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Lip's Red - 姫様と緋色の守護者  作者: kouzi3
第4章 空無き世界の光る天蓋
32/39

(31) 帰還者…ファーマス

・・・



 「退屈だ!退屈だ!…いや退屈過ぎてむしろ楽しくなってきてしまったぞ?どうしよう…マルルィア!?」



 ファーマス様は今日も変わらずに、とても変わったことを仰っている。私の愛しい人。きっと「退屈だ」といいながら、今周刻きょうも一周刻中充実したご研究に没頭されるに違いない。本当に可愛い人。


 「昨周刻きのうは、『忙しい!忙しい!』と繰り返し仰っておられましたのに、今周刻はもう退屈されてしまったのですか?ファーマス様」

 「此処には何も無いよ。マルルィア!…いや、何も無いところなんて、そもそも「処」かどうかも怪しいから、何も無い処なんて本当には想像もできないけどさ。ということで想像もできない処の話をしても仕方ないから、やっぱり此処の話をしようと思うんだが…しかし俺が思うに、やっぱり此処には何も無い」


 私とファーマス様が今いる場所。第三象限外苑荒野(イスァウスファアラ)は、確かに何も無いと表現したくなるほど寂しいところ。ここでは因子(ファラクル)能力(パーランス)も使うことができず、要素の風(ルリミナァロウ)…どころか空気の流れによる普通の風すらも吹いていない。

 剥き出しの岩盤を大地としており、頭上を見上げてもときの流れを示すはずの光る天蓋そらの移ろいもない。だから、今がいつ頃の刻であるのか…私たちは、眠くなれば眠り…そして目覚めればまた、ひとつ周刻ひづけが過ぎたのだろうと思うことにした。


 本来なら天蓋そらの光が刻の流れに従いその色を変え、また同じ色へと巡り還って来ることで周刻の経過を知ることができるのだけれど…ここには、その移り変わりもなく…天蓋を見上げても常に闇色に沈むだけ。

 でも、変わらないだけで色はあるのだと私は思う。私の感覚が狂ってしまっていなければ…という前提でだけれど、ここ…外苑荒野の天蓋は常に「紺青の刻」、人によっては「無の刻」と呼ぶけれど、その時間の終わり頃。ひょっとしたら目の錯覚で、まだ「濃藍の刻」ぐらいという可能性もあるけれど。


 「そうですね。ファーマス様。

 ファーマス様が、そんなふうに変わり者みたいな変な言い回しをしても、驚いたり笑ってくださる従者さえもいませんものね」

 「うぅ。現実を突きつけないでくれよ。マルルィア。お前がクスリとでも笑ってくれれば俺は満足だが、従者もいない裸の王子だってことは、できれば、忘れたままでいたかったよ」

 「昨周刻きのうみたいに、また、あちらコチラ調べて回ってみたらいかがです?…とても楽しそうに調べていらしたじゃないですか」

 「マルルィア。俺はね、いつまでも同じ俺じゃないのさ。昨周刻の俺とはもう別の俺が此処にいる」

 「…そうですね。昨周刻には、まだ食料が3回分は残っていましたが…もう、次にお腹が空いたら食べるものが何も無いという違いが…確かにありますわね。うふふ」

 「ま…マルルィア…そ、それは本当なのか!?」


 もう何周刻も前から食料が残り少ない…という会話をしていたのだから、そんなふうに驚くはずはないのに、陽気な変わり者のファーマス様は、こうして元気におどけてみせる。その光り輝く無邪気さが私は好き。自称宰相のダルガバスなんかは、事ある毎にしかめっ面で怒っていたけれど…。

 ファーマス・リョクカ・イーメル・シャンタン様。名の3節目が示すように、正統な碧色の森泉国(イエメルアーダス)の王となるべき人。そして名の4節目が示すとおり詠唱者(シャンティル)の資質を持つ未来の英雄王となるべき人。


 「…ご覧の通りですわ。ファーマス様。もう、この小屋には、一欠片の食料だって残っていません。…次に、どうしてもお腹が空いて我慢ができなくなったら………私を食べてもかまいませんわよ?…うふふ…色々な意味で…あはん…」

