(5) 姫様の嘘
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時間の流れって、ありがたいよね。何の努力もしなくたって、寝てる間にちゃんと朝はくるんだから。
もっとも、実は時間の流れや太陽の動きを司る神様がいて、本当は夜通し汗を流して頑張ってる…なんてことがあったとしても俺にはわからないんから、そうだとしたら、その神様たちに怒られちゃうかもしれないけれど。ま、無心論者の俺が心配するような事じゃない。
とにかく朝が来て、ちょっぴり空腹を感じて目を覚ました俺のところに看護に来てくれたのは、白銀の短剣のような美しい姫様…ではなくて、普通に可愛らしい、やや新人っぽいオーラを強めに放っている、おどおどした看護師さんだった。俺に気分やら具合やらを聞いて、暫くしてから回診に回ってきた、これまた美人の女性医師さんに手術の内容やら術後の注意やらを説明されて、俺は思ったより自分の状態が悪くないということを知って安心した。
術後で弱っている俺だけど、モテないオトコほど異性には簡単にトキメいちゃう…の法則のとおり、新米看護師さんや女性医師にあちこち触れられるたびに、ここには書けないようなイケない妄想をしてしまって、体の一部がメタモルフォーゼしてしまわないか、焦ったりしていた。
不思議とトイレに行きたくならないなと思っていたら、オトコ専用の例の器官の先っちょに管が繋がっていることを思い出した。その先には袋がぶら下がっていて…あれが俺のアレか…とか恥ずかしい状態であることを今更ながらに確認していると、その俺の視線につられたのか、新米看護師さんも、俺の目線の先の袋が容量いっぱい近くにまでなっているのに気がついた。
「あ、換えますね」
お仕事だから、気にしないんだろうけどさ…やっぱり自分の排泄物を世話してもらうのって、しかも若い女性の看護師さんにとなると、よけいに恥ずかしいもんだね。…って、これ、一生付けたままってワケにはいかないから、外さなくっちゃいけないんだよね?…誰が?
「だから。その者の世話は、私がすると言ったではないか」
ぐえ!?何故、このタイミングで姫様が登場?恥ずかしさが×2倍になって、俺の顔色メーターがレッドゾーンに突入した。「これはお世話ではなくて、医療行為の一環ですから…」と、たどたどしく説明する看護師さんに、「そうか、なら仕方ないな」と返して、姫様は俺のベッドの横へ歩み寄ってきた。
新米女性看護師が、バケツにアレを移して、袋をセットしなおしている様を姫様は眺めながら、その視線は袋の先に繋がる管を追って…
俺の恥ずかしさがピークに達する前に姫様は、「気にするな」と少しだけ白い頬をピンクに染めて呟いてくれた。「これも、私を守った証の一つだ」と。
その言葉で俺は、恥ずかしさや不埒な妄想から頭を冷静な状態に切り替えることができた。
「姫様。守ったというのは偶然の結果だって俺、正直に言ったんですから、もう、あんまり俺をイジメないでくださいよ」
守ってもないのに、「守った」を連発されるのは、やっぱり少し苦痛だ。姫様にそのつもりは無いことなど十分承知しているけれど、心の狭い俺は、言葉イジメのように受け止めてしまう。
姫様は、そんな俺を黙って見つめてくる。この攻撃に、俺、弱いんだよね。でも、だからといって、ガーディアンになりますとも言えないよ。やっぱり。
「姫様。疑問があります」
「なんだ?」
「姫様って、なんて言う国の姫様なんですか?」
「・・・」
「以前、どっこかの仏教国の王様が来日した時は、ニュースで連日、今日はどこへ行った、明日はどこへ行くって報道されてたのを見たような記憶があるんだけど…俺、ここ暫く、そんなニュースを見てないような気がするんです。近々、来訪するって話も聞いた覚えがないし…」
「…ち、小さな国だしな。話題性がないのであろう。国の名も、言っても差し支えはないのだが、きっとお前の知らぬ有名とは言えない名だ」
俺は、地理については致命的なほどに苦手なので、もし、姫様が国名を言ったところで、よほどメジャーな国でない限り確かにわからないだろう。国名だと思っていたら首都の名前だったなんて事は良くあることだし、そもそも日本の江戸時代にだって、あっちこちの大名家のそれぞれに姫がいたわけだし、外国にだっておそらく、同様に「国」のレベルでない領地や地方などにだって、例えば貴族のお姫様だとかっていう表現があったて不思議ではないのだ。
だから俺は確信した。こんな、とるに足りない質問に、躊躇し、曖昧な答えを返す姫様の様子に、何か隠されたものがあることを。
「もう一つ。姫様が暗殺されそうになったのを、救った俺。その事実は、その場にいたマスコミによって大々的に報道されて、もう、後には引けない…」
「うむ。そうだ」
「…この病室にはテレビがないんで確認はできませんが…」
「うむ。テレビが無いのが残念なぐらいだ」
「…取材は?」
「何?」
「だから、暗殺されそうになったのは昨日のことですよね?」
「うむ」
「…姫様、テレビって見たことあります?」
「ば、馬鹿にするな。あ、あるぞ」
「なら、取材は?」
「シュザイ?」
「はい。取材です」
「テレビというのは、あの、ビルの上のほうについている大きな動く絵を映す、あれのことで良いのだよな?」
もう、間違いない。嘘だな。俺のニュースなど、1マイクロ秒ほどもテレビで報道されている事実はなさそうだ。
本当に暗殺を阻止した英雄?などというマスコミが喜びそうなネタとして報道されるとして、その当事者のところに取材が全く来ないわけがない。若干、この国の言葉には不自由している様子もあるが、マスコミなどという略称言葉を普通に使ってきた姫様が、それに伴い当然あるはずの取材という言葉を知らないハズがないし、取材を受けないハズがないのだ。
俺は、いつの間にか、自分の思考に没頭し始めていた。記憶に残る限りの昨日の一連の出来事。そして目覚めた直後の黒い服のオッサンたち。そして目の前の姫様。
なんだこれは?どういう状況だ?
