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20話 夜会デビュー




「私、カークランド家が後見人となりましたマリアを正式にご紹介致します。此方にお集まりの皆様にはカークランド家の子女として御覚え頂きます様お願い致します」

カークランド家当主のおじ様の挨拶が終わると、その腕に置かれていた自分の腕を外し、一歩前へ進み出て令嬢の挨拶を丁寧にする。

顔を上げ柔らかな微笑みを携えながら口上を述べる。

「マリアと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

おじ様が後ろから軽く背中に手を当てて、私を家族の座る奥の席へと誘導してくれた。

そして私が着座するのを待っていたかのように、楽団の演奏が始まった。


「マリア、上手だったわ」

「ありがとうございます」

おば様が優しく笑って褒めてくれたのだが、緊張しすぎて顔は強張り手も足もプルプルと震えていた。

だって、私が座るまでの間、来客の方々は一言も言葉を発せず、じっと見つめられていたのだから恐ろしい。それこそ頭の先からつま先までを、じっくりとねっとりと値踏みをされていた様な感じである。

それもしょうがない事で、さっきの当主の口上は「今は後見人だけど、いずれは娘にするからね」と言う事を正面切って皆に宣言した様な物なのだ。

(嗚呼、どうしよう。マジで考えないといけないわ・・・)

此処にサンでもポールでもジョイでも居てくれたらと思いながら、最近会っていないデューの顔が脳裏を翳めた。


知り合いを探す様に瞳を動かすと、一段高くなっている席に着座していた王太子夫妻が目に入る。其処には心配そうな顔で私を見ていたミリーが居り、それに釣られるように私の顔を見ている王子も心配そうである。

(ああ、心配かけてるわー)


瞼をきゅっと瞑り、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

漸く開いた瞳には意思が宿り、ミリーに向かって笑顔で微笑み頷いた。


私の隣にはおば様、そしてその隣にはおじ様と言う構図である。

引っ切り無しに挨拶に来るお客様を得意の営業スマイルでかわし、隣でどこぞの誰それさんと教えてくれるおば様に頷きながら、必死で頭に叩き込む。

人を覚えるのは得意な方だが、カタカナ名はなかなか頭に入ってくれない。

それでも漸くお客様の挨拶も途切れ初め、渇いたのどに冷たいジュースを流し込んだ時、恐怖のお誘いが舞い込んだのである。


「マリア殿、是非ご一曲お相手を願いたい」

片膝を付いて片手を胸に当て、軽く会釈する姿はどこぞの王子様の様である。

だって、白いピッタリとしたズボンに白いフリルの付いたブラウス、その上に羽織っているジャケットも白で金色の刺繍で縁どられている。髪の色はブロンドで瞳の色も金色に近い茶色である。やや面長な顔だが優しそうな目元が可愛く感じる。

「はい、不慣れですが宜しくお願い致します」

微笑みながら席を立つと、手を取られて目線辺りで軽く握られたままフロアへと進み出た。


「私はキャンベル家のイアンと申します。どうぞお見知りおき下さい」

「ありがとうございます」

色々と聞かれ話しながらのダンスは大変難しい。

黙ってダンスをするのですら大変なのに、これはもう荒業に近い。

何度相手の足を踏みそうになった事か、考えるだけで冷や汗が出る。


それでも何とか1曲終わったと思ったら、直ぐに次のお誘いが舞い込んだ。



ステップは基本五種類で出来ている。前・後・右・左・ターンである。

しかし、これが組み合わさるとバージョンは増える訳で、日本で良く聞く「クイッククイックターン」なんかが出来る訳なのだ。

曲ごとにステップは決まっているからそれを覚えれば良い話だけど、全部覚えるには100曲近く有り、最低10曲と言われた所を、3曲しか覚えきれなかったのだ。

ダンスを教えてくれたのはミリーとサン。

サンは男性パートも女性パートも踊れると言う強者だった。



二人目とのダンスが終わっても、また直ぐに誘われたのだけど丁寧にお断りして休憩する事にした。

席に戻ろうと思ったが、来客がおじ様とおば様を囲んで楽しそうにおしゃべりしていたので、其方へは行かずにテラスへ出て冷たいジュースを頂いた。



「ご一緒して宜しいか」

声を掛けて来たのはスラリとしたモデルの様な美人であった。

「は、い」

こっちが緊張する程の美人である。

亜麻色の髪をアップにし、それと同じ色の瞳を持つ涼しげな目元、すっきりと通った鼻筋の下には赤い紅を引いた薄目の唇がにこやかに微笑んでいる。白い肌を強調するかのように胸元も背中も大きく開いた緑色のベルベットのドレスがとても良く似合っている。


「私はシンシア、宜しく頼む」

「はい、こちらこそ宜しくお願い致します」

「緊張しないで欲しい、のだが」

「は、はい」

緊張するなと言われても、どうやったら緊張が無くなるのか皆目見当がつかない。ましてや男性と話している様なしゃべり方は、見た目とギャップが有り過ぎて対応に困る所でもある。

「すまない、騎士隊に所属していた為にこの様な話し方しか出来無いのだ」

恥ずかしそうに頬を染める姿は百合の様に美しい。

(嗚呼!恋をしそうです!)