 「な、何を言う。何種類の意味があるのか分からないが…何となく、マルルィアが想像している意味だと、余計にお腹が空いてしまう気がするぞ?…え、遠慮しておこう」


 んもう。私がこれほどお慕い申し上げているというのに…。ファーマス様は、私の肌にすら触れようとしてくれないのだから。何て意地悪な人。

 しかも、ファーマス様の言うとおり、こんな「何にも無い処」の一つ屋根の下に、若くて健康な男性と女性が二人っきりで何周刻も一緒に寝起きしていながら…初心なところが魅力と言えばそうだけれど、初心すぎるにもほどがあるわ。…いいえ、きっと研究熱心なファーマス様のことだから、らせば焦らすほど感動が大きくなるというテクニックを実践されているのだわ。何て恐ろしい…。私を離れられない虜にしようとしているのね。…そんなテクニックなんて使わなくても、もう、ずっと前から私はファーマス様の虜なのに…。うふふ。いいわ。ファーマス様がそのつもりなら、私もとことんお付き合いいたします。うふふふふ。


 「ま、マルルィア。な、何だかお前から、途轍もなく勘違いなやる気のオーラが発散されているように見えるが………変な妄想はだ、ダメだからな」

 「分かっておりますわ。マルルィアは、ファーマス様のお気持ちなら誰よりも理解できる自負がございますもの。絶対的な理解者として、ずっとお側に置いてくださいまし。この世の最後の刻までも、マルルィアはファーマス様の守護者(ガルディオン)でございますからね」

 「むむむ…その『この世の最後の刻』が、我々、二人にとってはもう目の前に迫っているのだがな。…さて、このままでは飢え死にしてしまうが…困ったな、どうしよう?」


 ファーマス様は、そう言いながら全く困っていないに違いない。勿体ぶっていないで、早く素敵に見事に解決してくださればいいのに。本当に焦らすのがお好きなんだから。


 「だから私が守護者としていち早くダルガバス宰相の謀反をお知らせした時に、すぐにお逃げになれば良かったんです。呑気に研究なんかお続けになっているから捕まってこんな処に幽閉されてしまうんです。ご自分で招いた危機なんですから、このマルルィアに早く格好良く起死回生の反撃劇を見せてくださいまし」


 ファーマス様は、王族でありながら研究者でもある。研究に熱中すると政務も投げ出して部屋にこもってしまわれるから、ダルガバスなんていつも愚痴や文句を言っていたわね。あの男が固いことさえ言わなければ、つまらない政務なんてファーマス様に変わって私がパパッと片付けてしまうのに。私だって、マルルィア・アイザ・ナギナミ、ナギナミ公爵家の長女なのよ…歴とした王家の傍流にあたるんだから。馬鹿ダルガバスが宰相をやれるんだったら、私が王の代理を務めたって何の問題も無いはずなのに。ホント、ケチな男。


 「…ふん。俺が暗示をかけてダルガバスを動かしたんだから…逃げてしまったら、わざわざ謀反を起こさせた意味がないだろう?」

 「あらあら。やっぱりそうでしたのね。ファーマス様が、あんな隣の貧乏国の末姫が異界送り(ナザーダスヴォック)に遭ったからって、あんな風に取り乱すなんて変だと思いましたわ。私にでも見抜けたのに、まんまと乗せられるなんてダルガバスはやっぱり無能ですわね」

 「むむむ、俺の完璧な演技と暗示が効かないなんて…しゅ、守護者というのは敵に回すとやっかいだな…やっぱり」

 「暗示は守護者だからかもしれないけど…ファーマス様がどれだけ演技に磨きをかけても、このマルルィアには一目で芝居だって分かりますわよ?」


 そこで急に真顔になるファーマス様。嫌よ。そんな凛々しい顔をして…私は、その表情を見る度にいつもドキドキしてしまうの。…でも、この顔をする時のファーマス様は、必ず私が嫌がる事を言うの。


