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Lip's Red - 姫様と緋色の守護者  作者: kouzi3
第3章 鍵と混沌と無の因子
23/39

(22) 混沌の血脈<4>

・・・


 「で、親父の論文って、どんなんだった?」


 風呂から上がった俺は、背中の傷のせいで、腕が未だうまく上げられないため、髪の毛を拭くことができず、頭にバスタオルを被った状態で部屋に戻る。

 すかさず、クアが髪の毛を拭いてくれた。ありがとう。


 なんだか妙な雰囲気になっていて、「あちゃぁ…出るのが早かった?」又は「遅かった?」と心の中で居心地の悪さを感じながら、それでも話題に加わろうとする。


 「2回も同じ事、説明するの面倒くせぇなぁ…」と渋る親父に、兄貴が変わって簡潔に説明してくれた内容は、次のような内容だった。


 遺伝子レベルで、姫様たちと俺たちは、ほとんど差がない。染色体の数が一緒だから、結婚して子どもを作ることも普通にできる。因子(ファラクル)という姫様たちが操る能力の源?的なモノについても、遺伝子の中に記述がされており、それは、つまり俺たちこちらの世界の人間にも、因子を持つものがいるということ。実際、俺や親父や兄貴にも、使える使えないは別として、遺伝子中に因子に関する記述があるらしい。それもフルセットで?


・・・


 「えっと。良く分からないんだけど。それって、どういうこと」


 「こっちと、お姫様たちの異世界と、おそらくご先祖の間に繋がりがあるってことだよ。こっちの昔の人間が異世界へ行ったのか、昔に異世界から来た人たちが俺たちの祖先の中にいるってこと。おそらくだがな」


 へぇ、そういうことになるのか。あまり理解できていない俺は、もっと素朴な疑問を口にしてみた。


 「ふぅん。ところでさ。何で、親父は異世界人の遺伝子のコトなんて知ってるの?」


 「あっ」…と、兄貴が親父を振り返る。

 姫様たちも、親父をジッと注視する。


 「私たちが…今日、お会いする以前にも、伝次郎殿は、私たちの同胞とお会いになったことがあるということでしょうか?」


 あれ?…その話、一番最初にみんなから質問してると思ったのに…まだだったの?

 とは、ちょっと上から目線に聞こえるといけないので口にはしない。けど、兄貴からのメールで事前に説明を受けていたからとはいえ、帰宅していきなり異様なほどのハイテンションで、何の戸惑いもなく姫様たちに挨拶をする親父って…どう考えても、おかしいでしょ?


 「明。そんなに落ち込むことねぇぞ。そこを疑問に思わねぇように暗示をかけてたんだからな。やっぱり、マモルは扱い辛ぇな。ガキの頃から…」

 「くそ。あのハイテンションとか、クラッカーか!?」

 「あぁ。暗示が解けちまえば、そのカラクリには気づくのな。お前は十分優秀だから、そう悔しがるなよ。明」


 扱い辛い?って、今、俺言われた?…ガキの頃から?…やっぱり、俺、親父に嫌われてたんだな。薄々感じてたけど…。


 「ただ、別に驚くことじゃねぇだろ?…老先生たちの世界じゃあ、昔っから、大悪人だとか、政治的に意見が合わない厄介モンとかが、そこそこの頻度で、ポンポンぽんぽん…俺たちの世界に追放してきてくれてただろう?」

 「う。うむ。ワシも、その厄介モンの一人じゃ」

 「厄介モンの方は…俺たちも気づかない程度に大人しくしれるようなんだが、大悪人どもが、コチラへ放り込まれて大人しくしてると思うか?」


 ラサさんが声にならない唸りを漏らす。姫様が色白な美肌をさらに青白くしている。


 「今回は、ちと事情が違ったようだが、そこの姫さんたちを狙って物騒な連中が大暴れしていったみてぇじゃねえか?そこの大男の渋いオッサンが、少しゃあ暗示の技を使えるようだが…あれだけの大立ち回りが、少しの暗示程度で、完全にごまかせると?」


 え、え、え、え、え、えええええ? どういうコト?


 「『異世界』とか聞かされて、それを最初から平然と受け入れる明やマモルのような柔らか頭は、さすがに俺たちの世界でも少数派だ。そんなこと政府機関やら大マスコミが真面目に言ったって、さすがに誰も信じやしない」

 「そ。それじゃぁ親父は、以前から?」

 「俺の仕事を何だと思ってやがるんだ?…って、話したこと無いから知らないのも無理はないか?」

 「フリーの研究者じゃなかったのかよ?」


 ニヤッと笑って親父が言う。何、格好つけてるんだ?この人。


 「おう。それも顔の一つだがよ。誰かが、余所から来た暴れん坊どものお相手をするしかないだろう?…俺は、俺たちのチームは、過去から連綿と引き継がれてきた異世界人の対策を非公式にやってるのさ。ほれ、敬え。人知れず世のため人の為に頑張る、正義のお父様だぞ?」

