(16) 守護者の決意
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錯乱したことは初めてだ。そして、それを人に…異世界人たちだけど…見られたのも。 俺は、一通り喚き散らすことで、ある意味ストレスを発散できたせいか、その次には、急激な恥ずかしさと戦うハメになった。
恐怖は未だある。でも、恥ずかしさに思考の半分を支配されたせいで、恐怖も半分に薄まったかもしれない。
心を閉ざすというと悲劇の主人公みたいで格好良く聞こえるが、俺のソレは、そんなスマートな状態じゃない。外からの新しい刺激や情報を遮断したとたんに、脳内で自分をどこから遠くから第三者的な目で客観視する俺が姿を現し…脳内裁判が始まる。
今、自分がどの程度みっともない状態なのか、確認せずにはいられずに、俺は自分の喚き散らしたセリフを胸の中で反芻して、一つひとつの罪状に判決を下していく。
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「なんで、俺なの?何で、俺をここに連れてきたの?」
(これは…OK。というか、聴くべき必要がある重要なことだ。でも…)
「あのまま、病院に置いてきてくれれば良かったじゃないか?そうすれば、俺が足を引っ張ることもないし、」
(うぅ。今更、取り返しのつかない仮定の話で責めてどうする。意味なし!却下!)
「あんた達の異世界の問題は、あんた達異世界人だけで戦えば済むじゃないか!」
(最低だ。帰る方法も、身よりも無い人たちに向かって、何て冷たいことを!)
「俺の家族は?…俺が手術を受けるような怪我をしたって誰も知らせてくれてないの?」
(…知らせようが無いよな。俺の家族のこと知らないだろうしな。そんな余裕もなかったろうし…。無理難題を出すなんて、嫌なヤツの見本だな…。っていうか、俺の家族…呼んでも来なかったりする可能性あるしな…)
「…なあ、頼むよ。もう良いだろ?自分の情けなさは、十分理解したから」
(うん。今も、猛烈な勢いで、情けなさが身にしみているよ)
「襲撃の時に、役立たずで足を引っ張ったことの罰ゲームだとしたら、」
(あ~~~っ!!!『罰ゲーム』って意味不明の単語だよね。超馬鹿で超アホな俺)
「もう十分だろ?俺、十分すぎるほど、ダメージ受けたから…もう、満足して解放してくれよ?」
(…今、この体の状態で解放されたら、それこそ途方に暮れるよな?俺…。倉庫から這い出て交番にでも駆け込むか?…無関係!とか言って出てくんだから、交番までちょっと、送ってくれる?…なんて甘いことは言えないし…。その途中で襲撃にあうだけなような気がする…これも意味なし。減点1だ!)
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恥ずかしさに顔を上げていられなくて、俯きながら、俺は自分の有り得ないほどの無様な記憶を、脳から追い出したくて、首を振って頭に遠心力を与える。
俺の必殺技。名付けて羞恥遠心分離だ。変な技名を頭に思い浮かべてしまい、俺は余計に頭を振る。
そんな俺の脳内閉鎖空間に、声が割り込んでくる。
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「すまぬ。私が読み誤ったのだ。要素の欠乏などということがあるなどとは思いもせず、長期戦となると考えてしまった…。
私は、一時的にでも、こちらの世界のマスコミというものを利用すれば…
姫様とそれを救った者を、衆目の関心の的としてしまえば…暗殺者たちも迂闊にはしかけてこないだろうと考えたのだ」
(げっ!…マスコミの話って…さっきもそう言ってたけど、マジかよ!?)
俺は、自分のことが、どんな風に報道されたのか…それが心配になって、首振り頭回しを停止した。…正直、振り過ぎて、頭がクラクラしてきちゃったし。
その時、俺の背中を姫様の手が触れた。姫様は、俺の背中を優しく撫でてくれた。
姫様の手が背中を行き来する度に、俺の中に、何か暖かいものが広がっていく。
「ジン…。マモル殿は、戦いを好まれぬ。怪我も癒えていない。我々だけで…凌ぐぞ」
「はい。自分は最初からその気でしたから。他の従者たちも、そのつもりでいることでしょう」
「守護者様のいうことは、その通りございますもんね。ワタクシたちの世界の問題は、ワタクシたちで、キレイキレイに片付けちゃいましょう!」
「マモル殿。巻き込んでしまって誠に申し訳ない。…が、先ほど説明したとおり、マモル殿も奴らの標的となってしまっているのは間違いないと思われます。マモル殿の意図せぬこととは言え、どちらにせよ姫様の守護者を我々も失うわけにはいかないのです。ゆえに、我ら、姫様とマモル殿のお二人を、この命に代えても必ず、お守りいたしますので…今は、堪えてください」
心が傷む。…というのは、こういう気持ちだったのか…俺は、情けない俺を笑うどころか、命がけで守るとか言い出した、お人好しの異世界人たちに、深い負い目を感じた。
いいのか?このまま、また役立たずの俺でいいのか?………判決を言い渡す!
