表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/44

18話 不思議な人




ある朝、何時ものようにしゃくやくの花を抱えてダナさんの元へ向かう途中で、お散歩をしている人に出会った。

こんな朝早くから散歩をする人は珍しく、今まで一度も無い事だった。

「おはようございます」

すれ違い際に頭を軽く下げて挨拶をした。

「綺麗だ」

足を止めてその人を見上げる。


デューと同じ位背が高く、ひょろりとした細身の体は白い襟付きのシャツに茶色のズボンを身に着けている。帯剣して居ないのを見ると騎士では無い様だ。

香色の様な黄色に赤みを帯びた髪の毛は長くサラサラと風になびいており、私を見下ろす瞳も同じような香色でその優しく笑う瞳はまるでコンタクトの宣伝の様にキラキラしている。


「うーん、一本だけですよ」

「一本?」

しゃくやくの花を一本だけ選び、その人に差し出す。

不思議そうに受け取った花を見つめていた人に、もう一度会釈をしてその場を立ち去ろうとしたが、ツインテールの片方を掴まれた。

「いでっ!」

用が有るなら声を掛けてくれればいいじゃないか!?こんな暴挙に出られて黙って居られる私じゃ無い。振り返って文句の一つでも言おうとしたが、振り返った目の前には壁が有った。

(壁?)嗚呼、どうしてこっちの男性は大きい人が多いんだろう。

「綺麗な黒髪だ」

上を向けば私の髪の毛に口づけをしているキラキラ星人がいたのだった。




「多分アシエル国のクオーレ公爵王子様だと思うわ」

「まじっ!?隣の国の公爵?王子?」

「ええ、会談の為に二日前にいらしたのよ」

「まじですかーぁ」

朝から少し不機嫌だった私にミリーがどうしたのかと尋ねて来たので、掻い摘んで話して聞かせたのだがとんでもない事実が発覚したのである。

公爵様とは言ってもこのクオーレさんは王族なのだそうだ。現王の直ぐ下の弟にあたり王位継承権は代四位、兄である現王の片腕として仕えている敏腕官長様でもある。

皆からはクオーレ公爵王子と呼ばれているらしい。

(どうしよう。殴っちゃったよ?)

あの後むかっと来た私は〝ぐー〝で目の前にあった壁を殴りつけて来たのである。本当なら横っ面を張り倒したい所だけど、流石に背伸びをしても届きそうになかったので壁で我慢したのだ。


この先二度と会わない事を願いながら仕事をするうちに、朝の事はすっかりと忘れてしまった。

だって、今日はルルがお休みなので、何時もは二人でしている事を一人でしなければいけない。取り立てて忙しい訳でも無いし、私が来る前はルルが一人でしていた仕事なのだから出来ない訳が無いのである。

しかし、自分が思うよりも仕事量は結構あって、サンとイトに少しだけ(?)手伝ってもらったのだった。



翌日のルルはいつも以上に機嫌が良かった。

昨日は遠くに嫁に行った姉が帰って来たからと、お休みを貰って実家へ帰っていたのである。懐かしい話をしたり家族で囲んだ夕食が久しぶりだったとか、父がとっておきのお酒を開けてくれたとか、おしゃべりは尽きる事が無かった。

午後の休憩時間には姉がお土産で持って来てくれたと言う、チョコレートが間に挟まった白いクッキー(これは北海道銘菓白い恋人だ!)を頂きながら、皆でお茶を飲んでまた話に花が咲いたのだった。


その日の夜。

本を開いて昨日の続きを読もうと思うが文字が上手く理解できない。

疲れたのかも知れないと思い、久しぶりにゆっくりとお湯に浸かる事にした。

湯上りには、サンから貰ったオレンジの香りがするボディーバターを丁寧に体に塗り込んだ。

少し早いがベッドへ潜り込み、体から漂うオレンジの香を楽しみながら瞼を閉じた。


それから数時間が経つが一向に睡魔が迎えに来ない。

こんな事は滅多に無く、お休み三秒と言われる私にとっては苦痛だった。


(デューは今も仕事かな)

日中、協会へ行ったがデューは出かけていて会う事が出来なかった。どうやら隣国の公爵様の警護に付いたらしい。最近頓に忙しそうで、日中でも顔を見る事は数える程になっていた。

(寝れない時はどうしたって寝れないや)

