全身麻酔からの覚醒
本格的に「異世界」の話が始まるのは第4章からの予定です。
どんな「異世界」かを先に知りたい方は、第1章の「(8)異世界」からか、その一つ前の話からお読み下さい。
第1章は、前提となる必要最低限の疑問を、解説しておく必要があって、若干長めで、まどろっこしいです。ごめんなさい。
全身麻酔の効果が切れ始める時の感覚は、体験した人にしか分からないだろうけど…アレは嫌なものだな。体験した人同士ででも、ひょっとしたら感じ方は違うのかもしれないけれど。
宇宙の始まり以前を想像するのと同じぐらいに、理解不能な「無」の状態からこの世に生まれ出てくるような感覚?…といっても分からないよね。
俺の場合は、そんな「無」であろう状態…自分がナニで…空間のどの位置に存在するのかも認識していない…宇宙全体に広がった塵のような状態で漂っている…(と、その感覚から抜け出した後から無理矢理に表現するとそうなるんだけど)…その状態の時に…どこからか…
UUUUUUUUUUUUUUUNNNNNNNNNNNNNNNN
UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUNNNNNNNNNNNNNNNN
…宇宙の底から聞こえてくるような、うなり声が聞こえ始めて、何だろう?という疑問を持ったのが、最初の思考の始まり。
でね。最初の思考が始まると、ビッグバン直後のインフレーション理論さながらに、宇宙中に拡散して薄まっていた俺の意識が、急速に一点に向かって収束を始めるような感覚になるんだ。
「始めに光りあり」というのとは違うんだな。まだ、この段階では、俺は「う~ん、う~ん」という恐ろしい唸り声しか認識できてないから、どちらかと言うと「始めに唸りあり」だね。
でも「唸り」を認識し始めた俺は、もう、「無」の眷属として空間に隠れていられるなんていうことは不可能になって、後はもう「この唸りは何だろう?」という「疑問」という知覚を核として、急激に自己の体を構成していった。
自己と世界の境目…自分の体の輪郭…を、朧ながらに感じられるようになった俺。そこから先は、目まぐるしく次々と様々な感覚が俺に追突し、俺と一つになろうと襲いかかってくる。
唸り声の次は、ガチガチと打ち鳴らされる骨の音。そして、その高速に打ち鳴らされる振動に揺さぶられる俺の脳。振動によって急速に意識が覚醒し始める。打ち合わされているのは、どうやら俺の歯だ。顎がガクガクと痙攣するかのように震えている。まるで、凍える冬の日のように…
「…寒い…」
俺の第一声だそうだ。この声を発しているのが自分かどうか、未だ曖昧なので後で聞いた話によるのだけれど。
その声を境にさらに俺の覚醒は加速する。そう、寒いのだ。えっと…俺、裸?すっぽんぽん…全裸…では、ないな。なんとか薄い衣は羽織っているようだけど。
「・・・」
誰かが耳元で何かを囁いたような気がする。右手が仄かに温かく包まれ、俺の中に何か不思議な感覚が流れ込んでくる。これは何だろう。過去に2度、同じ覚醒の経験がある俺だが、今までにない感覚が俺の中の何かを大きく変えていく。
膜のように世界と自分とを切り離していた痺れが、それを境に霧消していき、俺は何かと繋がった?
寒いという感覚と骨の打ち鳴らされる音だけに支配されていたハズの俺は、今、自分の体重をシーツの上に感じ、自分の体の輪郭をハッキリとイメージできるに至り、空気の匂いや風の流れ、口の中に広がる自分の唾液の味、そして唇に触れる温もり?…さまざまな感覚を取り戻した。そして、今までの俺には無かった、何か「混沌とした感覚」が胸に刻まれている。しかし、その感覚も、やがて「無」の殻に包まれて、体の奥底へと消えていく。
「・・・」
完全な覚醒の時がもうすぐだと、俺は何故か分かった。右手と唇の温もりが不意に消失し、俺は襲ってきた喪失感に覚醒への最後の扉を急ぎくぐり抜けた。
・・・
やっと、視覚に灯がともり始める。薄く開いた目蓋の隙間から薄暗くてシミの浮かんだ地味な天井が目に入る。
俺の腕には、透明な管が針でつながれている…点滴?だな。そして…えっと、なんか男性にしか付いていないあの部分の先っちょに違和感があるんですけど…。どうやら、股間からも透明な管がつながっているようだ。
え~と…とにかく、寒いんですよ。恥ずかしいとかそういうことより、まず寒い、寒い、寒い。こんなに寒いのに何で俺は、こんな薄衣一枚の格好で寝てるんだろう?
起きて、着替えなきゃ…
!!!!!!!!!!!!!!!!!
動こうとした時、激痛が俺を襲う。何、ナニ、なに~?こんなの聞いてないよ~って、痛てててててて、ちょっと冗談を言ってる余裕ないぐらいに痛いんですけど…
痛くて、寒くて、でも体が全然思うように言うことを聞かなくて…どうしたら分からなくて俺は、「不安」という感覚を新たに手に入れた。
混濁…混乱…混迷…俺はドウなった?俺はドウしたら良い?…手に入れた「不安」は、瞬く間に広がって行き…後、一押しされれば、泣き出していたかもしれない。
出生直後の赤ちゃんもひょっとしたらこんな感覚なのかな。
そんな馬鹿な想像をする余裕が、やっと頭の片隅に帰ってきた。従姉妹のお姉さんが出産したときに、抱かせてもらった赤ちゃんって、確かに、プルプル震えながら、ただただ必死に「オギャー」って全身で不安を表現してたもんな。
そういう余計なコトを考え始めた俺は、そもそも痛みには鈍感な方であるという長所?もあって…というか、いろいろイジメられ歴を重ねると、痛みという感覚を、他人事のように自分から切り離せるようになる特技が身についちゃっただけなんだけれど…とにかく、痛みを意識の外に追い出すのに成功し、やっと周りを見回す余裕が出てきた。
心臓が止まるかと思った。
いや。きっと一瞬止まったな。何とか顔をベッドサイドに向けた俺の目に飛び込んできたのは、白銀の短剣のような美しさと鋭さを兼ね備えた、美しいお姫様だったのだから。
一瞬で恋に落ちた…
…とは言わない。どちらかというと頭が真っ白になったから。え~と、その、誰?
俺が瞳に宿した疑問符に気づいたのか、わずかに安堵の色を表情に宿して、その(おそらく)お姫様は、黙って病室の外に出て行った。
先ほどまでの「不安」とは、また違った「寂しさ」を感じながら、俺はその背中を見送る。そして、思い出したように襲いかかってきた痛みの不意打ちに、再び意識を失った。
今度は「無」ではなく。なんだか切ない想いを胸に抱いたまま、俺の意識は闇へと沈んでいった。
・・・
そして…
・・・
意識を取り戻した時、俺は姫様の守護者になっていた。
・・・