35話 我慢も限界?
しゃくやくの花を見る度に心が騒ぐ。
その花を持って来てくれるイシュダールのデュアリス総指揮官を見る度に、心臓がどきどきする。
「ミオ殿、今日は幾分顔色がお悪い様だ」
「い、いえ、大丈夫です。遅くまで本を読んでいたから、す、少し寝不足なだけです」
「そうですか、本がお好きでしたな。今はどのような本をお読みですか」
「い、今は、ど、動物図鑑をよ、読んでいます」
(MAX緊張してますー!)
此処は城の南東に有るクオーレ邸専用の庭である。
デュアリス総指揮官は五日に一度の割合で花を持って来てくれる。彼は転移術を自在に使えるので森の妖精さんは必要無いらしい。(彼が猫バスに乗ってるのを想像しただけで笑えるんですけど!)
それは五日に一度、アシエル国の騎士隊の指導方法を学びに来るついでの事なのだけど、必ず花束を持ってやって来るのである。
その花束は庭園師のダナさんが作ってくれているそうで、その時その時の旬の花が詰め込まれた美しい花束である。
そしてその花束の中には必ずと言って良い程しゃくやくの花が入っている。
私の好きな花では有るけど、あの庭園にしゃくやくが有ったのは記憶に無いし、そもそも私は好きだと教えた事すら記憶に無いのだ。
しゃくやくの花を見る度に不安になる。
何かを忘れている気がするから。
何を?
「ミオ殿?」
「・・・・・」
「ミオ殿、如何なされた」
「・・・えっ?」
ぼんやりとした何かが見えそうだと思った時、肩を揺すられハッと我に返ると目の前には心配そうなデュアリス総指揮官の顔があった。
(ぎゃあー!何だその憂いを帯びた瞳はっ!反則じゃんかー!)
慌てて後ずさろうとしたら足元に伸びていた木の枝に引っかかり、そのままバランスを崩して倒れそうになった。
「危ないですよ」
そう言って私の腕を捕まえそのまま引っ張り上げると、腰に腕が回され体が密着する。
「きゃっ」
(きゃっだと?何と可愛い悲鳴が出たんだろう、でら恥ずかしい)
見惚れるほど鮮やかな青い瞳に見つめられ、その瞳から視線を外す事が出来ない。きっと、多分、私の顔は真っ赤だと思う。
「ミオ・・・」
何だろう、懐かしく感じるこの感覚。そしてムスクに似たこの香。
腰に回された腕に力が加わった気がした時、ぼうっとしていた私の唇に柔らかな物が重なった。
「・・・でね、美桜・・・美桜!?」
「へっ?・・・あぁ、ごめん、何だっけ」
珍しい事に姉ちゃんが突然遊びに来た。
「店を手伝って欲しいのよ」
「店?」
キャンベル家を貰ったから、そこで店を開くと言うのである。
先の私の誘拐事件を切っ掛けに露見したキャンベル家の不始末で、キャンベル男爵は失脚している。キャンベル夫妻は離婚し、夫は実家であるハンプシャー家に戻り、夫人は母方の実家へと身を寄せている。
残ったのはキャンベル家に住み込みで働く下女や執事や様々な職人達で、18人全員そのままそっくり残って居た。余り若い者はおらず長年奉公していた者達ばかりなので、新しい職場を探すにもなかなか大変そうだった。
出来ればそのまま誰かが移り住んでくれれば簡単な事である。
さて、カークランド家は急に家族が増えた為、奉公人達が休む暇も無く働いていた。増員もされていたが、なにぶん素人同然なので中々思うように働けていないのも事実だった。
そんな時にアルが王太子からキャンベル邸の話を聞いて、即刻貰い受けて来たのである。
タダではあるが、掛かる経費はこちら持ちである。(当然だよね~)
でもアルも王太子の宰相に復帰したし、何より公爵になった事で収入も桁違いに増えているらしいから問題は無い様だ。
カークランド公爵家別邸となった元キャンベル男爵邸は城下の東端に位置し、広大な庭とそれに隣接する森を所有している。建物は青い尖がり屋根が特徴的な可愛らしいお城で、良く刺繍や絵画等のモチーフになる事が多いのだとか。
「美桜と美千瑠と綾香と舞の四人に住んで貰う事になったわ。多分、綾香が仕切ると思うけど、何か意見有る?」
「無い無いっ!物凄く嬉しいんだけどっ!」
皆と一緒に住めるなんて、こんなに嬉しい事は無い。
カークランドの家の人達は皆優しくて親切だけど、公爵と言う事で来客は多く、一日中正装に近い恰好をし、絶えず微笑んでいなければいけないのである。これは結構大変で、綾香と舞は早々に出掛け、夕食時まで戻って来ないのが通例だ。
私もおば様からお茶会に呼ばれる事があるけど、夕方以降にしか行かない事に決めている。
「でも何の店をするの?」
「かふぇに決まってるじゃない」
「へっ?」
どういう事ですかー?
