7 荒れて猛る海を
荒れて猛る海を
馬のような物体が
サザーが立つ浜辺に近づきつつある
馬は静かに移動している 揺れることなくゆっくりと浜に向かってくる
サザーは巨大な身体を砂浜に仁王立ちさせて馬を見ている
異様に長い銛を握るでもなく
銛は砂に突き立ててある
一瞬のうちにその銛を遠くの標的に命中させることなどサザーにとっては造作もないことである
だが
サザーはただ勇猛なだけの男ではない
状況によっては素早く撤退する構えである
巨体に似合わぬ俊敏さで走る
逃げることを嫌う習性が 武の国竜Qの男にはある が
サザーは敵に背中を見せることを恥じたりしない
逃げ延び 生き延びる それがサザーの闘いに対する心構えである
ゆえに いざ逃走を選択せし場合にそなえて 銛は砂に突き立てておくのみ
それにしても訝しい
これほど時化た海を 荒れ狂った波に縦横無尽に蹂躙されるはずの物体が
なぜ
こうも静かに移動できるのか不思議である
まるで
馬は
T舵国の静かな湖
スィーナ湖に浮かんで移動しているようではないか?
そのとき
サザーの妻
ナゥロの 心話が聞こえてきた
『…その通りです…いまこの瞬間に…その…馬に似た物体は…遠く離れた…スィーナ湖にも…実際に浮かんでいます…波の影響を受けないのは…その物体が…スィーナ湖の静かな水面を…水面の物理的法則を…力場として選んでいるから…その馬に似た物体は…二つの場所に同時に存在しています…………』