 「…マルルィア…お前は…本当に良く仕えてくれている。俺が物心ついた頃から。そして、あの事件の時も。そして、あんな一生の傷も負わせてしまった…。お前が俺の世話役で本当に良かったと思っているよ。そして、おそらくお前は碧色の森泉国(イエメルアーダス)…いや、この基盤(サードレイヤース)で最強の守護者だろうとも…思っている」

 「嫌ですわ。何を…きゅ、急に…」

 「…しかしねマルルィア。ダルガバスやクレメンスたちの前で錯乱してみせたのは確かに芝居だったけど………その………なんだ…俺は白暮の石塔国(ファイストゥーン)の末姫…ニューラ姫のことは…ほ、本気なんだ」




 何ですって?




 「…そ、その目をやめろ。マルルィア。視線だけで人を射殺すことができるという伝説の妖妃のようだぞ?…だから、やめろって。表情を消すな。怖いから」

 「本気?」

 「そ、そうだ。本気」

 「…あぁ。なるほど…。本気で『責め殺す』っていう決意の表明ですね。…ご心配いりません。あのような小娘。異界送りに耐えられるはずがありません。今頃は、あちらの鬼のような研究者たちに、良いように体中切り開かれ、切り刻まれて標本の瓶の中に違いありませんわ。ファーマス様のお気を煩わせるまでもありません」

 「…な、なんて残酷な想像をさせるんだマルルィア」


 わかっているの。ファーマス様の心が、あの石塔国の末姫にあるのは。

 でも、私は認めない。認めたく無い。だって、私の方が、絶対に何倍も究極に地獄の底まで徹底的に…ファーマス様のことを愛しているもの。

 …それに、ファーマス様には可哀想だけれど、あの小娘はファーマス様に愛情なんて感じていない。ただ、あの子の父王の命令だからファーマス様に従おうとしただけ。同じ女だから分かる。あの子の目は、ファーマス様に優しい微笑みを向ける時にも、それは普遍的な慈愛であって炎のような愛慕の情は含まれていなかったもの。


 だいたい…ファーマス様があの娘と最後に会ったのは、もう6周季ねんも前じゃないの。ファーマス様が11で、あの姫はまだ10かそこらだった。あの時は確かに可愛らしい顔立ちをしていたのは認めるけれど、今はどんな醜女になったか分からないじゃないのよ。きっと、酷いブスに育っているに違いないわよ。


 「…あぁぁあ。マルルィアが変なことを言うから…急に心配になってしまった。にゅ、ニューラ姫が、あの狂った研究者に…あ、あんなコトや、そ、そんなコトをされているかと思うと…居ても立ってもいられない」

 「お可哀想に…ファーマス様。もう、きっと手遅れですわ。さぁ、あきらめて、私と一緒にあの姫よりも何倍も可愛らしい女の子を作りましょう」

 「な…な…なぜ、服を脱ごうとするんだ。ま、まて、まてまてまて…。お、俺には純潔を守ったまま、同じく純情可憐なニューラ姫を抱くという…自分に課した使命があるんだ。お、お前のコトも…あ、愛してはいるが…ま、待ってくれ。まって…」


 あ。アイシテルって…今、言ったのかしら?

 この、ファーマス様の可愛らしいお口が?…私のことを、アイシテルって?


 「アイシテル?」

 「あ、あぁ。愛している。愛しているとも。…お、お前は俺より7つも上だし、ずっと世話役だったから…あ、姉のようにしか思えなかったんだが…ま、まて、違う、さ、最後まで聴けって………だが、あの事件の時、そしてお前の負ってくれた傷。それから、どんな時も、そして今も一緒にいてくれる…お前の俺への気持ちは、ちゃ、ちゃんと分かっている。い、今では、単なる姉…という以上にお前を愛してはいる………だ、だから、待ってくれ」

 「うふ。嬉しい」

 「…ふぅ。…やれやれ…いや、その、だから…しかし、でも。俺のニューラ姫へのこの切ない想いも本物なんだ。お前も、俺のことが本気で好きだっていうなら…わ、分かるだろう?」


