19話 十字架とサフラン
九月も中頃になると、お城の中は閑散としてくる。
この世界の収穫祭に当たる時期の為、城で働く者達もそれぞれ長期の休暇を与えられる。
九月から十月に掛けては、何処かの町、何処かの村、毎日何処かで必ず収穫祭が行われているのだ。
それに合わせてそれぞれが休暇を取る為、一斉にお城の中が空っぽになる事は無いが、それでも何時もの賑わいが聞こえて来ないのはそれなりに寂しい感じがする。
サンは家に帰ってもする事が無いからと、帰らずに寄宿舎に残っていた。
イトは少し遠い町から来ていたので、約一カ月程の休みを取って帰省中である。
一歩、城を出れば逆に賑やかさが増すのだが、その静かな城の中で寛ぐ者も若干居るようである。
「マリア、腕をもう少し上げて」
「む、そろそろ限界だよ、サン」
「我慢なさい」
「うう・・・」
お城の中の自分の部屋(デューの部屋だけど)で、ドレスの試着をしている最中である。
パッと見は肩紐なしの超長いロングドレスである。
地色は紫っぽい青で無地。しかし、その上に灰色の透けるオーガンジー(多分)の生地を被せているのでブルーグレーに近い色に見える。
上胸からウエストまでは体のラインに沿わせ、少し高めのウエストからギャザーを寄せたスカートは床に着いてなお長い。
袖も同様の素材で、手元に近づく程袖が広がるデザインだ。
生地は無地だが、胸元には十字架をモチーフにした刺繍が入り、ウエストや裾には真っ白い花のレースが縫い付けてある。
肩紐なしに見えるのは、デコルテから背中までを透ける素材で繋いだ為で、着ている方としては安定感があって嬉しい。
「胸にもう少し詰め物が必要ね」
「ぐう・・・」
長期の休みは自室で本を読む事と、サンと新しいドレスのデザインを考える事にしている。
ミリーからはそれで了解を取っているのだけど、この期間に行われる夜会へは出席するようにと約束されていた。
私宛に招待状が届いたのは六通らしいが、その内四件には断りを入れてくれたそうなので、残りの二件は出席しなければ行けない事の様だ。
その為のドレスを此方の後見人であるカークランド家で用意してくれる事になり、その担当がサンとなっている。
最低でも五着用意するようにと指示されたそうだが、そんなに要るのか首を傾げてしまう。
自分的には一着で十分な気がするが、同じドレスの使い回しは失礼に当たると言われ、渋々承諾したのである。
今着ているドレスは一週間後に着用するドレスで、今回三回目の試着となる。
別に嫌な訳じゃ無いのよ!?
私だって普通の女ですものドレスとか装飾品とか、物凄く興味が有ります。
しかし此方の世界のデザインは中世ヨーロッパに近いから、私の好む物からは程遠いのだ。
ましてや正装だからコルセットを付けなきゃ行けないし。
でもね、サンがシンプルで素敵なドレスを作ってくれているから、最近では結構楽しみに思えるようになって来た。
「サン、胸元の刺繍、騎士隊の人達の刺繍に似てる」
「綺麗でしょう」
「うん。でもこの花、何て言う花なの?」
「えっ?ああ、マリアは知らないのよね」
「うん。教えて?」
「これはね、サフランって言う幻の花なのよ」
昔々、周辺の国との争いが絶えなかった頃の話である。
国同士の戦いであるから、一度争いが始まれば長く苦しい日々が続く。初めこそ名立たる騎士達がその先導を切っていたが、長くなれば疲労も重くなり名も無き騎士達がその先導を任せられる事も増えて行った。
それと時期を同じくして、名も無き騎士達の屍も増えて行ったのは想像できる事である。
身元の判明できる屍は身内の者に引き取られて行ったが、その屍の大多数が判別も付かぬような状態が多く、その数も尋常では無い数だった為に一か所に纏めて弔われる事が常だった。死者の冥福を祈り小さな墓標を立てていたのは、その地の神父と呼ばれる者達で後に王族に物言う存在になる。
その時の王は名も無き騎士達に敬意を払う事も無く、自分は城の中で放蕩三昧だった。
ある時、美しい娘が城に訪れ、自分の恋人を探していると申し出た。
その恋人は戦火で命を落としており、その恋人に花を手向けたいのだと言って弔い先を教えてい欲しいとの小さな願いであった。
しかし、そんな事が分かる訳も無く、途方に暮れた娘は数ある共同墓地を訪ねては、野に咲く花を手向けて回った。
靴を擦り減らし幾日も歩いた娘は、食事も睡眠も取っておらず最後の墓地の前で倒れてしまう。
手には何処から摘んで来たのか、見た事も無い青紫色の小さな花。
先の尖った花びらが五枚、互いに重なる様に開き、その中央には小さな真珠の粒が数個揺れていた。
その娘がこと切れる時、その墓地に掲げられた小さな十字架が光り輝き、安心したように微笑んだ娘を呑み込んでその光が消えた。