「シンシア様が騎士隊ですか?」

「シンシアで良い。隣国の騎士隊に訓練生で留学していたのだよ」



イシュダールでは女性の騎士が今まで居なかった。

しかしここ最近では女性の入隊希望者が増え続けている。

そこで、女性だけの騎士隊を作る事を決め、育成方法や訓練の仕方を学びに隣国へと留学したのだと教えてくれた。

「元々は戦闘術を学びに行っていたのだが、向こうの女性騎士隊がとても素晴らしくて、見学した翌日には騎士隊へと入隊してしまったのだよ」


隣国アシエル国には女性だけで形成された騎士隊が有り、主に王妃や王族の女性達の側で活動しているのだと言う。

時には市井にも出る事が有るが、男性の騎士にも負けない腕前が評価されているらしい。


「へー、凄いですね。私は合気道位しか出来ないなー」

「アイキド?」

「ええっと、自分の身を守る為の護身術みたいな物です」

「ほー、自分で自分を守るのか」

何故か合気道の話で盛り上がってしまい、ドレス姿で合気道の型をする私とそれを真似るシンシアさんは、他のお客様から変な目で見られていた事だろう。

そんな私達の元へ、少々困った顔のミリーが現れ、シンシアさんと二人顔を合わせて苦笑いをするしか無かった。



席に戻ると直ぐにダンスの誘いが有り、ゆっくり座っている事も出来ない。

それでも夜会が後半になる頃には聞いた事も無い音楽が流れ初め、私が踊れない曲が続いた事に断る理由が出来てやっと安心出来たのだった。



主催者側の席には、わざわざ中央のテーブルまで料理を取りに行かなくても良いようにと、食べやすいサイズに切り分けられた料理やデザートが用意されている。

やっとご飯が食べられると大皿を手に喜んでいたら、入り口の方から賑やかに黄色い声が響き始めた。

前にも言っているけど、私が判別できる言葉は3メートルが限界である。

遠く離れた入り口の賑わいは雑音にしか聞こえず、皆が何を騒いでいるのか全く分からないのだ。お蔭で私が踊っている時にも周りの人達が何を言っているのか全く分からず、気にする事も無かったのは幸いだったと思う。(雰囲気からして陰口だろうとは想像出来るけどね)

手にしている皿から顔を上げ、賑やかな声の方へ視線だけでも向ければ良かったのだと後悔したが、目の前には煌びやかな10種類のデザートが鎮座しておられるのだ。

食べ残した後悔の方が、乙女にはダメージが大きいのだと、此処で宣言しておこう!



私が4個目のデザートを手に取る頃、賑やかだった黄色い声がふっと止んだ。

(ん?どうした)

流石に気になり皿から顔を上げると、直ぐ近くでおじ様と正装姿のデューが挨拶を交わす所だった。

「総指揮官様、忙しい所をお越し下さりありがとうございます」

「私の方こそ遅くなってしまい申し訳ない」


正装姿のデューさんを始めてみた。

多分、デューさんとお知り合いで無ければ、騎士隊総指揮官は別人だと思うだろう。

何時もの荒々しい態度や部下へ指示を出す鋭い眼力、それと相棒の様に片時も離さない腰の長剣が姿を消し、其処に居るのは見目麗しい華族の御子息様そのものである。


ぼさぼさの髪の毛はきちんと撫でつけられ、時々無精ひげが生えている顔には毛穴の一つも見当たらない。

何時も見ていた濃紺の騎士の制服を着てはおらず、膝下まである黒いロングジャケットに黒いズボン、深紅色のベストの中には白い立ち襟のシャツを着込み、襟元には深紅色のスカーフを結びスカーフの中央には家紋のピンブローチが止められている。

(少し、痩せたかな)


他の来客の男性は一様に王子様スタイルが多く、ピッタリしたズボンにフリルのブラウス、腰より長めのジャケットと言った感じが主流の様だ。若い男性は白や水色等のカラフルな色が多く、年配の男性は茶色や紫等が多い。

そんな中、デューの服装はそのどれにも属さなくて、少し私の世界の匂いがする。


「一曲、お願いする」

優しい笑顔で私に微笑み、片手を胸に当て丁寧に紳士の礼をするデューに周りからはため息が漏れる。

唖然とする私はケーキが数個乗った皿を手にし、別のケーキを取ろうと中腰の姿勢のままダンスの申し出を受ける事になった。


流れている曲は聞いた事も無い曲である。

「この曲は踊れないよ」

「私に任せろ」

「足踏んでも知らないよ」

「幾らでも」

相変わらずケーキの皿を手にしたままの会話に、隣のおば様がやんわりと(私の!)ケーキ皿を取り上げ微笑んでこう言った。

「明日は、沢山のケーキでお茶にしましょう」

「は、はい・・・」



私達の周りを遠巻きに人だかりが出来、その中でダンスをする事が決定した瞬間だった。








連日の予約投稿をしてみました。

楽しんで頂ければ嬉しいです。

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