24話 再度、不携帯
「一体、どういう事なんだ」
カークランド家のミオの寝室のベッドに腰掛け、そう呟いたのはデュアリスである。
「家出、だろうな」
その部屋の窓に寄り掛かり、一枚の紙を手に返答したのはアシュレイである。
しんあいの みんなへ
今までお世話になったです。
突然このくにに落ちて、右往左往する私を助けてくれて
心臓の中から感謝してるます。
今まで全員に甘えていたが心臓痛く、それに対して仕返しもしていない事が
悔しいでます。
これからは、自分の下半身で立ちます思いで家出を心臓に決めました。
何も言わないで出る事を許して下さいです。
ハナザワミオ
追伸、カークランド公爵家の後ろ盾は、許して下さいと此処に書きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<正式な文面>
親愛なる 皆様へ
今までお世話になりました。
突然この世界に来て、右も左も分からない私を助けて下さった事に
心から感謝しております。
今まで皆様方に甘えていた事が心苦しく、それに相応する恩返しも出来ずに居る事が悔やまれます。
これからは、自分の足でこの地に立ちたいと思い家を出る事を決心致しました。
何も言わずにこの地を離れる事をお許しください。
花沢 美桜
追伸、カークランド家後見人の件に付きましては、ご辞退申し上げる事を此処に記します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
デュアリスは先程聞いたシンシアの話を思い出す。
ワイルダー家の夜会の翌日、収穫祭を見に行く約束をしていたシンシアは、約束通りマリアを迎えに来て夜の町へと繰り出した。
シンシアは黒いワンピースに黒い髪の毛のウイッグを付けて魔女の格好をし、マリアは乗馬用のぴったりとしたズボンにワイシャツを着て亜麻色の髪の毛のウイッグを被っていた。
のんびりと歩きながら、所狭しと並んだ露店を眺め、途中串に刺さった肉を買って、それを食べながら歩く。露店の店主と値引き交渉をしたり、骸骨の仮面を被った男性(?)に声を掛けられて逃げ出したりしながらも、気がついたら中央の広場まで来ていた。
広場では木組みの塔に火を放ち、その周りを囲んで沢山の人が踊り楽しんでいた。
座れる場所を見つけた二人だったが、シンシアはマリアを其処に残して飲み物を買いに露店に向かった。
搾り立てのジュースを二つ、両方の手に持ちながら広場へ戻ったがマリアの姿は見えず、別の場所に移ったのかと思い広場を探すが、マリアは何処にも居なかった。
もしかして何か有ったかと思い、近くの騎士や人だかりの人へ声を掛けたが誰も知らないと言う。
それでは家に帰ったかと思い、カークランド家へ向かったがマリアはまだ帰って来て居なかった。
そのままマリアの帰りを待ったが翌朝になってもマリアの行方は知れなかった。
事態の重さに当主はマリアの私室を調べる事にした。
普段マリアの身辺の世話をしていた侍女も一緒に立ち会ったが、何も変わった様子は無く、只テーブルの上に乗っていたボロボロの布を見て不思議な顔をしていたと言う。
当主はクローゼットの中やチェストの中を調べ、次に窓辺に置かれた机を調べた。
すると机の引き出しからは、小さな巾着袋に入った数枚の銀貨と手紙が入っていた。
「何も持たずに出て行ったのか」
アシュレイから手紙を受け取り、その文面に目を落とす。
何度も見た文面には、懐かしいミオの筆跡がミミズが這い回った様に残っている。
(辞書を片手に一生懸命練習していたな)
「しかし、路銀は必要だろう」
そう言うアシュレイは眉間に皺を寄せて何か考えているようだ。
「アイツの考えて居る事は分からん」
机の上に残された「スマホ」を入れていたボロボロの布地を手に鼻先へ持って行くと、それはミオの香りが強く残っていた。
カークランド家の夜会以来、ミオと連絡が取れていない。
申し入れをしてもタイミングが悪く、出掛けて居たり来客が有る等執事の申し訳なさそうな顔ばかりを見ていた。
転移術を使えば良いかとも思ったが、私邸に勝手に入り込む訳にも行かずあの日が来た。
アシュレイに頼んでミオを呼び出して貰ったが、侵入者騒ぎでシンシアを匿っている間に帰ってしまっていた。
ミオの休みが明け、城に戻ってからでも話をしようと呑気な事を考えていた自分に呆れる。ミオは城の仕事も辞めており、勉学の為に王国を離れると聞いたのは翌日だった。
どうやら、カークランドが俺とミオを会せないように画策していたと気が付いたのもその時だった。
あれから十日経つが何も分からない。
カークランド家は初めこそこの様に皆に迷惑を掛けて申し訳ない、異界の者は恩を知らないと言って訝っていたが、最近では自分達があれに無理難題を押し付けていたのでは無いかと気を落とし始めていた。
城の中は何時もと同じように静かに時が進んでいたが、ミリーの執務室やサンやイトの部屋には毎日誰かが顔を覗かせて、言葉少なに帰って行く者達が後を絶たない。
ルルはマリアの替わりに入った侍女と二人で仕事をしているが、ふと何かを思い出しては手を休める事が多々あった。
王妃、姉上からはお前の所為だと言わんばかりに睨みつけられる毎日だ。
それは多分騎士隊の隊員達も同じように思うのか、俺の顔を見ては目を背ける者が多い。
シンシアは、自分が望んだ事で傷付く者が居た事、それがミオだったと知って泣き崩れ、あれ以来部屋に閉じ籠もって出て来ようとしなくなった。
魔力を持たないミオの痕跡は皆無に等しい。
この世界の人は微量でも魔力を持ち、その魔力の痕跡を追って探す事が出来るのだ。
俺も自分のブルーアイズ(青い瞳)を使って、ミオの足跡を辿って見たが何も見えなかった。
俺の目は他の者達よりも特殊で、何処にどんな魔法が掛けられているのかが一目で分かる上、相手の行動の先を読み取る事が出来る。
しかし、屋外では日々痕跡は薄れ、風や雨と共に流れて行く。
シンシアが最後に見た時ミオは此処に座って手を振っていたと言う。それは町の広場の隅に置かれた丸太を半分にしただけの長い椅子である。気が付けば此処に座って居る事が最近増えていた。
「ミオ」
広場では子供たちが手を繋いで遊んでいた。
翌日、自分の執務室で机に向かって居ると、慌ただしくドアを叩く音と同時に勢いよくドアが開いた。
「何だ」
顔も上げずに問う。
ドタドタと足音をさせたかと思ったら、目の前にゴロリと黒くて四角い物が転がった。
暫くそれを見つめ、思い出したかのように手に取る。
それは余りにも見慣れた物で、黒いタイルに似たそれは手に持つと意外と軽く、手にしっくりと馴染む。
「何処に在った」
「町の子供が拾ったそうだ」
見上げた先では表情を硬くしたアシュレイが立って居た。
ミオ、無事で居てくれ。
自分の不甲斐無さに奥歯を噛み締めるが、今は一刻足りとも無駄に出来ない。
このスマホが無ければ言葉も分からない少女の事が心配で、胸の中は恐怖で膨れ上がるばかりだった。
携帯の不携帯は常な月星です。
たま~に会社に忘れる事も常だったりします。(笑)