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12話 ホームシック




「これは何と言う食い物だ」

「日本ではハンバーガーって言います」

厨房から残り物のバケットを一本貰い、その間にバターと辛子とバーベキューソースに似た物を塗り、ハンバーグ(これも夕食の残り物だ)、トマトのスライス、野菜の酢漬けを挟んだだけである。


城の食堂はバイキング方式で、午前10時頃から午後9時頃まで料理が提供されている。

その種類も豊富で、おかずだけでも雄に30種類は常に用意されており、パンの種類も10種類以上、シリアルも5種類程あるし、それ以外に果物も豊富に用意されている。

食材や名称も殆ど変らないから不便は無いが、アレンジが少ないのが残念な所である。


残ったおかずは全て廃棄処分されると知り、勿体無いからハンバーガーもどきを作ってみたのだが、作っている側から消費されてしまい、最後の一本をどうにか持って来たのである。(ここのバケットは一本が60センチ超えで、掌で足りない位の幅がある)

消費したのは騎士隊の騎士達で、遅くに戻った為に夕食に間に合わず、残念そうに帰る所に声を掛けたのが失敗(嫌、喜んで貰えたから成功じゃないか?)だったのである。


「今度はこの倍、持って来い」

「倍で足りるのか?」

指揮官様と副官様に日頃のお礼をと思い作って来た夜食であるが、思った以上に好評だった。



余談だが、この数日後から、夜9時以降の食堂には残り物で作られたサンドイッチやハンバーガー、おにぎり等が並ぶ様になり、深夜0時前には全て無くなるのであった。



「さて、今日は何が飛び出すのかな」

「何でしょうねぇ?お楽しみです」

スマホを片手に、「協会」の建物から出ようとした時だった。

ドン、と人とぶつかり、尻もちを着いた形で後ろに転んでしまった。


「あらぁ~、ごめんなさいね?」

謝りながら私の手を引き立たせてくれたのは、レモンイエローの髪の毛を高い位置で纏め若草色の薄い瞳をした妖艶なお姉さんだった。


「何しに来た?」

「嫌だあ~、最近ご無沙汰だから遊びに来てあげたんじゃない~」

「お前と仲良くした覚えは無いが」

「これから仲良くしましょうよ、ねぇ?」


何だが物凄くエロい会話をしている様な気がするが、その会話が全然頭に入って来なかった。

さっき掴まれた手から直接頭に響いたあの声が、ぐるぐるとリプレイされる。

『何?この女、真っ黒!えー気持ち悪い!あっ、魔女?かえるに変えられるの?でも小さい子だねー?ラッキー!指揮官様だ!副指揮官様も一緒だ!今夜はどっちと遊べるかな・・・』雑多に流れ込む思考に眩暈が起きる。


「大丈夫か?」『顔色が悪い。何処か痛くしたか・・・』

副官様が心配をして、私の肩に手を置いてくれた。と、声に重なる頭へ響く声。

慌てて数歩後ろへ下がり、肩に置かれた手から急いで離れた。

そして慌てて手に持ったままだったスマホを確認してみると、数字の9があった場所には『心』と言う文字が表記されており、青く点滅していた。


「おい!どうした!?」

指揮官様は妖艶なお姉さんを帰らせると、青くなって茫然としていた私に近づいて来た。首を横に振りながら、触って欲しく無くてそのまま後退を続けるが、背中はあっという間に壁に着いてしまった。

そのままズンズンと近寄ってくる怖い顔の指揮官様。そしてその大きな手が私の顔に触れようとした時「バチン」と音を立ててハエ叩きの如く思い切り叩き落とした私の手は、ジンジンと痺れていた。

「何の真似だ」

「・・・・・」

片手を前に出して首を横に振りつづける。近づくなと言いたいが、恐怖のあまり喉から出る音はヒューヒューと言う言葉に成らない物だった。

それでも目が細まり眉間に縦皺を作った怖い顔が尚近づいて来るが、その目の前にスマホを掲げて恐怖で縮こまった声を振り絞り叫んだのだった。

「・・・こっ、来ないで!心が読めるのっ!」



何時もならお休み三秒なのに、その日は眠る事が出来なかった。

『気持ち悪い』か。

あのお姉さんとぶつかった時にアプリに触ってしまったんだろうな。

凄い形相だった指揮官様も副官様も、あの後は何も言わずに帰してくれた。

何も言える訳、無い、よね。(酷い事しちゃったなぁ)