 ファーマス。酷い人。そうね。アナタの言うとおり、私にはアナタの気持ちが手に取るように分かる。だからこそ嬉しい。だからこそ悲しい。だからこそ切ない。…そして、だからこそ次の言葉が分かってしまう。


 「こんな気持ちを誤魔化したまま、お前を愛するなんて不誠実なことは俺にはできないんだ。…ちゃ、ちゃんとニューラ姫への想いを伝え、王となる者として恥ずかしくない行動の末に………もし、それでもお前が、まだ俺だけを愛するというのなら…そ、その時は…」


 ほら。やっぱり。…ファーマス…ひ、ど…い…酷い人。私を泣かせる酷い人。

 

 「な、泣くなよ。マルルィア。酷い事を言っているのは自分でも理解している。だが、俺は王に連なる者なんだぞ?俺の亡き父王にだって3人の側室がいたんだ。…父王が不真面目なエロ親父だったのではないってことは…お、お前だって知っているだろう?」


 ファーマス様。真面目な方。ええ。知っていますとも。私の一番上の姉様が、まさにファーマス様の父王様の側室でしたもの。…姉は…そう…とても幸せそうでしたわ。

 うふふ。うふふふ。どこまでも私を焦らす気なのね。正室との愛を見せつけながら、側室となった私に身もだえるような夜を一人で過ごせと?…うふふ…良くてよ。私、待つわ。何周刻にちだって、何周旬つきだって…何周季ねんだって…。いつまでも待つわ。


 「…ま、マルルィア?…な、なんだか…とても表現しきれない不気味な泣き顔になっているよ?わ、笑いながら泣くなんて器用なマネはやめなさい」

 「分かりましたわファーマス様。なら、さっさと石塔国の末姫を助けに参りましょう。…ファーマス様の事ですから、ここから脱出することも、それどころか異世界へと自ら流れることすら可能なように準備を仕組まれていらっしゃるんでしょう?」


 側室だってかまうものか。私は既に、あの事件の時にファーマス様の妻となる以外に、もう他の殿方に嫁ぐことなど叶わぬ身となっているのだ。さっさと、最強の守護者としての力を使って末姫を助け出し、正室と側室として仲良く喧嘩しながらファーマス様を奪い合うんだ。よし、頑張るのよマルルィア!アナタはファーマス様の為なら、何だって出来るし、今までだってやってきたんだから…。


 「う、う…ん」

 「?」

 「いや。仕組んでいないことも…ないんだが…」

 「だったら早く…」

 「う~ん…」


 ファーマス様は、いつものファーマス様らしからぬ歯切れの悪い物言いで外苑荒野の何も無い果てを見つめている。


 「…お、お腹減ったね。マルルィア。ほ、本当に食べるもの何にも無いの?」

 「ございません。ご就寝前に美味しそうに頬張られていた肉詰めパンが最後でございました」

 「あっちゃぁ…。半分、残しておくべきだったか?」

 「私の分まで奪って食べておきながら…今更、何を仰っているのです?」


 ううむ…と腕を組んで唸りながらファーマス様は一人で考え込んでいる。


 ファーマス様は詠唱者で、私が守護者。…でも、ここには詠唱中に襲い来る敵もいないから、私の警護も、術式の精度を保持するための入念な術符(カルドル)の事前頒布も必要ない。自分で自分を異界へ送るのなら、位置についても極めて狭い範囲を簡単に照準が可能なはず。だって、自分で決めた場所から動かなければいいんだもの。


 仮に、外苑荒野から碧色の森泉国への脱出が叶わなくても、直接、異世界へと自ら異界送りの術式を発動させて移ることは容易ではないのだろうか?


