28話 ミオとマリア
「ミオ様-!ミオ様-・・・こらぁ!ミオ-!出て来いやぁ」
(まったく、ユイナはマジで口が悪い)
ユイナは私の侍女になった訳だけど、かなりのスパルタ侍女である。
見た目は私とそう変りない貧相な体だけど、腕力や体力は人外である。
真っ白い髪の毛を高い位置でお団子にして結んおり、その中からは色々な物が飛び出す。
侍女の制服はイシュダールとそう変わらないが、ユイナの制服だけは何処か違う気がするし、その制服の中からも色々な物が飛び出す仕組みになっている。
それでもやっぱり動きづらそうだったので、またまた制服の改良を試みた。
こっちの制服はユイナの瞳と同じスミレ色だったので、裾や胸元にフリルをあしらい可愛らしくしてみた。
機能的には前回同様な仕様だけど、スミレ色だと言うだけで何だか可愛くしたくなった。
これにはユイナが随分と喜んでくれたが、縫い目の粗さにブチ切れられて説教を受けてしまった。(本当にユイナは短気だしねえ)
翌日には綺麗に縫い直された制服を着ていたが、やっぱり何処か何かが違っている。
「ミオ、母が呼んでる」
(げっ、また?)
「また、だ。諦めろ」
(はあーっ。しゃーないか、行くか)
ユイナに手を掴まれて、母ことアンジェラさんの元へ向かうのだった。
こっちに来て体調が良くなる頃には毎日着せ替え人形状態だった。
母も父も喜んでいるので、その機嫌を損ないたくない思いも強く、されるがままの状態だった。
このお二人、揃って百歳を過ぎていると言うから驚きである。
しかし子供には恵まれず、親族から養子を迎えてはどうかと言う話も有ったと言うけど、子供が居なくとも二人で仲良く過ごしていれば良いと言って、断ったと聞いている。
その二人が、私を養女にしたいと言ってくれているのである。
クオーレさんは自分をイサ(お父さん)、アンジェラさんは自分をマーリャ(お母さん)と呼んで欲しいと言ってくるのだけど、まだ会って数日しか経って居ないのだから不安である。
それはクオーレさんだってアンジェラさんだって同じで、何処の誰かも分からない私に対して不安感や不信感は無いのだろうか。私の方が戸惑う位優しくて親切だから文句なんて何一つも無いけど、彼らは王族なのだからもう少し慎重になった方が良いと思う。(私が言うのも何だけど)
その事を父に言ったら笑っていた。
「あれは先読みなのだよ。私はあれを守る盾として生きている」
母はその字の通り先の事を読み取る能力を持っているのだとか。それで私の事を先読みしており、その確認も兼て先日イシュダールへ来ていたと教えてくれた。
「黒く輝く宝石」とは私の事であり、一目見て確信したと言っていた。
だからなのか、めちゃくちゃ甘やかされている気がするのだ。
不味い事に、それが結構嬉しいのだから、自分でも困っている。
しゃべれない私の心を読み取るかのように、私のしたいように毎日が過ぎて行くのは本当に幸せだと思う。もう殆ど忘れかけているけど、肩肘張らずにのんびり過ごす家族の夏休みってこんな感じじゃ無かっただろうか。
イシュダールのお城に居た時には感じなかった居心地の良さが此処にはある。
(あっちに居た時は生きて行くのに精一杯だったから仕方ないよね)
ユイナと向かった母の私室は布で溢れ返っていた。
(何事?)
「ミオ、試作品が出来たのよ」
(げっ!早っ!)
「私のお針子は仕事が速いのですよ、うふふふ」
母の隣で手ぐすね引いて待っているお針子さん達も目が輝いて居る。
(しょうがない、もうひと頑張りするか)
自分が着心地良くて、見た目も可愛い洋服の為に、こっちの国でもブラジャーを初め、コルセット無しのドレスに挑むのだった。
(だってえー、この国のコルセットはあっちの国のコルセットより固くて窮屈なんだもん!)
アシエルのお城生活も十日を過ぎる頃、普段なら執務中の時間の父が私を呼びにやって来た。
「ミオに会ってもらいたい人物が居る」
(私の知ってる人?)
「多分知っておる」
(誰だろう)
そう思いながら父に連れられて来たのは、地下に有る薄暗い部屋だった。
「マリア様!」
(ジョイじゃないか!?)
驚いた事にジョイが居るのは正確には部屋では無く鉄格子の嵌った牢である。
その鉄格子に近寄り(直ぐに出してあげる)と鍵の掛った扉をがちゃがちゃと音を立てて揺さぶった。
父はそんな私をやんわりと宥め、嫌がる私を抱き上げてその場を後にした。
「あの者がサリヴァンの送った間者だ」
(えっ! そんな、嘘だ!
