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Lip's Red - 姫様と緋色の守護者  作者: kouzi3
第2章 暗殺集団襲来
15/39

(14) 鍵の因子

※筆頭従者が語る、姫様の置かれた状況の真相。

※マモルは立ち直れるか?

・・・


 静かに話を聴いていてくれた守護者(ガルディオン)殿…いや、今は、マモル殿と呼んだ方がよい状態なのか…が、突然に感情を露わにし、首を振りながら叫ぶ様子を、今度は我々が黙って見ているしかなかった。

 豹変した時の彼は、筆頭従者(ヘッダテンド)である私をも道具のごとく使ってのける剛胆さを持っていたというのに…何なのだこれは?

 確かに、最初に会話を交わしたマモル殿の印象から考えれば、今のこの怯える姿の方が、まだ納得のいく姿だと言えるだろう。偶然、姫様の盾となり大怪我を負い、その傷の痛みに耐えながら、見に覚えのない自分の活躍を不安そうに聴かされていた時のマモル殿は、どうみても芝居には見えなかった。あれが…つまり、今、ここで怯え嘆く彼こそが、本来のマモル殿なのであろう。


 多重人格?…二人以上の異なる人格を、一つの身に宿すということが、希にあるのだと聞いたことがあるが…マモル殿が、果たしてそうなのだろうか。


 マモル殿が怯えることは、よくよく考えれば無理もないことなのだろう。僅かに2週間ばかりではあるが、この世界…この都市だけなのかどうかは分からないが…は、我が祖国の属する世界に比べ、平和で争いのない穏やかな世界だと、私は知った。

 確かに、数日は、非生物の車という乗り物の前を迂闊に横切ろうとすると、その縄張りを侵されることを忌み嫌う性質を持つのか、問答無用に襲いかかろうとする、その迫力に、「さすがに流刑地とは、地獄のような恐ろしい場所だったのだ!?」と驚いたものだが。実際には、人々が所狭しと集い、それでいて互いに争うこともなく、食べ物に飢えることもない、本当に平和な場所なのだ。ここは。


 物心ついた頃には従者(ヴァレッツ)としての運命が定められ、将来、筆頭従者となるか、若しくは幸運にも姫様の守護者として選ばれるか、そのどちらをも夢見て、厳しい訓練に明け暮れ、特に従者隊に属してからは、実戦で生死の狭間を何度もくぐり抜け、その功を認められ筆頭従者となった私には、この国で育ったマモル殿の気持ちを正しく読むことが出来ていなかった。

 言い訳をさせてもらえるのならば、あの豹変した彼。彼こそが守護者と呼んで遜色の無い特別な何かを持った者であると、この目に見せつけられてしまったゆえに…私は、筆頭従者としての自分が果たすべき役割を、無意識に、自分より適任だと感じた彼に頼ろうとしてしまっていたのだろう。


 マモル殿ご自身も、その思考力には人より優れた特性をお持ちだと感じたが、豹変後の彼は、そのような言い回しでは表現しきれない、驚異的な判断力、思考力、そして得体の知れない力を持っていた。

 あれが、危機に陥った時のこの世界の住人の特質なのだろうかと思ってしまったが、どうやらこの豹変は、彼だけの特殊な状態らしい。


 「すまぬ。私が読み誤ったのだ。要素(ルリミナル)の欠乏などということがあるなどとは思いもせず、長期戦となると考えてしまった…。

 私は、一時的にでも、こちらの世界のマスコミというものを利用すれば…

 姫様とそれを救った者を、衆目の関心の的としてしまえば…暗殺者たちも迂闊にはしかけてこないだろうと考えたのだ」


 沈黙を破り私が話はじめると、マモル殿は俯いたままだったが、首を振るのを止めて、耳だけは傾けてくれるようだ。

 もう、最初の暗殺を偶然であろうと阻止してしまった以上、その瞬間から暗殺集団にとって、マモル殿は敵対者と認識されてしまっていることは間違いないだろう。…そして、姫様が選定の儀により、自らの守護者として縁をむすんでしまった。ということは、二人がどれだけ離れた場所にいようとも、要素(ルリミナル)を感じ取ることができる者であれば、二人の繋がりを察知してしまうということ。