何でこんなアプリが入っていたのかも疑問だけど、彼女のあの思考が本来普通なのかも知れないと思うと、自分の見た目に落ち込みそうになるのだった。


(おねーちゃん、どうしてるかな)愚痴を零す相手が欲しい。

(おねーちゃんの作ったカレーライス食べたいな)激辛希望っす。


色々考えすぎてしまい、翌日は熱を出してしまったのだった。





それから数日後。

「ねえ、ミリー、私が来てから半年になるけど、アルからお兄さんから何か連絡ってあった?」

「いいえ、私の元へは無いです」

「そっか」

「マリアにこそ、来ませんか?」

「ううん、来てない」


私を助ける為に無理し過ぎたのかも知れない。


「マリア、お休みを取りませんか?」

「ん?お休み?この間休んだばっかりだよ」

熱を出して休んだのだが、熱が下がっても食欲が戻らず、結局三日も休んでしまったのである。

「マリアは長期の休暇を取っておりませんよ」

「長期の休暇って?」


9・10月は収穫祭が各地で行われる。

それに合わせて半月から一月程の休みを取る事が出来るそうなのだ。

それは城に勤める者全てが対象で、自分の故郷まで半日で帰れる者も居れば、馬車で五日も掛けて帰る者も居るからなのだそうだ。


「私も半月程戻りますし、ルルも一緒です。ルルの家も家から近いので、マリアも一緒に帰りませんか?」

「ありがとう。ちょっと考えて見るね」


一応私はミリーの家が後見人になってくれている。家族同然と言われていても、一緒に過ごした事が無いから少々不安である。(てか緊張しそうなんだよね)

でも、邪魔じゃ無いかな。それも半月ってさ。長いよ。

ご機嫌伺い程度の三日位居れば丁度良いかも知れないな。

等と、その頃は思って居た。





「マリア、はい、お手紙」

夕食の時に、ルルから渡された手紙は鷲の紋章入りで、指揮官様の執務室で見た事が有る物だった。

「あ、ありがとぅ・・」微妙に語尾が擦れるのは、気のせいと言う事で。

「まだ具合が悪いのかって、皆に聞かれるよ?そろそろ交代しない?」

「あははは、考えておくねぇ・・」やっぱり語尾が・・・。


『気持ち悪い』


会いたいけど、会いたくない。




部屋に戻って、お風呂に入った。

王妃様から頂いたバラの花びらを浴槽に浮かべてお姫様気分を味わって見た。

気持ちを解してはくれるけど、心に溜まるもやもやは簡単に解れてはくれない。


のぼせる程長く浸かった体を、バルコニーの風で落ち着かせる。


と、消灯時間が来たのか部屋の明かりが薄れて行った。


(ずーっとこの世界に居るのかな。一人で。皆、優しくしてくれる。恩返しだと思って頑張らないと。でも、おねーちゃんが居ればなあ。へへっ何時までもおねーちゃんに甘えてられないよね。うん。大丈夫。やって行けるよ。綾香と舞は仲直りしたかな。美千瑠は一人になってないかな・・・)


ぼやっとしていたからか、後ろに立つ気配に全く気が付かなかった。



「ほえっ?・・・あの・・・!?」

後ろから抱きしめられた感じは指揮官様本人だと思う。だってこんなに大きな人を他に知らないし、もう何度もこんな状況に遭遇しているので体が覚えてしまっている。殆どは、魔法アプリの暴走で私を助けてくれる時とかに良くある状況なのだが、たまーにセクハラ状況に近い時もあった。

(でも何故かこの場所って安心なんだよな。妙に落ち着くって言うか・・・)

耳元にかかる息はタバコの匂いがする。でも立ち昇るのはムスクの様な甘い香りにジンジャーを効かせた様な独特な香り。その香に抱きしめられて、またぼーっとしていた私の顔をデカい鷲の指輪を嵌めた大きな手が頬を撫でる。

そして、その手が目尻でぴたりと止まる。

「一人で泣いていたのか」

(バ、バレタ・・・)

頭を横に振って違うと言いたいけど、濡れた頬は嘘を誤魔化してくれそうも無い。


「・・・ごめんなさい」

『心』を落とした時以来、練習場にも、協会にも行って居ない。

再度に渡る手紙も無視して行って居ない。

せっかくの好意で有るのも分かっているし、私の練習に付き合ってくれているのは向こうなのに、指定された日に行っていないのである。


最初は無断ですっぽかすのも気が引けて、きちんと口実を作って断った。(きちんとした口実って何だろうねぇ?)

三度目位までは、断りを入れていたのだけど、それ以降は無断で欠席している状態である。

なんつーか、上司の好意に甘え過ぎだったと思うのだ。


『気持ち悪い』


彼女さんだって、居ない訳ないしね? ははははは




「帰りたいのか」

コクンと頷く。

「もう遅い」

「ふぇっ?」

何のお話でしたっけ?








他人の心って出来れば知らない方がいい事だと思う。

でも、物凄く好きな人とか、喧嘩した時とか、相手の心が知りたくなる事が有るのも事実だよねえ。

カレカノ携帯を盗み見しちゃうのって、それと似たような事なのかもね。

私はしないし、私の携帯見られても困らないし。

メールにはメルマガしか来てないし、履歴も家族のみって、それも悲しいかな・・・(笑)

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