きっと、きっと、ジョイは私を心配して迎えに来てくれたんだ!きっとそうだ!)
「ミオ、あの者は罪人では無いが、逃亡する事が考えられたので牢に入れたにすぎない」
(嗚呼、もう何をのんびりしていたんだ、自分は!)
ジョイはサリヴァンに送られた間者で、元々はこちらの国の騎士であった。
諜報員として二十日に一度の割合で、イシュダールの騎士隊やクラーク家の内情を探って報告していたと言う。
「あの者に罪は無い。サリヴァンからの命令でしていた事であるし、この度の一件の事も知らなかったそうだ」
(イシュダールに帰らなきゃ)
「分かっている。もう少しだけ待ってくれ」
(どうして?)
「贖罪の文を送ったのだが、返事が届かぬ」
(贖罪?・・・そっか、私は拉致られたんだったもんね)
「それで、少し聞きたいのだが、マリアとは誰の事だ」
(自分を指差して、コクリと頷いた)
それの後は少しだけ(?)騒ぎになった。
今度は間違いの無いようにと、カークランド家にアシエル国の従者を直接向かわせ、返しの文を貰って帰ると言う面倒な事になってしまった。
前に送った文の返事が来ないのは、名前を違えて書いたからでは無いかと言う事である。
実は、数日前に文は届いていたが、その文は他の文や書簡と一緒に放置されており、誰も気が付かなかったと言う事だった。
クオーレはこの時良い判断をしたと後に思う。
公爵家へ贖罪をすれば済むと思っていたこの一件だったが、ミオの背景は思っていた以上に複雑になっていた。
クオーレが従者を送った日、イシュダールの騎士隊がアシエルへ出兵する事が決まったのである。従者が文を持参して公爵家へ到着した時は、総指揮官のデュアリスがその報告に公爵家へ来ており、少しでも従者の到着が遅れていたら大事になっていたと予想される。
「スマホとか言う物は城に有り、公爵家には無かったようだ。詳しい事は聞いてないが、兎に角お主の帰りを皆で待っていると言う事だ」
(お、スマホは見つかったんだ。良かったー)
「では、明後日に行く事で良いか」
(うん。いーよー)
「それまでは、あれの側に居てやっておくれ」
(うん。分かった)
ユイナと一緒に母の部屋へ行くと、少しだけ寂しそうに微笑む母が待っていた。
出発当日、お城の中庭には真っ黒い「猫バス」が止まっていた。
あの有名なアニメに出てくる大きなバス型の猫である。
(トトロの友達がいるー!でも色が違うー!)
騒ぐ私を五月蠅そうに見ていたが、耳の後ろや喉元をわしわしと撫でてやったら気持ちよさそうに鼻を鳴らし始め、終いには大きな舌でべろんと舐めてくれた。
この「猫バス」は妖精で、古くからお城に住んでいたと言う。
『転移術』の使えない者の為に、時折こうやって移動手段として利用されているのだとか。
(こんなデカイ妖精って笑えるー!でも可愛いから許すー!)
父とユイナと私の三人での『猫バス』は最高に楽しかった。
母は特異な力の所為で体が弱く、外出するのは大変なので留守番となった。
必ず戻ると約束しての出発に、母は嬉しそうに笑って送り出してくれた。
その時、一冊の絵本を持たせてくれたのだが、何と「魔女のミミ」の絵本だった。
「猫バス」は物凄いスピードで走り、その行く手の木々は道を開ける様にくの字になったり、慌てて飛び去ったりとアニメで見た通りの風景に心が躍った。
しかし乗り心地は最高で、幾らスピードが上がっても乗車スペースは揺れる事も無く快適だった。
途中二回の休憩を取ったけれど、馬車なら三日の道程を、僅か半日で進んでしまったのだった。
(凄いぞ!猫バス!)
到着したのは懐かしいカークランド家の庭先だった。
庭先には沢山の人が集まっており、ミリーやサンに騎士隊の人達、何故か庭園師のダナさん料理長のレッカーさんも居て、そしてその隣には王妃様の顔まで見えた。
そして、
(な、何?何事? えっ・・嘘っ!あれは・・・)
靴を履く事も忘れて猫バスから飛び降り、裸足のまま駆け出した。
だって、其処には会いたくて何度も思い浮かべた人が、笑顔で待っていてくれたのだった。
「美桜!」
思いっきり走り出して抱き付いた。
この日をどれだけ待ち望んだ事か知れない。
(お姉ちゃん!)
実に八か月振りの再開だった。
やっと姉ちゃん登場します。
多分姉ちゃん最強です。




