(2) 姫様の述懐
※今回は、姫様が襲撃された時の話を、姫様目線「私」で語っています。
※サブタイトルを変更しました。
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「本当に、この都市に、鍵となる因子を持つものがいるのだな?」
私は、筆頭従者であるラサに、もう何度目になるかわからない確認をした。年齢が今一つわかりにくい壮年の筆頭従者は、しかし、表情を変えぬまま、始めて聞かれた問いであるかのように、静かに答えを返してきた。
「はい。風の因子を持つ従者が、現在もその者の存在を、近いと感じ取っております。ゆえに、間違いはございますまい」
筆頭従者の後ろに控える若い従者の一人が、黙したまま肯きを返してきた。他の従者は、それぞれ一定の距離を保って、気配を消しながらついてきているようだが、私にはその2名の従者以外には目にすることはできなかった。
祖国から強制的に、この地に送られて、既にこの地の表現でいうところの2週間を経過しようとしていた。このまま目的の者を見つけられないでいると、従者たちの持つ因子の能力も、その力を失っていくらしく、筆頭従者の冷静さを絵に描いたような顔には、一片の焦りの色も見られないが、内心は彼らも不安を抱き始めているであろう。
しかし、幸いなことに、風の因子の能力者によると、能力の減少は否めないものの、鍵となる因子を持つ者の存在については、ここ数日、より強く感じるようになっているという。「鍵」さえそろえば、祖国へ戻ることができる可能性が、極めて高くなる。そのことが、従者たちの気力を未だ高いままで維持できている理由となっていた。
「…しかし、賑やかな都市なのだな、ここは」
もう何度も、思わずこぼしたささやきだが、きまじめな筆頭従者は、さきほどと同様に、初めての問答であるかのように答えを返してきた。
「はい。我々が、この地に抱くイメージは、大きく間違っていたということなのでしょう」
「うん。この地へ無理矢理に送られた、そのこと自体は、憎むべきことではあるが…私は、この地の事を肌で学ぶことが出来たことについては、かの者に感謝してもよいのではないかと思い始めているよ。ラサ」
「・・・・・・」
筆頭従者は、同意してよいものか迷ったのであろう、私の呼びかけに無表情を貫いた。
我が祖国…我が世界は、この都市とその属する世界に比べると、人の数において、大きく様子が異なる。我が世界には、これだけの人数があふれかえるような場所は、おそらくあるまい。
そして優雅さにはかけるが、機能的な建築物が空を切り取るように幾つもそびえ立っている。
私にとっては、無理矢理に送り込まれた、例えるならば流刑地にあたるわけなのだが、現在のところ帰る術が無いという不安以外に、この地で過ごすにあたり困ることは何もなかった。
「見た限り、田畑も畜舎も、この近くには無いようだが…食べるものも豊富なようだ。ラサ、見てみろ、歩きながら何かを食べている者もいるぞ」
「何か、姫様にも手に入れて参りましょうか?」
「な…違うぞ。ラサ。私は、そういうつもりで言ったのではないぞ」
「そうですか。失礼しました。確か、昨日も、このような会話の後に、姫様が空腹をうったえられたように記憶しておりましたので…」
「・・・」
「…恥をかかせるつもりは、ございませんでした。お許しください。今、周辺の因子を探査に散っている従者どもが、戻って参りますので、そうしましたら、我々も昼食をとることにいたしましょう。…!」
筆頭従者は、そう言いながら淀みの無い仕草で私を背後に隠すよう立ち位置を変えた。黒服に包まれた広い背中に視界を覆われ、見ることは叶わないが、私にもただならぬ気配を感じることはできた。
白い商用のワゴン車が、突然、私たちをめがけて迫ってきたのだ。
「ジン!」
風の因子の能力者に、一声鋭く指示を飛ばし、筆頭従者は私とワゴン車の間に立ちはだかる。その声に遅滞なく、風の因子の能力を発動した従者により、私の体は大きくワゴン車の突進する進路から外れた位置へと移動させられた。
「ラサ!無理をするな…下がれ!」
筆頭従者の能力を信用しないワケではないが、この地の「車」という乗り物は、非生物でありながら硬い外殻を持ち、その突進力は迷宮の奥に住まうモンスター並であることは、この地へ送られたその日に、嫌と言うほど思い知らされている。筆頭従者の能力は、非生物相手では分が悪い。
「ラサ!」…私はもう一度、「下がれ」と叫ぼうとしたが、次の瞬間、背後にさらに凶悪な殺気を多数感じて、振り返った。
一目で、それが、私と同じ世界の住人であると感じた。何故なら、風の因子の能力者が倒されたその向こうに現れたのは、より強力に因子の気配を放った黒服の者どもだったからだ。
この地の者も黒い服を着る者はいるようだが、あんなにも深い黒い色の服は、我が祖国の暗部に巣喰う暗殺を生業とする部族のものに違いあるまい。
その者たちは、私に向かって片腕を突きだし、死の因子の能力を発動せんと、その指先に能力を引き出すための要素を集中し始めた。
「何者だ、貴様たちは!?」
期待はしなかったが、やはり答えは返ってこない。
何も言葉を発しないことがかえって不気味さを増している。間違いなくプロだ。言葉を発しなければ、素性を悟られることもないし、ターゲットにはより強い心理的な恐怖を与えることができる。会話がなければ、余分な隙が生ずることもなく、狙いもブレない。
背後で、筆頭従者に迫っていたワゴンが、何かに乗り上げて凄まじい音を立てるのを聞いた。筆頭従者でも、もはや間に合わぬ。私は、自分でこの危機を乗り越える覚悟を決めなければならなかった。この暗殺者たちにも、勝利を確信し油断する瞬間があることを祈りながら、その油断を引き出すために、恐怖に震える可憐な姫を演じて見せようと、覚悟を決めた。
だから叫んだ。
「お前たちは誰かと聞いている。名を名乗れ!」
・・・