 私は、マモル殿の気持ちを、さらに追い詰めてしまうかもしれないと恐れながらも、正直に説明した。

 誤魔化しや、偽りでは、信頼は得られぬ…と考えたのだ。


 姫様がマモル殿の背に触れる。一瞬、ビクンと身を硬くするものの、完全に姫様を拒絶したわけでは無いのだろう。もしも、姫様のその手を払いのけるようなことがあれば、姫様のそのお心も深く傷つくだろうと一瞬緊張したが、幸いにも、その心配までは不要だった。


 姫様は、優しくマモル殿の背を撫でている。


 しばらく、その様子を見守りながら、私は考えた。

 頭を切り換えよう。我々は、決して戦力的に十分とは言えない。マモル殿のあの守護者としての豹変に期待をしたいのはやまやまだが、しかし、不確定の戦力など当てにした配置を取るわけにもいくまい。


 我が祖国にも、商家や農家の民はいる。我々、従者のように戦闘を生業とするものばかりではない。マモル殿も、商家か農家か…ひょっとして学家の子息かもしれぬが…最初から戦力外であったと割り切ろう。


 「ジン…。マモル殿は、戦いを好まれぬ。怪我も癒えていない。我々だけで…凌ぐぞ」

 「はい。自分は最初からその気でしたから。他の従者たちも、そのつもりでいることでしょう」

 「守護者様のいうことは、その通りございますもんね。ワタクシたちの世界の問題は、ワタクシたちで、キレイキレイに片付けちゃいましょう!」


 クアが明るい声で賛同してくれた。病院の襲撃では、やや苦戦を強いられたが、我々の志気は決して低くはない。

 …行けるな…私も、守護者へ依存しかけていた気持ちを切替、元々の従者隊の長として頷いた。


 「マモル殿。巻き込んでしまって誠に申し訳ない。…が、先ほど説明したとおり、マモル殿も奴らの標的となってしまっているのは間違いないと思われます。マモル殿の意図せぬこととは言え、どちらにせよ姫様の守護者を我々も失うわけにはいかないのです。ゆえに、我ら、姫様とマモル殿のお二人を、この命に代えても必ず、お守りいたしますので…今は、堪えてください」