 「…マルルィア…。お前の考えてる事は分かる。でも。俺とお前の二人だけで保有できる要素(ルリミナル)では、行くことは行けても、還って来られないだろ?」


 さすがファーマス様。還る事まで考えていらっしゃるのね。でも、それなら…どうすれば良いのか…まったく見当も付かずに私は黙って小首を傾げてファーマス様を見つめる。何か仕組んであるって言いましたよね?…というメッセージを載せて。


 「…ま、そこに転がっている国軍第1従者隊長…あ、元国軍第1従者隊長だったね。彼の保有する分も加えれば、行ってそのまま還るってぐらいなら可能だけど…それではニューラ姫を助ける程には滞在できないしね…どうしたものか…」


 小屋の片隅には、ファーマス様の研究成果の一つ、仮死的睡眠剤を飲まされて物言わぬ亡骸のようになった元国軍第1従者隊長が転がってる。

 ダルガバスの進軍の命令に忠言を試みるという義勇に溢れた優秀な従者だが…それ故にダルガバスの不興を買って国軍第1従者隊の長を解かれ、ファーマス様を幽閉する際の引率者として外苑荒野への道案内を命じられた可哀想な男。


 食料を長く持たせるために、最初の食事に仮死的睡眠剤を潜ませていち早く寝てもらったため、少なくとも彼はこの何も無い荒野に退屈するという地獄は味わわずに済んでいる。それだけが彼の幸運と言えるのかしら。ファーマス様の思いやりかと思ったけれど…そういう目論見だったのね。ファーマス様のそういう冷徹な部分も…す・て・き。


 「…あ…おぉ。通じたか辛うじて。…でも、やっぱり途切れがちかな?…どうだい?聞こえるかい?」

 『…………りだな……ます』

 「…わ、悪いな。よく聴き取れなかった。もう一度頼む」

 『久しぶりだな。ファーマス。…と言ったんだ。聞こえるか?』

 「あぁ。聞こえた聞こえた。共振率が上がってきたか。…久しぶり!」


 ファーマス様が突然…独り言を?…いや、違う。私にも微かだけれど因子通信(コミュータ)が伝わってくる。守護者たる私には詠唱者の因子や要素の流れがある程度分かるから。…なんとなく、邪魔をしない方が良いと思って…私は黙って様子をうかがう。


 『随分と因子通信が届きにくい場所にいるようだが…どうしたんだい?』

 「はははは。アンタが知らないワケないだろう?暗殺屋の社長さん。…いや、『ボス』とか呼ばれてるんだったけか?部下からは…」

 『ふん。何とでも呼び給え。どうだね第三象限外苑荒野の居心地は?』

 「良い別荘だね。静かだし、仕事もしなくていい。…これで食料さえあれば言うことないんだけどなぁ」

 『王子様はお気楽で羨ましいね。僕は零細企業の取締役でしかないからね。こう見えて案外忙しいんだよ。用が無いなら失礼したいんだが?』

 「まぁまぁ。そう言わず。ここは、アンタも来たことがないだろ?異世界との違いを俺なりに分析したんだが…その情報を買わないかい?いつか役に立つかもしれないぜ?」

 『ほう。僕に情報を売りたいと…。ま…いいけど…代金はいくらなんだい?』

 「そっちの持っている情報と等価交換でどうだい?」

 『あはははは。何だか僕がどれだけの情報を持っているかお見通しみたいな言い方だね?読めているんだったら、聴かなくてもいいんじゃないのかな?』

 「確認だよ。確認。俺だって全知全能じゃないからな。せいぜいアンタと同じぐらいの単なる物知りさんさ」

 『ほう。だとしたら、なかなかの物知りだぞ。誇って良いよ。君』


 ファーマス様の口調が、なんだかとても野性的で素敵。いつも一緒にいたつもりなのに、まだまだ私の知らない一面を隠していたなんて…


 「此処はね、異世界と同じで自由には因子の力を使えない。けどね、どうも異世界のように世界に要素が枯渇している…というか世界が要素を食いあさっているという感じなのかな向こうは…そういう感じはしなくてね。要素は空間を満たしているが…不活性状態になっている…という感じかな?…いや、そういう感じでもないな…う~ん。なんていうか、その、もう要素が別の目的のために使い尽くされているって感じが近いか?…うん。自分が使うより先に、何か別の目的に拘束されていて、我々には自由に扱えない状態になっているっていう感じなんだ」