ベッドから起き出し、カーディガンに袖を通しポケットにスマホを入れた後、少しだけ考えてテレポートで飛び出した。


「うわー、凄く綺麗」

真夜中の庭園は月明かりに照らされて全体が青い庭に姿を変えていた。

日中の華やかな庭園も綺麗だけど、この青色のグラデーションの庭園もロマンティックで見ごたえがある。夜露に濡れた花や葉に月の光が反射して淡く光っているのも幻想的だ。


その様子を眺めながら進んで行くと、庭の中央に有る小さな丸い花壇に辿り着く。

其処には昨日の朝に届けたしゃくやくの花が、大きな鉢に活けられて飾られていた。

昨日の朝は両手に抱えきれない程の花が終わりを告げて、一斉に枝から離れてしまったのだった。

少し悲しかったけど、ダナさんにこうやって綺麗に活けて貰えたのは嬉しかった。


花の前にしゃがみ込んで両手を合わせる。

「お母さん」

しゃくやくの花は母の花である。

家の裏に育てたしゃくやくの花は毎年綺麗に咲いていた。母が父と結婚した年に植えはじめたしゃくやくの花は、株が増えて裏庭一杯に咲く様になっていた。

しかし父と母が列車事故で揃って死んでしまったあの年から、何故か一輪も咲かなくなってしまった。

その事に気が付いたのは姉で、両親が死んで三回忌を迎える頃だった。


それからは水をやったり、肥料をやったりと、試行錯誤をしながら育て、その年には二つの花が咲き、翌年には五つの花と毎年少しずつ増えて行った。

五月の暖かい日に庭に座り込んで、姉と二人、蕾のしゃくやくの花が開き始めるのを見るのが楽しみだった。その時には父が大好きだった本も一緒だった。



ルルの話を聞いた所為なのだろうか、父と母と姉の顔が浮かんだ。



こんな真夜中、パタ パタ っと静かな足音が近づいて来る。

眠れない人間が私以外にも居るんだと少し嬉しくなったが、用心をしてそーっと後ろへ下がって花の茂みに隠れる。が、

「出ておいで」

(おうぅ・・・やっぱりバレてましたか)

それでも一歩前に出ただけで、どうやってこの場を逃げ切ろうかと考えていた。

「今朝はすまなかった。あの時は寝起きだったのだ」

私から少し離れた場所に立つ人は背が高く、サラサラの長髪が風で揺れて月の光を帯びた瞳はキラキラしている。

「あ、あ、アシエル国の公爵様、今朝はご、ごめんなさい」

その場で慌てて頭を下げて謝罪をした。


下げた頭の上にふわりと柔らかい物が落ちてくる。

「えっ・・・あ、ありがと・・・でも近いですっ!」

頭から背中までを覆うブランケットを私に被せ、そのブランケットごと抱き締めているこのキラキラ星人をどうにかして欲しい。この世界の男性は距離を詰める事に掛けては天才的に長けているが、特にこのキラキラ星人は距離が近すぎる。

「風邪を引く」

嫌々、隣に居るだけでいいですから、抱き締めなくていいですからね?

でも、こんな風に心配をしてもらったのは久しぶりで、何だか心がくすぐったい。

「公爵様こそ風邪引くよ?」

上を見上げればやっぱりそこにはキラキラの瞳が有った。

「クオーレで良い。それに私は風邪など引かぬ」

何だその俺様発言。見た目は柔らかい印象だけど、その物言いはやっぱり王族だ。


「この花の名は何と言う」

「しゃくやく」

「シャクヤクか。良い花だ」

「うん」


その後は何も話さずに二人で花を見ていた。

暖かいブランケットのお蔭か、その上から優しく抱きしめてくれているクオーレさんのお蔭か、一気に睡魔が襲いかかる。

「もう寝るが良い」

「うん」

そのままふらふらしながら来た道を戻り、途中振り返って見たらもうクオーレさんは居なかった。

それを確認して、自分もテレポートでベッドへと飛びそのまま眠ってしまった。




それから数日は普通に過ごし、一週間後の早朝にまた出会った。

「おはようございます」

「ああ、今日も美しいな」

まったくこの人には常識と言う物が無い。人を見れば抱き着くその法則を何とか修正して欲しいと切に願う。

「あ、ブランケット!」

「そなたが使うと良い」

うお、王族、言う事が違うねー。

でもあのブランケットは超が沢山付く程の上級品だと思う。物凄く軽く暖かく手触りが気持ち良い。実は毎晩あのブランケットにくるまって寝ているのはナイショである。

「やった!」

くすくすと頭の上から笑い声が聞こえる。その笑顔を見上げながら私も大きく笑った。


「私はこれから帰路に就く」

「え?帰るの?」

「ああ、この度は楽しかった」

「そっか」

「また会おうぞ」

「うん。気を付けて帰ってね」

クオーレさんは私を離すと、私が抱えていたしゃくやくの花を一本手に取った。

そして私の髪の毛を手に取り口づけを落とし、そのまま少し屈み込んで私の頭の旋毛辺りにもう一つの口づけを落として去って行った。


その後ろ姿を見ながら、不思議な人だったなと思う。

王族然とした雰囲気を持って居るのに、その腕の中は包み込む様に優しい。

例えば、そう例えばお兄さんが居たならこんな感じだろうかと思わせる優しさに近い。

数度しか会って居ないし、その時の会話も数える程なのに、何故か心地良いと思う人だった。



翌日の朝、何時ものようにテラスに出てみると、昨日沢山のしゃくやくの花が終わりを告げた為に、其処は色の無い風景になっていた。

所々に数輪残ったしゃくやくの花も、来週の取り込み時期で終わりを告げそうだ。

それでも綺麗に咲いているしゃくやくの花に向かって「おはよう」と挨拶を告げる。

しゃくやくの葉が低い垣根の様になってテラスを囲んでいるが、その葉は緑色がとても濃くて朝日を受けてつやつやと光った。

その光る葉の中でまん丸い塊がチラリと見える。

顔を近づけて見るとそれはまだ若い蕾の様で、固そうな緑色の葉で覆われていた。

(やったー!蕾だ!蕾だよー!)

じっくりと観察してみれば、その緑色の蕾は至る所に有り、その内の数個は大きく薄いピンク色を覗かせていた。


急いでダナさんの元へ飛び「蕾」報告をすると、ダナさんも一緒に喜んでくれたのだった。





個人的な好みでしゃくやくの花が連日登場しました。

これからも時折出てきます。

作中にも記載しましたが、蕾の状態が大好きなんです。

しゃくやくは蕾の状態が断然綺麗だと思ってます。


変、ですかね?(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