「………ダメに決まってんだろ。なぁ?」
「え?何?」
姫様が、かすれた声で囁く。
「ラサ。少し待て。…どうぞ、何かお聴きになりたいことがあるのでしょう?」
姫様が、俺の背中を、そう言ってさすった。
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「…聴きたいことが、いくつかある」
恥ずかしさを堪えて、取りあえず声を出してみた。うしっ!声は震えてない。今俺ができる、最善ってやつを尽くしてみるか。
俺は戦えない。これは、もう実証済み。病院の時みたいに途中で失神するようでは、今度こそ姫様たちを、より危険にさらす恐れが高い。で、そのこと自体をクヨクヨするのは意味がないと割り切ろう。だって、俺、イジメられっ子だも~ん。喧嘩だって、満足にしたことは無いモンね~。ま、違法な事を命じられた時は、全力で抵抗したりはするぐらいの立ち回りは経験あるけどさ。基本、逃げるが勝ち…ってのが俺の価値観。
体の芯の方に、未だ残る襲撃への恐怖。ほんの数日前までは、自分から遙か遠く、まったく疎遠な関係だった「死」と、急に隣り合わせ…っていうか背中に貼り付かれた感?それはもう、どうしようもなく怖い。俺は怖いんだ。認めたぞ。それがどうした。
それを今一時、忘れようとワザとハイテンションで思考を進める。あんな、こっちの世界の人間が持っていないような、不思議な力?持ってる奴らと、真面目にやってられるかってんですよぃ!
俺らからしたら、ほら。何?因子?能力?えっと、それから要素?…なんじゃそりゃ?ってなもんですよ。反則、反則、反則!!!こっちの神様、居るんならちゃんとペナルティーとってよ!
ということで、俺は悪くない。悪いのは異世界の変な力。
「いくつか疑問がある。ひとつ、一人増えてるのは、何故?」
「聴きたいこと」を素直に「疑問」と言い換えて、俺は、さっきのラサさんの説明にあった、数字の食い違いに、取りあえず食いついてみる。
「そこの。彼は、我々と同時に異界送りに遭ったわけではありません」
「…こっちの人間?」
「いえ。ナヴィン…こちらへ来て、自分でご挨拶しろ」
この部屋状の段ボール空間に居たもう一人。俺が、唯一名前を知らなかった髪の毛ボッサボサの、髭伸ばし放題の爺さん?…が、クアの背中越しにコチラを覗き込み、ニカっと音がしそうに笑って近づいてくる。
「やぁ。あんた、泣き叫んだ割には、細かいことに気づくんだな。面白い」
(うっさいな。「泣き叫んだ」とか言うな!こっちにとっては、早く忘れたい最新黒歴史だよ)
取りあえず、不確定因子は排除しときたいから、コイツが信用していい相手か確認しなきゃならない…と、俺は尋問を開始する。
「…うるさい。お前誰だ。こっちの人間じゃないなら、お前も異世界人か?」
「うん。あんたから見たら…だがな。ワシからすれば、あんたが異世界人。ワシは、ナヴィンだ」
爺さんの話を要約すると、姫様たちと同じ異世界人だが、もう何十年も以前に、こちら側へ来ていて、姫様たちが来た時の空気の匂い?的なものを嗅ぎつけて、異世界のルールに困ってた姫様たちに気づき、助力を申し出た…と、こういう事らしい。
…ってことは、ラサ達のように、絶対信頼のおける姫様側の仲間ってわけじゃぁないんじゃん?場合によっては、敵にもなり得るってことか?…異世界で、どの陣営に属していたのかは、確認しておかないと…最後に、安心したところで背中から刺される可能性だってあるわけだしな。失礼だと思われても、そんな後悔するの嫌だから聴いちゃう。
「…もしも…最初に遭遇したのが、暗殺集団の方だったら?」
「…お前が、い…いめ…碧色の森泉国?…の王の手の者でないという証明にはなっていないな。十数年前に来たというのも、お前しか知らないことだよね」
爺さんが、不躾な質問にどう答えるか。ワザと疑うような質問を二つ、立て続けにぶつけてみる。顔色や体の細かい動きは観察するが、その答えをいちいち詳細には俺は聴かない。どうせ、本当か嘘かなんて、異世界人じゃない俺には判断できないから。
むしろ、俺より、姫様やラサに、そういう危険もあり得ることを意識したかった。
だから姫様が、それでも、この爺さんは信頼できると言うなら、それでもう言うことはない。念のため、信頼した理由が確かなものか、再度、確認してもらうが、その答えも俺にとってはどうでも良い。姫様自身の危機だ。姫様自身が自分で後悔しない程度に、考えて欲しいだけだから。