娘が消えた場所には沢山の青紫色の小さな花が咲き、小さな十字架を覆う様に咲き乱れたと言う。
その話を聞いた王は、その花が見たと言い、下位の者に取って来るように申し付けるが、誰もその言葉に従う事は無かった。
焦れた王は自ら赴き、その花を毟り取るようにして持ち帰り、寝台の脇に飾ったと言う。
しかし、その日から王は謎の病に侵され、数日で命を落とした。
その王の命が尽きる時、小さな十字架を覆っていた花も姿を消した。
次の王となったのは後に「賢王」と呼ばれる者で、戦わずして戦を治め、今までの無き者達への弔いも丁寧に執り行ったと言う。
「だーれも見た事が無い花だったのよ。それで、その美しい娘の名前を付けてサフランって言われているのよ」
「そうなんだ。何だか可哀想だね」
そう言って、胸元の刺繍に手を当てた。
その二日後、カークランド公爵家の夜会開催の日がやって来た。
朝にはカークランド家紋章入りの馬車が迎えに来て、サンと二人で沢山の荷物を積んでの出発となった。(カークランドの紋章は十字架、元々は神官の家系なんだとか)
カークランド家の玄関に着くと、ミリーの両親がにこやかに出迎えてくれていた。
サンを紹介しても嫌な顔をせず、何時もと同じ和やかな雰囲気が嬉しかった。
私達は応接室へと通され、其処でミリーも加わってお茶を頂いた。
意外と呑気だな、等と思ったのは此処までで、その後はこの家の待女さんに連れられて、入浴だのボディーエステだのといじられ放題だった。
どうやら厨房は朝から忙しく裏口には仕入れの業者で犇めいていたらしい。
「今日の主役はマリアですからね」
「う・・・頑張ります」
この度の夜会は、私が社交界に参加する為に開かれる謂わば「顔見世」なのだそうだ。
だから何時も開かれる夜会よりも招待客が多く、それに答えて参加してくれる来賓も多いそうである。
さて、今夜の衣装であるが深紅色のボリュームあるドレスである。
胸元はスクエアカットで、ウエストまでビロードの黒いリボンで編上げされている。
パフスリーブの先にはピッタリとした手首まで有るレースの袖。
ウエストから裾までは幾重にも重ねたたっぷりのスカートで、一番上のスカートだけは十センチ上部に黒のビロードのレースが縫いこまれ、所々を持ち上げて留められている。
首には赤い大きな宝石が嵌め込まれた黒いチョーカーが巻かれ、その長い結び目は大きく開いた背中で揺れている。
髪の毛は沢山ウエーブを付けられ纏められて、左耳の後ろ辺りでふわふわと結ばれている。
化粧は薄目だが、目元だけは普段以上に強調されて何だか落ち着かない。
(あー、何だか恥ずかしいぞ)
夜会の会場に続く廊下を緊張しながら進み、大きく立派な扉の前で立ち止まる。
其処には普段ミリーの護衛に付く事が多い騎士隊のポールとジョイが立って居た。
「う・・・帰りたい」
「大丈夫ですよ。綺麗です」
「ありがとう、ポール」
「マリア様、今日は背が高いですね」
「ふふふ、高いヒールの靴よー」
そう言ってドレスの裾を持ち上げ、5センチ位底上げした靴を見せて一緒に笑った。
この二人とは結構話をする。
この世界に来て突然お城と言う巨大な建物に住む事になり、当然迷子になる事が頻発したのである。
その度に途方に暮れた私を迎えに来てくれたのはジョイだった。
彼は薄い金色の長髪で瞳が緑色、少々ぽっちゃり系だけど動きは機敏である。そのジョイは魔力は並らしいが、人の辿った道筋が見えると言う特殊な目を持って居るのである。
因みに、ポールは東洋系の顔立ちで五右衛門(超有名マンガの)にそっくりである。髪の色は茶色だけど、日本刀を持たせてみたいとマジで思う程剣の腕に長けている。
三人で他愛も無い話をしているうちに緊張も解れ、まるで何時ものミリーの部屋に居る時の様な錯覚を覚え始めた頃。
「マリア、公爵様がお迎えに来たわよ」
付いて来てくれていたサンがそっと耳打ちをしてくれる。
「いよいよだね」
カークランド家当主であり、後見人でもある公爵様はミリーに似た蜂蜜色の髪を持つナイスな紳士である。百歳を超えていると聞いたが見た目は四十代である。
「さあ、行くよ」
優しく私の腕を取り、自分の腕の上に置く。
何だか結婚式でバージンロードを歩く新婦の気分である。
「はい」
頬を染めて返事をすれば、そんな私を見て優しく笑い、緊張して強く掴んでいる私の手をぽんぽんと軽く叩いてくれた。
目の前の大きな扉が中央から割れて両側に開かれて行く。
その先にはシャンデリアが光り輝き、料理を並べたテーブルの上や人々が手にしているグラスに反射してキラキラとしていた。
公爵様と共に一歩足を踏み入れる。
一斉に向けられる好奇の目に体中が固くなる。
(うおー!き、緊張MAXだー!)
昔話を考えるのは結構楽しいです。
でも、童話を考えるのはとても難しいです。
あーーー 童話、どうよ?