 「…お、俺たちの知らないところで、そ、そんなコトが…」

 「明。知っているのは一握りだ。そう気を落とすな。お前だって、今日からは『知ってる方』の一員なんだからな。時々、新聞やTVを賑わす不可解な凶悪犯罪のうち、いくつかは、異世界印の迷惑品だ。なんせ、数週間の間とはいえ、異世界印の凶悪犯どもは、こっちの世界の人間には無い、魔法のような力を漏れなく全員使いやがるからな」


 俺は、1週間あまり前の暗殺集団の恐ろしい襲撃を思い出して身震いした。あれは、トラウマになってもおかしく無い恐怖だよ。


 「マモル。今、お前、自分を襲った連中をイメージしたろう?違うんだな…そいつ等は、一応、ちゃんと目的に沿った秩序ある行動の一貫で、お前たちに襲いかかっているが、何の予備知識も持たず、流刑地として放り込まれた極悪異世界人どもは、捨て鉢になってやがるからな、何を思ったか大型トラックと大格闘をやらかしたり、航空機に喧嘩を売ってたヤツもいたな」

 「おぉ。ラサ殿も、そう言えば、車と格闘をしようとしておったような」

 「ナヴィン。思い出さなくていいから。忘れてくれないか?」


 何が面白いのか、そこで親父が「がはははは!」とか大爆笑している。恐るおそる、俺は親父に聴いてみた。


 「じゃぁ、さっきの遺伝子の話っていうのは…」

 「うん。どうにかこうにか、自衛隊や警察関係にもご協力を仰いで捕獲したサンプルを、俺たちの組織も極悪にあれこれ調べさせてもらったからな」

 「…極悪に…」

 「まぁ、明。そこは聴かない方が互いのためだ。ご婦人も聴いてらっしゃるので、オブラートに2~3重に包んで表現すれば、外部刺激に対してどう反射するかの実験とか、血液や体液、筋組織それから骨格、脳の構造とか…まぁ、一通りは研究させてもらった。遺伝子についてもな。…ま、さすがにお味は…とかは言わないけどよ」


 うっぷ。な、何てコト言うんだ。親父。悪ふざけにもほどがある。姫様も口元を手で押さえている。無表情でお馴染みのジンでさえ、嫌そうな顔をしている。


 「で、どうやら老先生の言う『因子』的なものに関する体組織も発見した。さっきの話で、勘違いしてるかもしれないが…明…『因子』というのは遺伝子の塩基配列パターン、それ自体ではないからな。遺伝子に書かれた『設計図』に従って、実際に形成される体内器官があるのさ。だから、俺たちこっちの人間と、老先生たちの体には、厳密に言えば違いがある」

 「…『因子』の有無か?」

 「正解。明も知っているとおり、遺伝子にある情報全てが、必ず全部、それを持つ個体に発現するわけではない。がんだって、アクセルになる遺伝子、ブレーキ役の遺伝子なんかの働きが複雑に絡み合って発症するし、その他の遺伝病だって、一卵性の双子の間でも必ず同時に発症するワケじゃない。タバコを吸う。酒を飲む。空気中のダイオキシン濃度だとか…。そういった環境にもよる場合もあるしな」

 「じゃぁ、さっき、俺にも『因子』が『眠っている』と言ったのは…」

 「おうよ。『因子』があるワケじゃない。だが、環境やら条件やら偶然やらが重なれば、お前にも、遺伝子の設計図に記載のある範囲で、『因子』が発現する可能性がある。…まぁ、その程度だ」

 「ふぅ・・・っ」


 兄貴が、残念そうに…けれど、何か納得したふうに、深くため息をついた。


 「あんまり長々と説明してると、ワケ分からない、そっちのお嬢ちゃんとか、退屈で居眠りしそうだから…」


 見ると、クアの目がかなり眠そうな半眼になっている。こっそり欠伸をしたのか、左目の端には、一粒の涙が…。俺が見ているのに気づき、慌てて拭き取ったが。「アハ」じゃねえよ。…でも、まぁ、疲れているんだろうな。


 「…一気に説明しきっちまうが…、要するに、今の時代よりずっと以前から、ちょこちょこと、しかし数え切れない程の異世界人が、こっちへ放り込まれ、そして、まぁ、こっちの人間と交配し、その子孫がまた別の子孫と交配をし…そうやって連綿と血の交流が歴史を重ねたんだろうな。理由は、分からねぇが老先生たちの世界では、特定の種類の『因子』に関する遺伝子が、かなり純度を保って子孫に引き継がれてきたようだが、それに対して、コチラの数多の異世界人の子孫たちは、自分がそうだとは知らずに、複数の『因子』情報を遺伝子に刻み込まれて、そこら中に広まっているというワケだ」