「次の疑問。何故、碧色の森泉国?の王は、わざわざ従者付きで、姫様を異界送り?…にしたの?」
疑っては申し訳無いが、従者の中に裏切り者がいたら、やはり背中から刺される…どころか、体内から食い破られることになりかねない。ラサは…まぁ信じても良いだろう。これまで、色々と話を交わして、人柄?というのかな。何となく判ってきたから。ジンも、クアも…まぁ、信じよう。
この疑問は、あくまでも、姫様やラサたちが、万が一、従者の中に裏切る可能性のあるようなものが居ることを失念している…なんてことが無いように聴くだけだ。
しかし、ラサは、従者たちを疑うという発想にはまったく至らなかったようで、異界送りとか言う、ちょっと長ったらしい魔法?のようなものの説明をしてくれた。つまりは、従者たちを疑う必要は無いということだろう。なら、よし。
異界送りは、(1)一人狙いは無理。(2)移動する的は範囲対象でないと狙えない。(3)連続しての発動は困難。(4)そもそも、何人従者が居ようが敵は異世界から帰ることは無理だと思っている。…ラサの説明を要約するとそうなる。しかし、問題は(4)の信憑性だ。
「それが、今ひとつスッキリしないな」
だって、さっき姫様は、各国の王は異世界との往来を独占しようと画策してる的なことを言っていたじゃないか?
それについて、追求しようと思ったが、「だから保険に暗殺者をセットで付けた。だけど、心の底からは信じていない」なんていう呑気な答えで、ラサと爺さんは二人で納得しあっている。おぃおぃ。お前たち、もう少し人を疑うってことを覚えろよ?
超不自然だろう?俺には、敵の「何とか王」が、何か別の思惑があるように思えて仕方ないんだけどよぅ…でも、指摘の仕方が難しいな。どうしようか?
俺の中では、病院の襲撃の時と同じように、腹の中をかき回されるような不快感が広がり始めていた。くそう。まだ確認しときたいこと沢山あるのに…その時間は、もうなさそうだ。
「もうそんなに時間が無いみたいだから…」
前置きして、俺は取りあえず最後の質問をする。何故、異世界へ帰還した経験を持つ爺さんに、その方法を聞いて、早く帰らないのか?…帰れない理由は何なのか?
すると、それには「鍵の因子」が必要だと爺さんが答える。「鍵の因子」については、確かに、病室で姫様の話の中にも出てきたキーワードだ。それから、それ以外にも、何やら条件が必要らしい。
俺は、まだまだ聴き足りないことが沢山あったが、口を開きかけた瞬間、頭の中に、ハッキリと敵の配置や数が浮かび上がった。病院の時もそうだったが、間違いない。理屈は判らないけれど、今の俺に出来る最善は、これをラサに伝えること。
少しでも早く、ラサたちが対応できるように…時間的な有利を、彼らに与えてやれるように。俺は、早口で叫んだ。
「ラサ。囲まれた。前に3人。後ろに2人。左右も2人ずつ…それから、上から4人…。姫様…た…」
姫様…大変だ。俺は、敵をイメージした時。重大なことに気が付いた。しかし、それを今、言うのはマズいと思い直した。今、もう数秒後には、戦闘が始まる。長々とした説明ができない以上、逆に動揺させては不利に働くだろう。
俺は、自分だけが気づいた重大な事実に、どう対処するかを考えて、軽々しく口を開かぬように唇を噛んだ。
姫様は、相変わらず優しく背中を撫でてくれている。考えろ。考えろ。俺。
「大丈夫。私が、お前を守るから…」
姫様のその言葉を合図としたかのように、倉庫の四方の窓のガラスが、凄まじい音とともに砕け散った…
「姫さん。悪いが、身の危険を感じたら、ワシは逃げるか隠れるかさせてもらうぞ?」
「わかっている。因子の能力を忘れて久しいお前に、命を懸けろとは言わぬ」
「悪いな。もし、あっちへ帰れたら、少しは使えるようになるかもしれないがよ。あんたら達から染み出てくる要素も、ワシが横取りできるほどの濃さは、もう感じられないしな」
「うん。いざとなれば、私自身が、マモル殿を守るために必要な分の要素は温存しておきたい。お気遣いを、感謝する」
考えに没頭する俺の横で、姫様と戦闘能力が無いため残った爺さんの二人が会話をしている。
爺さんは、こちらの世界に長期滞在しているせいで、因子の能力を失い俺たちと同じになってしまったらしい。その会話の意味は、俺には完全には理解できないが、何か、俺の中で引っかかるものがある。
「要素が姫様からしみ出してくる」…この部分か?
