27話 クオーレ兄弟
お湯に浸かり過ぎて湯あたりをした私を迎えに来てくれたのは、やっぱりクオーレさんだった。
ユイナさん曰く、「遊び過ぎです」
はい、御最もです。
だって、ライオンの口から出るお湯の下に立つと打たせ湯みたいで気持ち良いし、ライオンの頭に乗って飛び込めるし、湯船はとーっても広くて自分一人だから存分に泳ぐことも出来たのだ。
お姫様抱っこをしているクオーレさんは、声を殺して笑っている雰囲気が伝わってくる。
なんか、クオーレさんってこんな人だったかなーと少々不思議に思った。
抱き抱えられたまま辿りついた部屋には、アンティークショップに置いて在る陶磁器人形が原寸大で置かれていた。
マイセンとかと言う高級そうな部類で、全体がつやつやと光っており、金色の髪の毛は綺麗に巻かれ、ウエストが絞られたドレスは綺麗な緑色でフリルがふんだんにあしらわれている。その人形がにっこりと笑って口を動かした。
「お加減は如何ですか」
(ぎゃー!しゃべったー!)
咄嗟にクオーレさんに抱き着いたけど、そのお人形さんもどきからは目が離せなかった。
「紹介しよう。私の妻のアンジェラだ」
(つ、妻ぁ―!?)
「うふ 本当に可愛らしいわ うふふ」
「そうであろう」
「ええ、寝顔も愛らしいと思いましたが、その大きな黒い瞳は開いている時こそ美しいですわ」
「そなたに会わせたいと思って居たが、こんなに早くに願いが叶うとはな」
何処にもバカップルは居るんだな、と、アンジェラさんの膝の上で冷たいミントティーを飲みながらそう思った。
暫く続いた二人の会話を子守唄に、うとうととアンジェラさんの膝枕で眠ってしまった。
多分一時間位で起きたと思ったけど、二人はまだ話を続けている。
それでも私が起きるのを待っていたかのように、直ぐに話がこっちに振られた。
「先ずは、ミオ、そなたの事を少し聞くぞ」
(はい、って、あれ?名前言ったっけ?)
声が出ないので筆談になった。(私だけ)
お城で文字の練習をしていたから、簡単な文字や言葉なら書くことが出来るのだ。
聞かれた事は私が何処の国の者か、家族構成や年齢、お城での仕事とか、私の身辺調査みたいな事だった。
異世界をどう説明するかが問題で、ミリーの時みたく予備知識が有る人だと簡単なのだけど、まるで知らない人に説明するのは大変だった。紙を数枚無駄にしながらも精一杯説明したが、多分半分も納得して無いだろうと思う。
「異界とは良く分からないが、ミオが居た世界には魔力や魔法は無いと言う事だな」
(はい、そうです)と頷く。
「初め、そなたは魔力を消す事が出来るのかと考えていたが、ここ数日を見ていて魔力の欠片も見つけられなくて驚いたのだ」
(はい、皆無です)
「では聞くが、前に会った時は言葉を理解し、魔法を使っていたのは如何いう事だ」
(魔法?使う?)
「夜の庭園で転移術を使っていた」
(見てたんかい!)
此処からがまた大変で、現物の「スマホ」が無いから今度は沢山の紙を使って説明をする事になった。
「原石を使った物か」
(そうです)
「で、今はそのスマホとやらが無いのだな」
(分かってくれた?)
「・・・やはり一度アチラヘ返さぬとならんか」
(アチラって?ドチラ?)
「此処は、アシエル国だ」
(はあ?アシエル国ぅ?)