 もう、返事は期待せずに、必要なことだけを告げて、私は襲撃に備えるため配置につこうと背を向けた。


 「………」


 「え?何?」


 姫様が、かすれた声で囁く。

 マモル殿が、何かを言ったようだ。


 「ラサ。少し待て。…どうぞ、何かお聴きになりたいことがあるのでしょう?」


 姫様が、マモル殿の背中を、そういってさすった。


・・・


 「…聴きたいことが、いくつかある」


 先ほどの錯乱の色は、もう感じさせず、マモル殿は淡々とした声で問うてきた。


 「いくつか疑問がある。ひとつ、一人増えてるのは、何故?」


 ひとり?…あぁ。やはりマモル殿は、豹変していなくても明晰な頭脳をお持ちなのだ。私の話の小さな齟齬を、きちんと指摘してくるとは。


 「そこの。彼は、我々と同時に異界送り(ナザーダスヴォック)に遭ったわけではありません」

 「…こっちの人間?」

 「いえ。ナヴィン…こちらへ来て、自分でご挨拶しろ」


 私が、元の世界へ帰れることができると確信した理由。それが、彼との邂逅だ。


 「やぁ。あんた、泣き叫んだ割には、細かいことに気づくんだな。面白い」


 自己紹介をしろと言ったつもりだが、ナヴィンは余計なことを言いながらマモル殿に近づいた。


 「…うるさい。お前誰だ。こっちの人間じゃないなら、お前も異世界人か?」

 「うん。あんたから見たら…だがな。ワシからすれば、あんたが異世界人。ワシは、ナヴィンだ」

 「…緋宮 護(ひみや まもる)だ。姫様たちとは別に、こっちに来たってこと?」

 「あぁ。ワシは、こっちの世界の表現で言うと…もう何十年も以前に、こちら側へ流されてきたのさ」


 そう。この世界は、我々の世界にとっては流刑地のように扱われてきた。異界送りの術式は、簡単にできることではないが、我々の世界の理を歪めるほどの禁忌を犯した者や犯そうとした者、そのような活動を支持し、支援するような政治的な活動を行う者…など、各国の王が、合議により抹消すべしと判断した者達が、過去、この世界に送られているという記録があった。

 ナヴィンが、どのような禁忌に触れたのかまでは聴いていないが、彼もまた、各国の詠唱者たちが共同で発動した異界送りの術式に裁かれた者の一人だという。


 「久しぶりに空間が揺らいで、要素(ルリミナル)が流れ込むのを感じたから様子を窺ってると、車にはねられそうそうになったり、警官の職務質問にあったりと面白い目にあっている奴らを見つけたんで、ちょっと気まぐれに助けてやろうという気になったのさ」

 「…もしも…最初に遭遇したのが、暗殺集団の方だったら?」


 ほう。…と、ナヴィンは感心したような声を出して、それから笑った。


 「あははははは。面白い。面白いぞ、あんた。なぁ、ラサ。コイツは、もし守護者でないとしても、なかなかの逸材かもしれないぞ。確かに、命がけで守る価値があるかもな」

 「…誤魔化すなよ。答えて」

 「あっちに加勢してたかもな…って、言うと思うのか?あぁ、あんたは向こうの人間じゃないし、暗殺とかにも、本来は縁のない、普通の兄ちゃんだったな。それだけ、頭が回るなら分かるだろう?…暗殺者集団の方が、俺なんかを相手にすると思うかい?」


 なぁ、ラサ…とでもいうように、ナヴィンは私を一瞥する。私は、どう答えてよいか正直のところ図りかねている。ナヴィンが敵側に回る可能性には、思い至っていなかった。


 「…お前が、い…いめ…碧色の森泉国(イエメルアーダス)?…の王の手の者でないという証明にはなっていないな。十数年前に来たというのも、お前しか知らないことだよね」

 「いいねぇ。本当に良いよ、あんた。でも、ワシの事は信じてくれて良い。なぁ、姫様?」

 「はい。この者は…この者こそが、我が父王が以前匿っていたという…異界帰りの男なのです」


 驚いた。なるほど、ナヴィンと最初に接触したときに、姫様がこの者は信じて良いと、我々におっしゃったのは、そういう理由だったのか。今のいままで、それを疑問とすら私は思っていなかった。


 「何故、そう判った?」…それでもなお、マモル殿は念を押す。臆病さとは、また違った何かが言葉にこもっている。マモル殿は、自分で確証を得た事柄でなければ、鵜呑みにはしないのであろう。


 「この者の名は、私の父王の語った記憶のとおりであったし、何よりも、我が父王が授けた刻印をその腕に刻んでおったのだ。刻印は、確かに我が父王の能力によるものだと…娘の私には判るのだ」


 ふぅん。と、鼻を鳴らしてマモル殿は、一度、瞑目する。そして、もうナヴィンには興味がないと言うばかりに、私の方に向き直る。


 「次の疑問。何故、碧色の森泉国?の王は、わざわざ従者付きで、姫様を異界送り?…にしたの?」


 これは、私が答えるべきだろう。もっともな質問だ。


 「異界送りの儀というのは、大規模儀式魔術と呼ばれる部類の技なのだ。人ひとりだけを、遠隔地から正確に狙うことは、さすがに不可能だったのだと思う。姫様は、移動中だったのだから、ある一定の範囲を対象としなければ、異界送りは効果を得られない恐れもあるし…一度、外せば、そうそう連続して発動できるものでもない」

