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22話 サンの憂鬱




「何だか夢を見ているみたいだわ」

そう呟きながらも手には布と針を持って、忙しそうに縫物をしているのはサンドラ、サンである。

マリアと共にミリアム様の御宅へやって来たが、来客用の部屋に案内されて困ってしまった。確かに縫物や装飾品で荷物がやたらと多かったのは認めるが、それでもこんな風に丁寧に扱われたのは初めてだった。

『王宮のお針子』とは、それだけでも大層な身分なのだとこの時初めて実感したのだった。


それもこれも、マリアのお蔭である。

『王宮のお針子』は針を持つ者なら誰でも憧れる職業で、国内、国外問わずに人気が有る。年に一度の募集の時期には、何千と言うお針子が自分の自信作をお城に届けるのだが、その中から20~30程の優秀な作品が選ばれ、決められた日時に面接をするのである。

私はこれまで二度程面接まで行ったのだが、この見た目の所為なのか召し上げられる事は無かった。

今回で最後と思い自信作の刺繍を手に面接を受けたのだが、其処には見慣れない黒髪の少女も面接官と言う立場で同席していた。


それがマリアなのだが、最初見た時は本当に驚いた。

背は小さいし体も細い。手足なんて少しでも力を入れたら折れそうな程細く見えた。

真っ黒い髪の毛を両耳の上に1つづつ結い上げ、陶器の様に白く滑らかな肌には猫の様に大きな黒い瞳が埋まっていた。鼻筋は細目だがその下に置かれた唇は、幼い顔に不釣り合いな程ぷっくりと膨らんで色っぽかった。


始めこそ「魔女」と言う言葉が脳裏を翳めたが、それはあくまでも噂話であって事実では無い。そもそも黒髪黒目なんて言う人に会った事も見た事も無かったのだから当然で、実際会って話してみると魔力の無い珍しい人であったし、単なる常識知らずなおバカな子であった。


しかし、あの子の目は本物を映す目かもしれないと最近は思う。

私の事も(自慢ではないけれど)召し上げ、それと一緒に召し上げたイトも物凄い腕の持ち主である。彼女の縫物を仕立てあげる技術は大変素晴らしく、着る人の癖までも見越した縫製は絶賛に値すると思う。

まあ、今は常識知らずやおバカな部分はしょうがないと思って居る。だって、この世界の人間では無いと知ったからである。

あの突拍子も無い発想はあの子の世界の物らしいが、それでも機能的で理に叶った物も多いように思う。だからなのか、マリアと話しているのはとても楽しいのである。


そう思うのは私だけでは無いようで、他の侍女やお針子、騎士に宰相などが頻繁に遊びに来る。だから午後の休憩の時間は何時も賑やかである。

それは下々の者達だけでは無く、王妃様や隣国の客人までそうなのだから面白い。

言葉使いはまるで出来ておらず、目上の者にも下位の者にも区別が無く何度言っても治らない。

それでも本人は気にしているのか、全般に丁寧語と普段の言葉がごちゃ混ぜになった言葉を使うのである。


しかし、身分と言えば、侍女だと思って居たマリアがミリアム様の義妹だとは正直驚いた。

大体、ミリアム様にお兄様が居た事すら私は知らなかったのだ。

多分ミリアム様に似た素敵な方なのだろうと想像するが、マリアの態度はぞんざいでそれに対するミリアム様も苦笑いを浮かべるだけだった。



コンコンとノックの音がする。

返事をすればドアが開き、大きなワゴンを押した初老の執事が丁寧な礼を述べて入って来た。

慌てて扉に近寄り何事かと見てみれば、それは多分夜会で出されていた食事を私にも持って来て下さった様である。

執事の方はテーブルにセッテイングまでして下さり、伯爵様からだと言ってワインを一本抜いて下さった。

(嗚呼、なんて幸せなんだろう)

本当に高貴な方は、細部にまで気を配る事を忘れないし、手を抜かい物なのだと感心した。


一人の食事は少しだけ物足りないけれど、窓を開ければ夜会の演奏が耳に心地よく聞こえて来る。ワインを片手に窓際に寄り、少しだけ見える夜会の会場へ目を向けた。



「マリアとデュアリス様は一緒に踊ったのかしら」

あの揃いの服で並んだならば、それはもうお似合いだろう。

マリアもデュアリス様もお互いを想っているのは間違いないと確信している。

マリアなんて思い切り表情に出るし、少しでもからかえば顔を赤くして頬を膨らませる。

その割に何時かの「御渡り」の時なんて大変な騒ぎだったと言うのに、本人はケロリとして仕事場に現れて、余計私達を混乱させてくれた。

でも、あの子は何も言わないし何も行動に移さない。

不思議に思って尋ねてみたが、心配させただけだと言ってはにかんで笑っていた。


こっちの女性達なら「御渡り」が有った時点でもう婚約でもしたかのように騒ぐのが当たり前だろう。自分をアピールする事に必死で、相手がうんざりしているのも気が付かない。ましてやその相手がデュアリス総指揮官となれば、家族までもが浮かれて大騒ぎになる事だろう。

