2話 ケガ人現る
「ミリアム様、その様に根を詰めてはお体に触ります」
「待って。後花びら一枚で終わりですから」
「では、お茶の用意をして参ります」
「ありがとう」
此処はイシュダール王国の首都ハモンの小高い丘の上に聳える王城の一室、王太子妃の間である。
大きな窓を全開にした脇に、白く丸いテーブルを置き、それと揃いの白い椅子に座って真剣に作業をする少女が居た。
蜂蜜色のウエーブが付いた長い髪を赤いシュシュで左耳の下に束ね、その先を無造作に垂らしている毛先はウエストの位置まで伸びている。
髪の毛と同じ蜂蜜色の眉はなだらかなカーブを描き、その下に据えられた暁色の大きな瞳は真剣に手元を凝視している。高い鼻梁に薄らと汗をかき、その下に添えられた少し大きめな口元は真一文字に結ばれている。
仄かにピンク色が浮かぶ白い肌にはシミ一つも無く、幼さが残る桃色の頬とお揃いのドレスが少女には大層似合っていた。
王太子妃ミリアムの右手には細い刺繍針、その針には青い色の糸が結ばれており、その針を起用に動かしながら、左手に持った小さな白い布に所狭しと小さな花びらを沢山刺繍していた。
「うん。花びらはこれ位かしら」
後は、茎と葉を散らして・・・と小さな布を両手の上に広げながら、ぶつぶつと独り言を言い頭の中で構想を巡らせていると、ふわり と部屋の中に甘い風が舞った。
(兄様の風だわ。何かしら?)
王太子妃ミリアムが手元から顔を上げようとした時に、自分の足元にドサリと音を立てて黒い塊が落ちていた。
その黒い塊の下からは、ゆっくりと赤黒い液体が広がり始めていた。
「兄様・・・今度は怪我人ですか」
こっちは異世界の前置き、かな。