 「なるほどね」

 「…それに…」

 「それに?」

 「おそらくだが、碧色の森泉王(イエメルアードス)にとっては、我々の存在など、気に掛けるほどの者でもなかったんだろうな。従者が何人付き従おうとも、異界から戻る術など無いのだから」


 「それが、今ひとつスッキリしないな」


 少し考えて、マモル殿はそういった。

 

 「さっきの姫様の話では、各国の王が、密かに異世界…つまりコチラ側との往来を独占しようと、非公式の動きをしてたってことでしょ?従者が多ければ、戻る手段を見つける可能性も上がるんじゃないの?」

 「だからこその暗殺集団だろうさ」


 マモル殿の指摘は尤もだが、一般的には、過去の歴史において帰還してきたものは一握りしかおらず、それも本当か嘘か判らない自己申告によるものだ。もしも、行き交う手段があるなら独占したいから…他の王と同程度の情報収集や、自称帰還者たちを囲ったりするものの…自由に行き来する手段を手に入れた王は未だ存在しないはずだ。


 「心の底では、帰還できる可能性など信じていない…が、万が一があっては困る。そんなところか?」

 「そんなところだな。ところで、今度、帰還できたら、ワシは数少ない2回帰還した男って事になるな…こりゃぁ、姫の父王に、前回以上に高く買って貰えそうだ」


 私の言葉を受けて、ナヴィンが答える。強欲な発言のようだが、確かにそれだけの価値は認められよう。


 !!!!!!


 何だ?マモル殿が、突然、顔を上げて辺りを見回した。


 「もうそんなに時間が無いみたいだから…最後の質問にしとく…けど」


 …時間がない?…また、守護者としての危機察知能力が働いたのだろうか。マモル殿は、姫様の守護者として、姫様へ迫る危機をいち早く知ることができる能力を、間違いなく得ているようだ。


 「暗殺集団が帰る手段を持っているとか、それをこちら側の手に入れるとか…さっき期待する発言してたけど。そのナヴィンが、一度帰還したってのが本当なら、暗殺集団の襲撃なんか待たずに、ナヴィンに教えてもらって、さっさと帰ればいいのに…なんで、そうしないの?」


 この疑問には、肩をすくめてナヴィンが答えてくれた。


 「ワシが、もったいぶってるってわけじゃないぜ。帰還するには、鍵となる因子の持ち主が必要なのさ」

 「鍵の因子?」

 「あぁ。前回、もう、何十年も前だが…最初にワシがこちら側へ流された時には、ワシの相棒が偶々、鍵の因子を持っておってな。まぁ、鍵だけでは、ダメなんだが。いろいろと幸運が重なって、それ以外の条件も満たすことができて…色々あって帰れたってことなのさ」


 マモル殿は、まだ何か聴きたりないことがあるようで、口を開きかけたが…途中で、それを断念して、私に向かって叫んだ。


 「ラサ。囲まれた。前に3人。後ろに2人。左右も2人ずつ…」


 私は、慌てないように呼吸を整えながら、それでも即座に指示を飛ばす。「ジン!クア!」…呼ぶよりも早く、二人は、あらかじめ指示してあった持ち場へ移動し始める。


 「…それから、上から4人…。姫様…た…」


 おそらく、「助けて」と言いそうになったのだろう…、直前までの冷静な問答とはうって変わり、緊張に顔を歪めて、唇を噛んでいるマモル殿の背中を、姫様は、相変わらず優しく撫でている。


・・・


 「大丈夫。私が、お前を守るから…」


 姫様のその言葉を合図としたかのように、倉庫の四方の窓のガラスが、凄まじい音とともに砕け散った…


・・・

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