アシエル国はイシュダール王国の隣国だ。
隣国と言っても、険しい山々が連なる山脈を隔てた場所に有り、馬で三日は掛ると聞いた。
アシエルはイシュダールよりも北に位置する大陸で、雪が降る事は無いそうだがそれでも冬に近い季節が存在し、イシュダールより四季がはっきりと区別されているらしい。
そして何よりこの国には温泉があちらこちらに湧きだし、それを王族から庶民までが自由に楽しめると聞いていた。
(じゃあ、さっきのも温泉!)また入ろうとほくそ笑む。
「お前は、此方の魔術師の術によって転移させらて来たのだ」
(そう来たか)
数日間の夢うつつの状態は前にも経験している。今回は喉の痛みも重なったから余計辛かったけど、始めて飛ばされた時を思い出すあの不快感が同じだった。
「そもそもお前は何も関係が無い」
そう言って眉間に縦皺を作ったクオーレさんは、私の遥か後方を見据えて話始めた。
クオーレさんは五人兄弟の二番目。
一番上が現国王、クオーレさんと三番目がこの国の官僚で、四番目が唯一の女性で少し離れたカナン国の王太子に嫁いでいる。
で、五番目があのゴリラ王子のサリヴァンと言う人なのだそうだ。
上四人は皆似ており、気性も穏やかで柔軟な考えを持っているのに対し、サリヴァンだけは見た目も厳つく性格も激しい。
褐色を帯びた肌に大ぶりな筋肉が付いた体は190cmを超え肩幅も広い。
短髪が伸びた褐色の髪の毛と顎を覆う髭、彫りが深く極端に迫り出した眉毛とその下に置かれた同色の瞳がゴリラを想像させるのだ。
見た目同様腕っぷしは強く、騎士隊に入隊して副隊長になっている。
そろそろ隊長に昇進かと思う頃、市井で庶民相手に喧嘩をし、相手に怪我をさせた事でその件は見送られ、他の男爵家の子息が隊長に昇進している。
その喧嘩の原因がシンシアであり、彼女に声を掛けたのが悪いだの手を触ったのがいけないだのと、難癖を付けての喧嘩だった。
シンシアはイシュダールの国の命を背負って女性騎士隊に入隊しており、その職務に対する姿勢は真面目だ。誰に対しても平等で、それは第五王太子サリヴァンに対してもそうであった。
サリヴァンは隊員からも疎んじられ、女性からは見た目と性格の粗さから避けられる事が多い。
シンシアはそんな事は仕事に関係無い事だと言って、平気に呼び止め平気に話をする。
それを自分の都合の良い様に取ったのがサリヴァンだった。
公然と自分の伴侶にすると言い放ち、公私を別せずシンシアを自分の側に置こうとした。
それに反対したのが女性騎士隊隊長と王妃だった。
この二人のお蔭でシンシアは留学を満了終える事が出来、早々に自国へ帰る事が出来たと言う。
シンシアからは自分には婚約者が居ると再三言われていたサリヴァンも、その時は辺境の地で討伐に当たっていた為動く事が出来なかった。
シンシアが自国に帰ると直ぐに婚約者との婚姻の話が聞こえてきた。
それに怒りを覚え、強硬手段に出たのが今回の一件なのだそうだ。
「イシュダールの収穫祭や仮装などの下調べもせずに、強引に奪い取ろう等、馬鹿な事をする」
ましてやシンシアを見た事の無い人間で事に及んだと言うのだから、相当の馬鹿だろう。
「間者が居たのだが、上手く連絡が付かなかったらしい」
(あの収穫祭の騒ぎの時だと、それはちょっと無理が有ったかもね)
人違いだと直ぐに分かったが、その間違えて連れて来られたのが、黒髪黒目で今話題の魔女様だったから話が面倒になった。
それでは魔女を伴侶にと言う話も出たが、その魔女が魔力ゼロの貧弱な小娘だと分かり、また此処で頭に血が上ったサリヴァン王子は私を切り捨てようとしたらしい。
あの喉に焼印を付けられて気絶した時に、キラリと見えたのは剣だったんだと知って初めて怖くなった。
(しっかし、本当に馬鹿だねえ)
間者が度々報告を寄こす内容には、魔力が無いと見えるが度々魔法を使用していると言う報告だったそうだ。その内容から、魔女は自分の魔力を見えなくする術も持っているのでは無いかと考えられていた。
しかし、実際魔術師達が見分した所、魔力の欠片も見受けられないと言う報告だった。
「サリヴァンの所が騒がしいと苦情が来てな、様子を見に行ったのだ」
剣を振りかざす所に出くわし、咄嗟に魔法で吹っ飛ばしたそうだ。
今、サリヴァン王子は自室で軟禁状態にある。
軟禁で済んでいるのは、吹っ飛ばされた反動であちらこちらを骨折したからだとか。
こっちでは「治癒の力」が無いのかと思ったけど、有るけど使わない事にしたそうである。
(けっけっけ、ざまーみろー!)
私の喉(首)の痕も直そうと治術を施したけど、何かの魔法が邪魔をして効かないと言う。
(魔法を掛けられた事は無いんだけどな)
と、不思議に思った。
何だか、面倒臭い人物を登場させてしまった気がするのは私だけかな。
出来るだけ、面倒は回避の方向で。