「ワシが横取りできるほどの濃さ」…この部分?
「要素の温存…」…それとも、この部分か?
遠く、近く、激しく行き交う足音が聞こえる。時折、苦痛に耐える呻きや、裂帛の気合いが聞こえるが、この空間は不気味なほど静かだ。
広い倉庫の中で、この段ボール箱の壁に守られたこのエリアの支配権を争い、ラサたち従者と暗殺集団が、言葉を交わすこともなくせめぎ合っている。まだ、近くまで戦いの場所が迫って来ていないのは、ラサたちは、うまくやっているのだろう。
風を切って、頭上を何かが通り過ぎていった。…人間って、あんな風に吹っ飛ぶんだ?…異世界人だけかもしんないけど…俺は、ちょっとビックリして思考を止めた。
俺は、考えに行き詰まり、新たな思考の材料を求めて…姫様に語りかけた。
「…姫様…守護者は…こんな時、本当はどうすればいいの?」
「さて。正直、私も守護者を持つと言うことがどういうことか、きちんと理解できてはいないのだ。マモル殿」
この後、間違いなく姫様と俺は、最大のピンチを迎えるハズだ。だから、それまでに、何か考えつかなければならない。俺に、出来ることは考えることだけだから。イジメられる中で、その被害を最小限に抑えるために、俺が編み出した保身術。考えること。そして、必要なことを見つけ、その時できる最善を尽くすこと。
しかし、今、この異世界人たちの殺し合いの中で、今までの俺には無かった、一つの未知の事項がある。守護者であるということ。
仕組みは分からない。しかし、少なくとも俺は、守護者になったことで、明らかに自分たちに迫り来る危機に対して、尋常ではない…予知能力に近いほどの察知能力を手に入れたと思われる。
そして、俺と姫様の間には、異世界人では無い俺にも分かるほどの、要素とかいう不思議な感覚のものが、グルグルと循環しているのを感じる。
何故だ?こちらの世界と、姫様の世界は、似ているけれど、それら不思議な力関係の仕組みについては、大きくこの世界と違っている。それならば、守護者になれるのは、異世界人のハズだ。もし、こちらの人間がなれるとしても、姫様の世界の人間がなった方が、無理がなく効果を発揮できるはずなんじゃないのか?
姫様は何故、俺を選んだのか、そこに、何か大切なものが隠されている気がしてならない。だから聴いてみた。
「…どうして俺なの?」
「すまぬ。それを語るには、今はまだ、自分でもその理由をうまく言葉にできぬのだ」
どうも姫様は、その話題を避けようとするな。しかし、今、どうしても俺は知る必要があるという予感を持っている。だから、姫様が俺の意図を正確に読み取ってくれるよう祈りながら、聴き方を変えて再度、質問する。
「…どうして俺を選んだの?守護者に必要な条件を、俺の他に満たす者は居なかったの?俺だけが持っている、何かがあるの?」
「守護者に必要な条件?」
「…それが分かれば、ひょっとして俺にも何かができるのじゃないかって思ったんだ」
「もう無理をしなくてもよいのだ。マモル殿。今度は私がお前をちゃんと守ってみせるから」
俺が、恐怖を堪えて、無理に頑張ろうとしているものと誤解したのか、姫様は俺を労る発言をしてくれる。ちょっと、胸が苦しくなる。救いたい。何故なら、もう病院の襲撃のときに、「もう、守ってもらったから…」。
この襲撃は、単純化して考えれば姫様を守れるかどうかという戦いなのは明らかだ。敵は、一人でも良いから、ラサ達の防衛網をくぐり抜け、姫様の前に踊り出ればよい。対して、ラサ達は、数の多い相手を、一人として姫様に近づけてはならない。
どちらが不利かは考えるまでもない。
だからこそ、俺が、俺が守護者として出来ることを、しっかりと把握して、現状で可能な限りの守護者の特性を活用しなければならないのだ。
迫り来る、その一瞬のために。
姫様が俺の質問に答える前に…視界の隅で何かが弾けた…
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※話が、なかなか前に進みませんが、ここは、主要な登場人物のキャラクター設定と、それぞれの関係性、考え方の違いなどを、方向付けるため、作者としては、時間をかけたいと考えている部分ですので、お許し下さい。




