38話 勝手に王族
国王さんとの謁見は和やかな雰囲気で進み、私達異世界人の来訪をとても喜んでくれていた。
最初、国王さんを見た時は、物凄く怖かった。二メートル程先の高くなった壇上から見下ろされる眼力は迫力が有り、ラガーマンの様な体型で声は大きく発する言葉も威圧的だったから少々怖いと思ってしまった。でも目尻に皺を寄せて大きな口を開けて笑う姿に緊張も解れ、私も少しは笑う事が出来る様になった。その隣には王妃様も同席しており、王妃様も王妃様らしい微笑みでそれを見守ってくれていた。(私の知っている王妃様は結構アバンギャルドな女性です)
国王さんが私達に望むのは、異世界の良いと思う所(はい、ここ大事!)文化や芸術を伝承して欲しいと言う事と、もっと政治・経済についての知識を披露して欲しいと言う事だった。
政治・経済については姉ちゃんとアルが大雑把に解説したらしいが、その反響が大きく未だに宰相や大臣達の話のタネになっているのだとか。
文化や芸術については私が始めたリフォームから始まり、今では舞が先頭に立ってコルセットの廃止運動をしているらしい。
女性が美しく在りたいと思うのは何処でも同じで、美容法から体の動かし方など、綾香が女性の体作りを進めているらしい。
意外な事に、美千瑠は童話作家になったらしく、「魔女のミミ」がシリーズ化されて売れに売れて居るそうだ。挿絵は前回同様綾香と舞が書いている。
私は、何もしていないんだけど、良いのだろうか。
何だか焦るし。
国王さんが脇に控えていた宰相さんに頷き掛けると、宰相さんは私達一人一人にカードの様な物を手渡してくれた。
それは身分証明書で、この世界の人間であると言う証明になる。
これが有れば旅行に行ってもホテルに泊まれるし、公共の施設も利用出来る様になる。
その他にも銀行のキャッシュカードの役割も持ち、これ一枚で様々な役割を果たすと教えて貰った。
「あれ?私の、色が違うよ?」
他の四人のカードは若草色の綺麗なカードなのに、私のは淡い桃色をしている。
「それはアシエル国の身分証明書だ」
これまた脇に控えていたアルが苦々しい顔で教えてくれた。
どうやら私は隣国のアシエル国の住民となったらしい。
前々からクオーレ父とアンジェラ母から娘になって欲しいと言われていて、私も嫌では無かったし本当にそうなれば嬉しいと思って居た。でも姉ちゃんがこっちに来た事から素直に了承出来ず、姉ちゃんと相談の上アルがお城へと持ち帰った。
「クオーレ殿が切に願われているのだよ。当国としても友好関係は盤石に越したことは無いと考えておるしな。そなたの姉もこの件に関しては賛成して貰っておるが、どうだ」
(えーっ、聞いてないよー)
姉ちゃんをちらりと横目で見れば、澄ました顔であっちの方に視線をずらした。
(薄情者め!後で覚えててよねー!)
「はい。ありがとうございます」
別に断る理由も見つからないし、姉ちゃんも同意している事から了承する事に決めたのだった。
場所を移して直ぐに夜会が始まる。
招待された人々はとうに会場入りしており、それぞれグラスを手に談笑していた。
国王さんと王妃さんの入場が知らされ、会場は静まり返る。
国王さんと王妃さんが壇上の指定の席に着いてから、私達五人が入場し壇上の前に一列に並んだ。
宰相さんが私達を一人ずつ紹介し、それに合わせて私達も礼を述べた。
「モエ=カークランド、アルバート=カークランドの婚約者でありイシュダール王国特別執務監査次長」
姉ちゃんはアルの宰相と云う立場より、さらに上の職務に付いてしまった。これは国王さんの立っての希望で、国王付き執務官長のその下にあたる。
姉ちゃんは両手を前で軽く合わせ、そのままの姿勢で45度のお辞儀をした。
「マイ=ハナザワ、後継人はカークランド公爵家、イシュダール王国縫製官」
舞はお針子達のまとめ役となり、サンとイトがそのサポートに回る事になった。
舞はスカートの端を摘まんで軽く膝を曲げ、顔も少し傾ける形で笑顔で挨拶をした。
「アヤカ=ハナザワ、後継人は同じくカークランド公爵家、イシュダール王国女性騎士隊員」
綾香は、やっぱり騎士隊に入隊し、シンシアと一緒に稽古に励んでいる。
綾香は、姉ちゃんと同じく日本式の挨拶をした。
「ミチル=ハナザワ、後継人はアシエル国第二王太子、但しハナザワの名前を取得している為戸籍は此処イシュダール王国とする。アシエル国女性騎士隊員」
