23話 おじいちゃんとキャンディー
むーん。
胸がデカくなる食べ物とか飲み物とか、もしかしたら有るのかも知れない。
「マリア、その、そろそろ手を退けてくれないだろうか」
「もうちょっと」
只今、私の手の上にはシンシアさんの胸が乗っている。
スラリとした体からは想像出来ない大きな胸が、とても形良く乗っている。
ここ最近、毎日の様にシンシアさんが遊びに来ては「合気道」の型を教えていて、その練習後には一緒にお風呂に入るのが日課となっている。その度にこうやって胸を触らせて貰って居るのだが、一向にご利益は私に来ない様である。
先日の夜会で初めて会って話をしたシンシアさんはとてもフレンドリーで良い人だ。
「合気道」が気になったらしく、翌日には私に会いたいと言う書状が届き、その返事を出したと同時に遊びにやって来た人である。実に面白い。
私が言った「自分の身は自分で守る」と言う事に興味を持った様で、此方の女性にも是非広めたいと連日来ては練習をしているのだ。
合気道とは言っても、私が習って居たのは簡単に身を守る程度の技で大した物では無い。
一教は相手の腕を返して手首と肘と肩を抑え込んで倒す
三教は相手の手首を内側にひねり肘を浮かせて崩す
小手返しは相手の手首を外側に返して相手を崩す
などなど、そんな感じなので、シンシアさんの様に体を普段動かしている人にはとても簡単な物ばかりだと思う。
シンシアさんは姿勢が良いから型も決まる。
型が決まると言う事は無駄な動きが無いと言う事だ。
ほんの数日で師範並みの風格が出ているから、教えている筈の私の方が少々腰が引き気味だ。
「マリアは収穫祭を見に行ったかい?」
「ううん。まだ行って無いよ」
「そうか、では私と一緒に行かないか」
「行くしっ!」
お風呂から上がり、冷たい飲み物を頂きながら収穫祭の話に花が咲いた。
やっぱりお祭りの話になると、シンシアさんだって女性だものガールズトークになってしまう所が大変可愛かった。
収穫祭は六日間行われる。
収穫の神デメルテへの感謝を謳う祭り事である。
一日目と二日目は神事が行われ、両日の二日間の間に収穫された物は全てが無料で配られる。
三日目はこの年成人した女性達が煌びやかな衣装を纏って町中を練り歩き、四日目は成人した男性達が広場で腕自慢を披露する。
五日目は街中が仮装をして楽しみ、翌日は家族や恋人と静かに神に祈りを捧げて終焉となる。
その間広場や主だった道には露店が並び、地元の産物から隣国それよりもっと遠くからの珍しい品物も所狭しと並ぶと言う。
シンシアさんと出かけようと決めたのは五日目の仮装祭りの日で、お互いどんな格好をするかで色々悩んだけど、奇抜な衣装を作るには日にちが足りない事から、手持ちで何とかしようと言う話に落ち着いた。
(あー、シンシアさんにアスカの衣装を着せたい!嫌待てミクの格好でも行けるかも!)
心の中はドン引き状態である。あははは
しかし、その前に一山有るのだ。
数日後。
「マリアー!何処―?」
家の中にサンの野太い声が響き渡る。
「うぉっ!・・・はいはいー!今行くよー!」
おじ様の書斎で本に没頭していた私は、時間を全然見て居なかった。
「また、本?」
「うん。ごめん」
急いでシャワーを浴びて、下着姿でサンの前に出て行った。
「まだ濡れているわよ」
そう言ってサンは柔らかいタオルで髪の毛を拭ってくれる。
サンの横に置かれたトルソーには、前に試着を済ませた胸元に十字とサフランの花の刺繍が刺された青いドレスが用意されていた。
「これの出番だね」
今日はワイルダー家の夜会が有る。
同じ公の家で有る当家は家族全員が出席する事になっている。
今までは叔父様と叔母様だけで良かったらしいのだが、この度の夜会には私にも招待状が届いたらしい。ミリーは当然王室として出席するから今日は城へ戻っている。
(お城、か)
「サン、わざわざ来てくれてありがとうね」
「何言ってるのよ」
以前の話では家での夜会が終わったらお城へ戻る予定だった。
しかしおじ様から家に残る様に言い渡されて、ミリーの侍女の仕事も解任、今後お城への塔上も禁止となった。
数日後にはアシエル国へ学問を学ぶ為に留学する事が決められている。
それは私とデューの接点を減らす為で、今更デューとシンシアさんの婚姻の妨げになる事を避ける為なのは了承している。
しゃくやくの花は、シンシアさんに頼むしか無いかな。