 『ほう。…面白いね』

 「だろ?…世界の秘密を解き明かしたい…なんていう子どもじみた夢を原動力にして暗躍を続けるアンタには、十分興味深い話だと思ったんだよ」

 『君を、碧色の森泉国の領土に隣接する第二象限外苑荒野(イセクトファアラ)ではなく、わざわざ連合側に少し寄った第三象限の外苑荒野へ幽閉したのは何故かと思っていたんだが…そうなると…何か第二の方には、君を幽閉させられない事情が隠されているのかな?』

 「…さぁ…どうかな?ダルガバスが何かこそこそやっていたかもしれないが…その情報は、今回の売り物には入っていないんでね。悪いけど」

 『あはは。まぁいいさ。流石に僕でも、君の国の奥にある第二象限外苑荒野のことまで調べようがないし…当面それが現状の各国のバランスに影響するようにも思えないし…そっちのことは気にしないでおくよ』

 「で、もっと詳細に知りたけりゃ、代金を払ってからにしてくれよ」

 『いいよ。君にはむしろ情報を流した方が、今後の展開が面白くなりそうだからね。すこし多めの代金を支払おう』


 私はもう、ほとんど二人の会話についていけない。どういう仲なのかもさっぱり分からないけれど…二人の力関係が拮抗しているということだけは分かったから…少しだけ…相手の得たいの知れなさに警戒を忘れないでおこうと思う。


 『まず、君の子ども…じゃなかった…君は弟と扱っていたんだっけか?…双子の弟たちだが…新しい国軍第1従者隊長のことも気に入らずに解職したらしいよ。そのうち、そっちへ流れ着くんじゃないかな?ジストン中尉といったかな?名前は…』

 「…ほう。初っぱなに、俺が今一番必要としている情報を流すとは…やっぱりアンタは食えない相手だな。でも、助かる。…そうか、マルルィア…準備しておいてくれ。ジストン中尉が来たら、おそらくセクダルとサウザムは俺の言いつけどおり頃合いを見計らって中尉を含む俺たち4人を異界送りにしてくれるはずだ」

 『ほう。仕組んで置いたというわけか。君もやるね。王様ごっこに飽きたら僕の会社に来ないか?重役として歓迎するよ?…ははは。冗談だよ。少しだけ本気だったけどね。分かってる…君は王だからね。それから二つめの情報。白暮の石塔国の末姫様は…恐らく未だご無事のはずだ』

 「お…おぉぉ。と、当然だ。俺の姫が無事でなくてどうするよ!?でも、よかった。アンタが言うんなら万に一つの間違いもあるまい。必ず俺が助けて見せる」

 『ま、還ってこられなかったら、あっちで一般人として仲良く暮らすんだな。君なら、あっちの世界でも、なんとか食っていけるだろう』

 「ふん。俺は王であると同時に、研究者だ。しかも、アンタと同じで異世界は経験済みでね。異世界で色々な意味で世話になった狂った研究者の弟子でもあるのさ。憎っくきかたきでもある異世界の研究者だが…優秀さは俺も…おそらくアンタも未だ及ばない。奴は、こっちの世界に来たこともないのに、異界送りの仕組みについてある程度理解していた節があった。

 あっちの人間には因子も無く、要素も扱えないから、あの研究者がこちらの世界へ来ることはないだろうが、あちらとこちらの世界の境界が曖昧になる周期を研究していた。驚くことに、俺はその研究者の予言に従い、帰還可能な最適な場所と刻に最小限の因子の発動で還る事ができたんだ。その予言の仕組みは、こっちへ還ってから必死に研究して…おそらく…無駄に要素を失う前に還ることが出来る…はずだ」

 『あはあはははは。君…長ゼリフ…お疲れ様。そういう風にお喋りな時はね、その発言者が自信がなくて不安な証拠だって相場が決まってるんだが…賭けに出るならご自由にだね』