市井や一般市民の住む街中には食堂やお茶屋が有る。
しかし貴族階級の人達が其処へ足を踏み入れる事は無く、特に未婚の令嬢となれば一人で出歩く事もままならないのが実情である。既婚者であっても女性が一人で出歩く事は殆ど無く、必ず侍女や護衛が付くのが一般的である。
だから貴族の家では頻繁にお茶会が開かれる。
しかし、それも招待制が殆どで、着飾って向かうのが常識なので結構気を使うらしいのだ。
「自分で飲み物や食べ物を選ぶっていう習慣が無いのよ。出された物をありがたく頂くのは当たり前だけど、ちょっと楽しみが無さ過ぎなのよね」
「それ分かるっ!」
階級が高くなれば高くなるほど自由が無い。
例えばお城での食事だと、王族の方々は王族専用の厨房があり、そこで高級食材を使った高級な料理が作られる。それをマナーを気にしつつ上品に食べなければいけないのが当たり前だ。
しかし、お城で侍女をしていた頃の食事は全てがバイキング形式だった。
食べ物を選ぶのはめちゃくちゃ楽しかったし、知り合いと一緒におしゃべりをしながらの食事は本当に楽しかった。
今は一応王族の一味なので、出された食事を食べる側に回っているから良く分かる。
父や母が居ない時の食事はユイナと一緒に食堂で食べる事にしているから、結構気晴らしになっているのだと思う。(こっちのお城の食堂もバイキングなのだ!)
ターゲットは貴族階級のご令嬢を含むご婦人方。
提供するのは美しい庭園とお茶とお菓子。
う~ん 楽しみだね~
「それに、いくら公爵家だと言っても自由になるお金は欲しいからね」
「そうだよね。私も好い加減働きたいもん!ってあれ?でも姉ちゃん絵本の収入有るんじゃないの?」
「あれは皆の物よ。そうね、結婚費用にするのも好いし、事業を起こしたい時の資金にしても好いし、私達の資産って事で了解を得ているから今の所は貯蓄ね」
流石は姉ちゃんだ。
私達が例えばカークランド家から追い出されたり、カークランド家が諸事情で無くなったとしても路頭に迷わない様に考えているのだ。所詮は異世界人、頼る物が無い時のお金は大切である。
「日本人の性よね。働かざる者食うべからずってさ」
「やっぱりDNAか!あはははは」
姉ちゃんと二人、久しぶりに大笑いをした。
「やっと笑ったわね」
「えっ?」
「何があったのかしら?さっきまで頬をピンク色に染めてぼーっとしてる姿は美人だったけど?」
「ええっ!」
幾ら同じDNAを持っていても、言える事と言えない事があるんですっ!
姉ちゃんの探るような瞳に、彼の鮮やかなブルーの瞳が重なり、静かだった心臓が早鐘を打ちだした。
慌てて目の前に置かれた空のグラスに水を注ぎいれ一気に飲み干したが、心臓の高鳴りは収まらずそれと連動して染まり始めた頬が熱かった。
デュー!?口づけする前に言葉で気持ちを表そうよー!
まったくもって勉強して無いんだからー!
えっ?我慢も限界だって?もうーしょうがないんだからー(苦笑)
そろそろ、終盤です。