姫様は、不安そうな目でこちらを窺っているが、やはり何も言わない。いや、言えないのだろう。
・・・
とかシリアスな雰囲気が満点の空気の中…
「そろそろ、歩けそうな状態ですね。えっと…あ、じゃぁ、これ外さないといけないですね」
突然、俺の南半球…じゃないや下半身に、柔らかくも冷たい感触が襲い…「えぃっ!」っという可愛らしい声とともに、何かの先端から一気に何かが引き抜かれた。
「◎×△■○▽▲!!!!!」
な…なんて事を突然するんだ!?この新米看護師は?事もあろうに、カテーテルを、心の準備をさせる暇も与えず外しやがった!それも姫様の目の前で。も、もちろん、それは浴衣のような服の裾の隙間からだったから、直接、姫様にアレを見られることは無かったけれど。
「そ、そういうのは、ちゃんと説明やら、何やらあって、抜くものなんじゃないの!?ってか、さっき袋を世話してもらったばっかりだし…まだ、先の事だと思ってたのに!」
俺が抗議すると、あろう事か新米看護師は、すぺしうむ?光線を発射するような形に半分腕組みして右手の人差し指で自分の右頬をつつきながら、天井を見上げて「えっと。あ、もしかして、また失敗しちゃった?うん、やっちゃったみたい」とか自問自答している。
「すいません。まだ慣れてなくって」
謝ればいいってもんじゃねぇだろっ!って俺が口をパクパクしながら喘いでいると、先輩看護師が通りがかり「また、この子が何かしでかしましたか?」的な視線に続き、ごめんなさいねお気の毒…的な微妙な会釈をして去っていく。
「よりによって、姫様がいる時に…ってか、他人がいる時に普通抜かないでしょ?」
力なく、俺がため息をつきながら愚痴ると
「気にするな。私とお前とは、もはや他人では無い」などと、また勘違いしそうな事を言ってくる姫様。
「そうなんですか!おめでとうございます!」とか、もはや俺の中では電波系看護師に呼び名を変えることに決定済みの新米看護師はぬかしやがって、祝福のお辞儀までしている。別に、この不思議ちゃん女性看護師を狙っていたワケではないが、女の子に勘違いされると、無条件に胸が切なくなって、俺はあわてて、やや大げさに否定した。
「か、か、勘違いだ。結婚とか婚約とか、カップルとかつき合うとか、そんな話じゃないぞ…。ってか、姫様、だから俺は全然、承知してないって言ってるでしょ!?」
「・・・」
しーん。と音が聞こえるぐらい、無言で俺を見つめてから、あからさまに傷ついたという表情で、「まだ、そんなことをいうのか?」と声をかすれさせる姫様。
電波系看護師は、何故か、俺を人でなしを見るような目で見ている。
何故か、悪者になっている俺。
何となく、シリアスさを維持しづらくなって、俺は疲れた笑みを浮かべながら姫様に促した。
「とにかく、もう昨日の姫様の話は、ウソだと言うことがわかりましたから。よかったら、本当のコトを話してもらえませんかねぇ」
「ぜ、全部が、嘘というわけではないぞ」
「あ。やっぱりウソだったんだ」
「!」
姫様は、既に若干涙目になっている。
「ラサに教えられたとおりにしたつもりなのだが。何故、嘘だと分かったのだろう」
「ラサ?」
「連れてくる。そして、ラサから説明してもらうことにする。私では、どう説明したら、お前にガーディアンとして付いてきてもらえるのか、もう分からない」
あ?ガーディアンの所はウソじゃねぇの!?
という俺の心の中のツッコミを聴くヒマもなく、姫様は病室の外へ駆けていった。
とにかく。説明が聞けるのなら、ありがたい。俺は、そのラサとやらが来るのを待つことにした。
・・・