 「ふん。ああ、賭けさ。恐らくでしかないからな。理解したつもりでも、そう試すわけにもいかないからな。ぶっつけ本番だ」


 ふぁ、ファーマス様。わ、私も実験に付き合わせるって…ことですよね。少し不安を感じたが…ファーマス様とご一緒なら、異世界に永住するのも悪くない…と思って気を取り直す。


 『そんな、やけっぱちな君に朗報をあげよう。大サービスな情報だよ。他言は無用で願いたい…って、まぁ、こっちの世界の人間に話す機会はないだろうけど。

 近いうちに、君の森泉国も、それから連合の…たぶん石塔国だと思うけど…両陣営が、姫の処へと異界送りを行うはずだ…前者は捕獲部隊を、後者は救出部隊を送ることになるだろう』

 「…アンタ………何か吹き込んだな?」

 『あはははは。どちらにも<石塔国に新たな詠唱者が現れないのは何故か?>という疑問を吹き込んだのさ。石塔国側は希望に沸き立ち救出作戦を…森泉国側はその動きを察知して、帰還の可能性は無いと踏んでいたが…万が一にも…と捕獲し、人質にでもしようとしてるらしいんだ』

 「ふん。馬鹿な奴らだ。が、俺にとっては使える要素の保有者が何倍にも増えるということで、捜索に余裕が持てるってことだな?」

 『そうだね。おめでとう。まぁ、色々と暗示に掛けたんで、途中で、思いとどまる陣営もあるかもしれないから過度の期待はしないでくれたまえ。…例えば、君の国の宰相さんは、異世界から還ることなど不可能だと思い込んでいるからね…一部の側近が殺戮部隊の異界送り計画を進めているが…宰相が止めてしまう可能性もある』

 「ダルガバスにそういう暗示を掛けたのは俺だ。必要以上に暗殺部隊を送り込まれても困るからな」

 『あははは。そうかい。じゃぁ、オマケの情報もつけちゃおう。うちの下請け会社が君のところの宰相から暗殺の仕事を受けてアッチの世界へ行っていたんだが…戻ってきてねぇ…』

 「何?」

 『安心したまえ。無能な連中を選んで送ったから…案の定、失敗して還ってきたよ。だから、姫様が無事だっていうのも、僕の推測ではなくて確からしさの高い情報だ』

 「そうか………よかった。ニューラ姫…」


 私は、難しい話は聞き流していたけれど…最後の会話は聞こえてしまった。ファーマス様の声が震えているのが分かって、私の胸はズキンと痛んだ。いいのよ。私は側室で。だから私の胸よ泣かないで。


 『ふふふふふ。楽しくなってきたなぁ…3陣営が、一人の姫を巡って、大連れ帰り大会を開催だ。どこの陣営が姫様を連れ帰ってくるかな?…取締役会議で予想してギャンブルにしようかな?あはははは。面白い趣向でしょ?』

 「ふん。悪趣味な。じゃぁ、アンタは俺に全財産をかけるがいい。俺が必ず連れ帰る。絶対にだ」

 『あはは。健闘を祈るよ。あ………ジストン君が到着のようだ』

 「…来たか!」

 『……お、君の弟……た…ちは、優秀…ね。異界…りが…発……してる…だ』


 ファーマス様の因子通信の相手の思念が途切れた。以前に一度経験があるから私にもわかる。…異界送りがこの空間に仕掛けられているんだわ。空気の焦げるような表現しようのない異常が場を揺らす。


 「マルルィア…手を。他の二人とははぐれても構わないが…お前とは同じ場所に出たい。離すなよ」


 離さないわ。向こうに着いてからだって…ファーマス様と末姫が対面した時だって、私は決してファーマス様の手を離さない。うぅうん…もし、実際の手と手が離れようと、私の心の手は…死ぬまで…死んでも…絶対に離さないんだから…。


 強く思う中…私たちは、6周季前と同じ目眩を感じながら…異世界へと旅だった…。


・・・

※ X<0 and Y>0 の領域は第二象限でした。

「碧色の森泉国の領土に隣接する」や「君の国の奥にある」の後ろにあった「第一象限外苑荒野」は「第二象限外苑荒野」の誤りでした。ここにお詫びして訂正します。

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