それなのに、あの子は何も変わらず毎日を過ごしている。この国の者では無いから分からないのかとも思ったが、どうやらそれだけでも無いようだ。


「表情が掴めない」

ふと漏らした一言だったが、それはあの二人を見ていれば納得出来る事だった。


マリアは話をする時に相手の顔を良く見ている。些細な表情の変化を読み取って、相手が今どう思っているのかを読み取ろうとしているらしい。

しかし相手は騎士隊員達である。ましてや皆マリアよりも数段背が高い。そんな相手の表情を読み取るのは難しい。その中でも群を抜いて背の高いデュアリス様はブルーグリフと言う別名を持つ程の孤高の人である。

マリアにはまだまだ無理な事だと思う。


しかし、である。

私から言わせれば、分かり易い事この上ないのである。

騎士隊員達はマリアの顔を見てはにやけているし、話し掛けられればそれに返事をする声は裏返っている。少なからずマリアに思いを寄せている者も数多く居るのは知っている。

そして孤高の指揮官であるデュアリス様でさえ目元が緩み、その視線の先には何時でもマリアが居るのである。


決定的にそう確信したのは、指揮官様がご自分の洋服のオーダーを入れに訪れた時だろう。

あの日は正式にカークランド公爵家から、マリアの衣装の受注を受けた日だった。

その同じ日の夜に、わざわざ私の宿舎まで来て頼んで行ったのだから驚きも大きかったのである。


とても嬉しかったわ。

直ぐにマリアに伝えたくて、朝が来るのがとても楽しみだったのよ。

でも、ね・・・

言えなかったのよ、只喜ばせるだけの言葉を私は言えなかったのよ。



デュアリス総指揮官には婚約者が居るのだもの。



公爵という立場上、成人を迎える頃には婚約者を決めるのが習わしだ。

公爵と言う地位は五爵位の第一位の称号である。

公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵 の五爵位が有るが、現在この国では侯爵と子爵の称号を持つ家が無くなり、残りの三爵位で統制されている。

爵位を持つ家の者は王家に忠誠を誓い、国と民の為に仕事を持つのが一般的な事である。


その第一位の称号を持つ家の者は王家と関わる者も多く、教育や躾が極めて厳しいのも有名だ。公私ともに人の目に晒される事も多く、婚姻等の祝い事や神事等に関しても王族が取り決める事も多い。逆に言えば公の家の者は王族に対して異を唱える事が出来る者達でもあると言う事だ。

カークランド公爵家は公の中でも最も王族に近く信頼もされている。それは他の爵位の者達からも信頼されており、民からは王族以上の人気が有る。


さてカークランド家の婚姻についてだが、長男長女はそれぞれに幼い頃から王より決められた相手がおり、その相手と無事婚姻している。

しかし末のデュアリス様だけは自分でお決めになった事から、婚姻は早々に成されるだろうと言われていた。それから四十年近く経つが未だ婚姻はされておらず、相手の女性も隣国へ留学に行くなど婚姻のこの字すら聞こえて来ない。

ならば婚約を破棄されたのでは無いかと噂もされたが、その事実も未だ無い。婚約の破棄をしたのであれば「約定の破断」と言う御触れが爵位の家には届くのである。

この「約定の破断」は結構有る事なので、こっそりとそうなる事を待ち望んでいる者も居るのは周知の事実である。


その婚約者がつい先日留学先から戻って来たと聞いている。

にわかに婚姻の噂が立ち始めている事を、あの子はまだ知らないだろう。

でも確実に知ることである。



「デュアリス様はどうするつもりかしらねえ」



マリアが悲しまない様に事が運べば良いなと思うが、何の身分も持た無い自分が口出し出来る事は一つも無い。

精一杯マリアの為に飛び切り綺麗なドレスを縫い上げようと思い直し、洗面所で手を綺麗に洗い流してまた布と針を手にしたのだった。







サンの呟きを書いてみました。

私はおねえキャラが大好きなので、ついつい登場させてしまうのですが今回は大人しい感じです。(多分)

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