美千瑠も一緒に娘にしたかったクオーレ父の陰謀は失敗したらしい。
美千瑠は右手を心臓の上に置き、体を40度程傾ける騎士の礼で挨拶をした。
「ミオ=アシエル=マリア、アシエル国第二王太子クオーレ様の養女、但し王位継承権は放棄しております」
「「「おおっ!」」」会場がどよめいた。
少し前までは侍女としてこのお城で働いていた私が、突然隣国の王族になってしまったのだから無理も無い。私だって、さっき聞いた時は驚いたもの。
皆の視線が痛いけど、前に習った令嬢の挨拶をきちんとする事も忘れない。
私の挨拶が終わると直ぐに正装に身を包んだ騎士隊五名が私達の前に整列した。
会場は見目麗しい騎士隊員の正装姿に溜息の嵐が巻き起こっていた。
姉ちゃんの前にはデュー、舞の前には第一騎士隊隊長ザガリスさん、綾香の前にはアシュレイ、美千瑠の前には第五騎士隊副隊長シューマさん、私の前には懐かしいポール、と騎士隊独身イケメン軍団が勢揃いしていた。
「今宵はゆっくりと楽しむと良い」
国王さんの言葉を合図に楽団の演奏が始まった。
ポールが微笑みながら優美に差し出した片腕に私の手を軽く乗せて私も微笑んだ。(そう言えばポールも伯爵家の人だったもんなー)
「マリア殿、久しぶりです」
「本当!ポールはまた逞しくなったみたいだね」
久しぶりに会ったポールは相変わらず五右衛門に似ているけど、前から比べると肉付きが良くなり男らしさが倍増していた。
踊りながらお互いに近況報告をし、とても楽しいダンスの時間となった。
今イシュダールの騎士隊の改変がされており、十二有った騎士隊が十五に増員され、その内第十三騎士隊は女性騎士隊となる。女性騎士隊の隊長は勿論シンシアで、ポールは増員された第十五騎士隊の隊長の任に付いたばかりだと言っている。
十五の騎士隊を纏めるのは今まで通り総指揮官と副指揮官であるが、彼らのサポート要員として騎士隊専属の事務方「協会執行役」が要員され、アルバートを長として他三名が執務に従事する事になった。
アルは王太子の宰相に復帰しているが、今まで王太子を支えて来た面々のサポートをしているだけだったので、丁度良い暇つぶしになると自ら申し出たらしい。
そろそろダンスも終わると思う頃、ポールは少しだけ寂しそうな顔をして私に謝った。
「ジョイの事は自分にも責任があります。マリア殿には大変申し訳ない事をしたと思っております」
「ポール、誰も悪くないから謝らないでよ」
私からの返答を聞いて幾分安心したのか、ジョイから手紙が届いたと教えてくれた。
自分の身を偽っていた事への詫びと、仲良くしてくれた礼が述べられていたそうだ。
音楽が終わり互いに礼を交わすと、直ぐに沢山の人達に囲まれた。
それは侍女の知り合いや、厨房の人達、お針子の皆さん、このお城で働いて居た頃にお世話になった人達だった。
「王妃様がね、私達にも出席するようにっておっしゃって下さったのよ」
皆が口々に喜び、私に会いたかったと言ってくれた事が何より嬉しかった。
私は此処に居たんだと、此処で仕事をしていた事を誇りに思えた瞬間だった。
私は皆に囲まれながらも中央ホールに目を向けた。
美千瑠はシンシアと一緒に少し壁際に寄って話をしている。
その二人を遠巻きに男性陣が何時ダンスを申し込もうかと窺っている。
それ以外の皆は相手を変えてダンスを踊っており、姉ちゃんはアルと、舞は何故かサンと踊っており、綾香も何故だかデューと踊っている。それ以外の招待された人達も楽しそうに踊っていた。
その中をたった一人の人を目が追ってしまう。
肩幅が広くて大きな手で、すらりと長い足は相変わらず嫌味に近い。
初めて会った頃は肩位までの長さだった髪の毛も、今では肩を越して首元で一つに結ばれている。
見慣れた無精ひげも綺麗に剃られ、形の良いケツ顎が今日は見えている。
綺麗な青い瞳は優しく歪み、一緒に踊っている綾香に注がれている。
私より身長の高い綾香と踊っているのに、その姿はまるで親と子供の様に見えてしまう。
(私とデューが踊ってる姿は・・・大木に止まったセミに近いかも・・・)
皆の話もそれぞれに分かれ始め、私は飲み物を取りに行くと言ってその場を離れた。
綾香は悩んでいた美桜の為に、デュアリスの足止めをしてみたのです。
少しでも、美桜の気持ちが落ち着く様にと思ったのだけど・・・
まさかセミになったとは思いもしませんでした。(笑)