 「それで、マモル殿から『混沌の因子』の匂いがしたワケか…」


 ナヴィン爺さんが、しみじみと言う。



 「こちらの世界の全員が…いわば『混沌の血脈』に連なる可能性があると?」



 ラサさんが、何やら驚愕?の表情をナヴィン爺さんに向けている。「まぁ、こちらの世界では、全く意味を成さぬようだがな…」と小さくナヴィン爺さんが答える。


 ここで、俺は、気になっていることを聴いてみた。


 「ねぇ、じゃぁさ、もし、こっちの人間が、姫様たちの世界へ行ったら、ひょっとして因子(ファラクル)能力(パーランス)を使えるようになるかも…ってこと?」

 「おぉ。マモル。何かお前、まるでもう向こうの世界の住人みたいに因子(ファラクル)だの能力(パーランス)だの異世界用語を使いこなしてるのか!?」

 「茶化さないでよ」

 「はいはい。ごめんよ。それに関する答えは、ノーであり…イエスだ」

 「はい?」

 「…正直に言おう。俺も知らん。異世界に行ったことがないからな。研究者たるもの、知らないことを知ったかブリはできんのだ。エライなぁ俺」

 「そうか…ちょっと、期待したんだけどな。それだけ異世界について詳しいなら、親父は異世界への帰り方…というか、行き方も知っているのかと思った」


 親父は、俺のその言葉を聞くと、微妙な顔をして、指を顔の前に立て、ちっちっちっ…とワイパーの様に動かした。


 「勘違いするなよマモル。俺は、異世界のことについて詳しいなんて、一言も言ってないぜ?…俺が詳しいことがあるとすれば、それは『異世界人の体』についてだ。異世界人の心理も、異世界のコトも詳しくはない。…異世界のことなら、今やお前の方が詳しいんじゃないのか?…俺たちが尋問…もとい、色々と聴いたサンプル異世界人たちは、異世界に帰れるとは思ってなかったようだから、異世界の事細かな様子なんて、話そうとはしなかったからな。さすがに俺でも、記憶やら知識を直接、盗み見るようなマネは出来ないしな」

 「…なるほど。確かに、私たちは、帰る望みを持ち、マモル殿にも一緒に来てほしかったから、色々と説明をさせていただきました」

 「お姫様、こっちの仕事の関係上、俺は異世界に行くわけにはいかないが、話だけなら、是非、俺にもマモルに話した内容をご教授願いたいな。…あぁ、今じゃなくて良い。アッチのクアとかいうお嬢ちゃんが、もう限界っぽいからな」

 「はい。承りました。では、また後日に」

 「…ということで、『因子』を眠らせていても、『因子』自体を持っているわけじゃない俺たちには、おそらくアッチでも能力は使えない。が、アッチに行けば『因子』が発現する可能性はある。ノーでありイエスと言ったのは、そういうことだ」


 「じゃぁ…姫様たちは、帰れないの…」


 俺は、姫様たちが、一番聴きたくても、聴き出せないだろうと思うこの質問を、代わりにした。だって、ナヴィン爺さんは「俺の協力次第では帰れる」と期待し、しかも、俺の中に「混沌」…の因子の匂いがすると喜んでいたのだ。

 今の親父の話は、姫様たちの切実な願いを…期待を裏切る内容ではないのか?


 「それは…どうかな?」


 正解…とか、元気に言われるかと思ったら、そこで親父は言葉を濁した。


 「マモル…お前が…お前の協力次第なんじゃないかな?」


 はい?…親父が、なんだかナヴィン爺さんと同じことを言ったような気がするけど?どういうこと?


 「あぁ悪いわるい。せっかく作ってもらった美味そうな料理が、冷めちまったな。マモルも、食事が出来てるのに、風呂とか行くか?うぅ。俺の躾けがなってなかったのか…悪いな本当に。客人たち。君たちが作ったモノだが、遠慮せずに食べてくれたまえ」


 今日は、話はこれまでと言わんばかりに、親父が急にモードを切り替える。眠そうにしていたのに、食事と聴いたとたんクアが「わーい」と言って、目の前の揚げ物らしきモノを口にくわえた。俺は、艶めかしく揚げ物に食らいつくクアの唇をしばらく見つめてしまっていたが…その…間抜けな顔を見つめる視線に気が付いて、はっとなる。

 姫様が、俺のことをジッと見ていた。


 「うわ。あの、違うんです。え、えっと、いただきます」


 何が違うのか自分でも、よく分からないことを口走り、俺も食事を口にする。

 それを合図に、その場の全員が、黙々と食事を口に運び…まだ、まだ、スッキリしない疑問は沢山あるはずなのに、食べ物を咀嚼する音だけが、静かな居間で輪唱を繰り広げていた。


 俺には、親父が、まだ隠し持っている情報があると思えてしかたなかったが…その日の話は、そこまでだった。


 道向かいの離れ家を、当面の宿とすることを快く了承した親父に向かって、姫様たち一同は、深々と頭を下げ…食事が終わると早々に玄関を出て行った。

 なんやかんや言っても、みんな疲労が溜まっているのだろう。


 兄貴も親父も、自室へ引っ込んでしまったので、俺も、大人しく寝るより仕方なかった。布団の中で、あれこれ、考えようとしたが…俺も体が万全とは言えないのだろう…何も考えがまとまることなく…深い眠りに落ちた。


・・・


・・・

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