3話 ドッキリでお願い
「ん・・・」
顔に優しく暖かい日の光が当たる。
肌触りの良い布団の中から腕を伸ばすと、もふもふとしたやわらかいクッションに手が触れる。
(?)
両腕を最大限に伸ばして弄って見るが、ベッドの端にさっぱり届かない。
(おかしい・・・私のベッドは壁にくっつけて置いて在るから左腕を伸ばすと壁にぶち当たる筈だ。ましてやシングルサイズだし、こんなにふかふかして無いし!?)
そーっと目を開けて事実を確認しようと思ったのだけど、これが夢ならもう少し満喫したいと思い直してぎゅっと目を瞑る。
(いい夢だなぁ~気持ち良いなぁ~・・・あれ?目、覚めてるじゃん。もしかして誰かにお持ち帰りされたっけ?嫌々それは無いし・・・)
「あーーーっ!」
思い出した事実に愕然として飛び起き、パジャマを捲って自分の右脇腹を確認するも、何も無い。
(あれ?痛かったんだけど・・・)
触っても叩いても抓っても其処の部分に痛みは無く、反って抓った所為で赤くなっている。
「あの・・・」
(あれが夢だったのかな・・・嫌、これが夢なのかな・・・)
声を掛けられた事にも気が付かず、ベッド脇に佇む綺麗なお人形を見つめながら考え込んだ。
「あのっ!マリア様、何が有ったのですか?」
「へっ?」
人形だと思って居た綺麗な少女が突然動き出した。
バレンタインの特別企画デーで、チョコを配ってあちこち歩いた。
二回目の配布後、店に戻って休憩を取った後に店内に出た。店内は満席で、二階のテラスも解放していた。そんな日に限って出入り禁止のお客が紛れ込む。
(オーナーに連絡しなきゃいけないな)と考えた時にその客と目が合った。
折り悪く、丁度二階のテラスから裏の庭に続く階段を下りようとした所で、気が付いた時には直ぐ隣にその客が微笑んで立って居た。
「・・・ったよ」
何かを言っていたが、脇腹に鈍い痛みを感じ、階段に踏み出していた片足から急に力が抜けると、階段を転がる様に落ちて行った・・・筈だけど。
落ちた記憶が無い。
階段の木目が目の前に迫っていたのは覚えて居るが、痛みを覚悟した瞬間には目の前が真っ白になり、何やら甘い香りの風に包まれて居た様な気がする。
「それは、お兄様の術の所為ですわ」
目の前の綺麗な動くお人形が差し出した一枚の写真には、毎日顔を会わせている男女の姿が映っていた。
「お兄様あー!?」orz
ああ、何だか迷惑な事に巻き込まれた気がするのはどうしてだろう。
写真に写っているのは背の高い残念なイケメン外人(性格難アリ)アルバートと、その隣で笑っているのは私の姉の花沢萌であった。
「お兄様をご存じですか?」
嫌、知ってるも何も姉ちゃんの恋人だし、同じ屋根の下で暮らしてる上に、その二人が経営しているメイド喫茶で働かされてるのだが・・・はて、メイド喫茶と言って分かるのだろうか。
「こっち、私の姉です」
アルの肩くらいまでの身長だけど私よりは大きい158センチ。(私は153センチだ)
背中まで伸びたロングヘアーに、私に似た猫の様な吊り目と大きな口が印象的だ。
取り敢えず、間違い用の無い事実を確定しておく。
と、目の前の綺麗な動く人形の大きな目が更に大きくなり、突然部屋の隅に有るドアに駆け寄り其処に居た誰か?に何やら支持を出し始めたのだった。
目の前に居た綺麗な動く人形はミリアムと名乗り、ベッドの上に次々と持ち込まれる食事の世話をしながら、私が意識を取り戻すまでの話と、兄だと言うアルバートの話しを教えてくれた。
私が脇腹を刺されて気を失い掛けた直後に、どうやらアルバートの『転移術』とやらでミリアムさんの足元に転がったらしい。
