旅立ちました。今も消息は不明です」
「そりゃそうだ。ってか実行しちゃったのかよ」
「しちゃったみたいね。まあまさか、水影が同じことをしたりはしないでしょう」
「まさか、な。さて」
忍者の抜けたパーティは、立ち止まった。
「ここから先は、オレ達にとって未知の領域だ。気を引き締めていくぞ」
追い風に吹かれながら、冒険者たちはまた足を踏み出した。
「さあ、行くか!」
同じ頃。忍者は、街の外れにいた。
「これで準備オーケイだろう。俺は飛べるっ!」
拳を握りながら、『まさか』を実行しようとしていた。
既に腹部にヘリウム風船を沢山括りつけている。子どもが遊ぶ玩具だ。色とりどりのソレは一つ一つが忍者の体を引っ張り上げているが、今のところはまだ片足さえ浮いてはいない。
だが忍者は、それで問題ないという確信を持っていた。自信たっぷりに叫ぶ。
「固有スキル『影分身』!」
忍者の身体から、九つの分身が現れる。オリジナルと合わせて計十体。現在の忍者が制御できる、最大数だった。装備品も分裂するため、全員が風船を身に着けていた。
「これで体重は元の10パーセント。一体当たり約六キロになるっ」
途端に忍者たちの身体は浮かび上がり、風に流され出した。
「さあ、待ってろリーダー! ヒーラーさああああんっ!」
風に乗り、宙を滑る。猛スピードで忍者は飛んだ!
すぐに街は見えなくなり、魔物の出没エリアに入る。パーティが進んでいった領域を目の前にして、風が凪ぐ。ふわふわとしたまま、あまり進まなくなった。
「さて、どうしたものか。実の所、みんなが今どこに居るのか判らないんだよなあ」
考えあぐねていると、不意に剣戟の音が耳に入ってきた。ここからほど近い。
「風が向かう方だな。ならやることは一つだ――『影分身』!」
忍者は、その肉体を――二倍に増やした。
十九体の分身を処理する能力は、今の忍者には無い。制御が効かなくなった分身は、その場に立ち尽くす木偶の坊となってしまう。本来なら使い物にならない状態だ。
「でも風に流されている今、制御も何もありゃしねえ!」
一体当たり3キロにまで軽くなった体は、僅かな風でもぐんぐんと流されていく――そして。
「見つけたぜ、みんな!」
忍者の眼下。いつもの四人に雇われメンバーを加えたパーティが、戦闘中だった。
「くっそ、なんだこの敵は!? 隠れボスか何かかよ!」
リーダーが叫ぶ。歯を食いしばり、敵を睨んだ。
翼をもがれた巨体龍。その戦闘力は、そこらに犇めく魔物とは一線を画していた。強烈な範囲攻撃に、パーティは半壊していた。
「妙な扉を開けたのが、運の尽きってコトかしら……? 全滅も覚悟しないといけないわね」
ヒーラーは弱音を吐きながらも、手を休めることはない。五人とも生き残ろうと、必死だった。
「大変だ、すぐ助けないと!」
上空の忍者は、気を引き締めた。二十体あった身体を十体に戻し、龍の真上に停滞する。味方を含め、まだ誰も忍者に気付いてはいなかった。
十体それぞれに得物を握らせ、一瞬固まる。
「……。……! やばっ。技の名前なんか考えてる場合じゃない!」
龍は今まさに、ヒーラーへと重傷を負わせた。全滅まで秒読みだ。形振り構ってはいられなかった。
「くらえ、でかい龍! これぞ俺のソリューション――」
十人の忍者が、それぞれのアイテムを握り、そして。
「重力加速アターッッッック!!」
そのまま敵へと、投げつける――上空からの投擲!
「まだまだ行くぜえ、おらああああ!」
位置エネルギーを加えた攻撃は、一撃ごとのダメージを脹れあがらせた。
魔法ビン、苦無は勿論。ただの石ころでさえ、確実なダメージソースとなっていった。
「な、なんだ!? こいつ、目に見えて衰弱していくぞ」
「り、リーダー! あれっ!」
「……っ。忍者が、飛んでいる!?」
地上のメンバー達は、ようやく忍者の存在に気付いた。
「むちゃくちゃだ……自由落下のエネルギーを利用したってのか」
「そうみたいね。これなら、体力の低下なんてほとんど関係がない!」
「とにかく、今がチャンスだ。素材を剥ぎ取りながら、下半身の弱点を攻撃するぞ!」
「……。……、……やった、のか?」
数分後。上空から見た龍は、完全に沈黙していた。
忍者は影分身を解除し、するすると地上へと降り立った。
「水影!」
ヒーラーが駆け寄ってくる。口をパクパクさせて、言葉も出ないという風だった。
「ありがとうございます、ヒーラーさん。俺、やりましたよね」
「……うん」
何か語るのは、止めたらしい。ただ、大きく頷いた。
遅れて聖騎士が現れ。口を出した。
「まったく、なんだよこれ。よくこんな玩具で、戦場に出ようと思ったな」
「……すみません」
「風が無かったり、思う方向に吹いてなかったらどうするつもりだったんだ? 雨の日には飛ぶことさえ出来ないだろう。細かい方向転換も出来そうにないし、空を飛ぶ敵に襲われたら格好の的だ」
くどくどと悪態をつきながらも、聖騎士は笑顔だ。
「でもおかげで助かったぞ、忍者の水影。今使った大量の魔法ビンの料金を差し引いて、お釣りが余るほどの素材が手に入ったことも含めてな! 本当に、よくやってくれた。礼を言おう」
「リーダー……っ」
「すぐ街に帰って、腕利きの機工士に注文を出そう。軽量姿勢制御装置や、雨でも飛べる道具を作って貰うんだ」
「それって、つまり」
「もちろんだとも!」
こうして忍者は、晴れて一軍の中衛へと復帰した。
空飛ぶ忍者のいるパーティが、前人未到の記録を打ち出すのは――それからほんの数か月後のことであった。
この物語はフィクションです。登場人物のマネをしないで下さい。