青いドレスを纏いおじ様とおば様と連れだって馬車に乗り、ワイルダー家に到着した時は浦安に有るテーマパークかと思わせる程の人で賑わっていた。
ワイルダー家の建物は石造りの頑丈な要塞みたいな作りで、足を踏み入れるのに少し躊躇してしまう。
公爵家の馬車は専用の停泊馬所が有り、大きな門を馬車に乗ったまま潜り抜けて、人で賑わっている入口とは別の入口へと誘導された。
毛足の長い真っ赤な絨毯へ足を降ろし、長い廊下を真っ直ぐ歩く。
右手には開かれた扉が有り、其処には公の名家が寛ぐ為の部屋が用意されていた。
その部屋へおじ様もおば様も入って行く。
その後ろを只黙って付いて行く。
見知った人が一人も居ない部屋で、愛想よく笑顔を携えて挨拶をするのが精一杯だった。
一通りの挨拶が済んだ頃、夜会会場へと続く扉が開かれ、次々と人が流れて行く。
その流れのままにワイルダー家の当主に挨拶をし、点在しているテーブルへと分かれて行く。全ての挨拶が終わると楽団の演奏が華々しく始まり、中央の踊り場には男女のカップルが所狭しとダンスを繰り広げ始めた。
初めこそおじ様おば様と一緒に挨拶をしていたが、両人共それぞれの知り合いとおしゃべりを始めてしまったので、暇になった私は一人テラスへ出る事にした。
テラスと一言で言ったが、扉の向こうは広大な庭園が広がって居た。
実際行った事は無いが、多分東京ドームくらいの広さが目の前にあるだろう。
庭園の中は水銀灯の様な街灯が点在しており、中央には大きな噴水まで有ると言う王道っぷりには脱帽する。
(ワイルダー家、凄いな)
庭園にはまだ余り人が居らず、ゆっくり散策でもしようと思った時に、後ろの会場から大きなどよめきが起こった。
「デュアリス様とシンシア様よ!」
「やはりお似合いね」
「正式に婚姻の約束をされたそうですって」
「これでクラーク家も安泰だな」
「しかし婚約をされてから・・・」
「新居を探されて・・・」
人と人との隙間から覗く会場の中央に、騎士の正装姿のデューと真っ白いドレスを身に着けた綺麗なシンシアさんが踊っていた。
(おー、絵になるね~)
『恋に恋い焦がれ恋に泣く』
ふっ と父が良く口ずさんでいた歌詞が脳裏を翳めた。
「怒らぬのか」
「えっ?・・・あ、おじいちゃん」
テラスを出て直ぐのテーブルに、この間会った不思議なお爺さんが座っていた。
そのテーブルの上にはティーセットが置かれている。
「誤魔化しは好きでは無いのう」
今日のお茶はジャスミン茶の様な香りがする。一口飲んでみたら、やっぱりジャスミン茶と同じ味がした。
「自分の道を探してみるよ」
お爺さんはお茶を一口飲んで、これは美味しいお茶だと言って顔を綻ばせている。
「これを」
そう言って私に差し出されたのは、ビー玉程の大きさの黄色い包み紙の両端をきゅっと絞った丸い物だ。
「キャンディー?」
目を向けた先にはもう誰もおらず、首を傾げていたら後ろから声を掛けられた。
「マリア殿、此方へ来てくれ」
振り返らなくても分かるその声は、協会で聴き慣れた副官のアシュレイさんの声だった。
「すまないが、この部屋で待っていてくれないか」
「は、い」
誰を?と聞かなくても察しは付く。
「俺は警護に戻るが、後で迎えに来るから待っていてくれ」
ええっと、それは如何いう意味でしょうか?と聞きたかったが、アシュレイさんは自分の言いたいことを言うと直ぐに部屋から出て行ってしまった。
(おい!少しは説明プリーズだろうが!)
椅子も何もない部屋で、その扉が開くのをじーっと待っていたが物音一つしない。
間違いかなー等と思っていたら、ドタドタと複数の足音が聞こえて来た。
何かを話しているが当然聞き取れず、扉を少し開けて廊下を覗いてみたら、その先にはデューとシンシアさんが抱き合っている所が目に飛び込んで来たのだった。
月も眠り朝日も昇る前。
小さな少女の人影がお城の中に静かに佇んでいた。
数日ぶりのお城の部屋は暗く、窓を開けていないのか空気が淀んでいる。
静かにテラスの扉を開けて掌に小さな灯りを乗せる。
テラスの低い位置に灯りを翳すと、少しピンク色に染まったしゃくやくの花の蕾が見て取れた。
「元気でね」
掌の小さな灯りが消える時、小さな少女の姿も一緒に消えた。
キーマンはやっぱりじいちゃんだったかっ!と突っ込みを入れたい月星です。
じいちゃんの呟きは美桜になのか、別の人になのか・・・・・