ミリアムさんは『治癒の力』を持っているそうなので、その力で私の傷を治したが、結構深い傷だった為に熱が続き、そのまま今に至るそうだ。私が意識を失っている間は、待女さん(?)が体を拭いたり、着替えさせたりくれたらしい。
言われてみれば見た事も無いパジャマを着用し、見た事も無いパンティーを着用している自分が居る。(ああ、乙女の純情が・・・)
少々放心していたら、ミリアムさんの綺麗な手が私の額を押さえ、「まだ少し熱が残っておりますね」と言って離れて行った。
「っく・・・げほっ、げほっ・・・」
「マリア様、無理なさらずに、ゆっくりと召し上がり下さい」
「・・・ほぁい」
顔を赤くして咳き込む自分はやはり何処かおかしい。
ミリアムさんが前屈みになって近づいた時、目の前には盛り上がった双丘の谷間。
今時珍しい中世ヨーロッパかと思う様な衣装はピンク色でウエストがぎゅっと締まっている。襟ぐりが大きく開いている為、そこから溢れ出んばかりの大きな膨らみに思わず涎が出そうになり、すすった所、口の中に詰め込まれたパンにむせたのである。
右手をグーにしてどんどんと自分の胸を叩き、グラスに注がれた黄色いフレッシュジュースを飲んで気分を落ち着かせてから聞いてみた。
「じゃあ、アルが迎えに来てくれるのかな?」
「・・・それは、分からないのです」
「ん?どうひて?」
キウイ色した苺に似た果物を口に入れながら首を傾げてみると、ミリアムさんは困った顔をしながらも、口を開いて何か言おうとした。しかし、耳に聞こえて来たのはミリアムさんの声とは到底思えない低い声だった。
「異界へ転移する事は非常に魔力を使う。魔力を回復するまで時間が掛るのだ」
突然何処から湧いてきたのか、美しい男性がベッドの側に立って居た。
吃驚し過ぎて口の中に咀嚼中の食物が粉砕状態で垣間見えたのは許して欲しい。
ベッド脇の椅子に腰を下ろし、長―い足を優雅に組んで座る先程の男性は王太子のグラディスさん。
濃い琥珀色の髪の毛は肩より少し長く、全体にウエーブが強めでくるんくるんしている。瞳の色は深い森を思わせる緑色で光の加減で時々金色に見えるのは気のせいだろうか?
随分昔のマンガに出てくる瞳の中にお星さまを飼っている王子様が重なって見えるのは、母の秘蔵書を勝手に読んでいた所為だろうか。(嗚呼!オスカル様!)
のっぺりとした標準的な顔を見慣れた一般的な自分には美形にしか見えないが、その笑顔を向ければ全てが許されると思って居る態度は、身近に居た人物を彷彿とさせる為何処か胡散臭さが満載である。(アルに似ていると感じるのは何故だろう)
しかし、さっきから突っ込み所が満載で、何処から突っ込んで良いのか悩むのである。
アルの策略なのか、ドッキリなのかは判別出来ないが、『転移術』だの『治癒の力』だのと胡散臭い事を言った挙句に『異界』まで出されると、余りの王道っぷりに嬉しくなるのも事実なのである。
今現在の自分の環境下はネットゲームし放題、オトゲーもし放題、アニメだってほぼ網羅している二次元大歓迎な乙な少女なのである。
何処で踏み外した。自分の人生設計。
もしかして、あの傷が相当深くて、命に係わっていて、意識不明で重体?
とか
昏睡状態で見る夢は幸せだと聞いた事がある。
考える事を放棄したのか、
本当にまだ熱が残っていたのか、
満腹中枢が限界に達したのか、
今更の事で定かでは無いが、
私は、
目を剥いたまま気を失うと言う暴挙に出た(らしい)。
聞きたい事は沢山あるけど、好奇心も旺盛だから、話が進まないのです。
花沢萌の人物描写を補足しました。