10話 優秀なお針子さん
「サンドラと申します。この度はお召し上げ頂きありがとうございます」
ミリーもルルも目を丸くして驚いている。
それも当然で、サンドラと名乗る女性(?)は50歳。待女服に身を包み、緩いウエーブの掛ったブロンドのショートヘアに耳には大粒なパールのピアス、涼しげな目元に灰色の瞳、少し広がった鼻の下には赤い紅を引いた大きな唇が引き結ばれていたのである。
身長は175センチ程、肌の色は小麦色、どっから見ても女装した男にしか見えない。(
ってか性別は男です)
「イト、と申します。この度は私の様な者をお召し上げ頂き、ありがとうございます」
身長は私と同じ位の155センチ程、少々ぽっちゃりした可愛い女性である。
サンド色の髪の毛はマッシュルーム型で、つぶらな瞳は澄んだ緑色、少し赤みの強いほっぺが大層可愛いく盛り上がっている。可愛いと言っているが65歳だった筈である。
ミリー付きのお針子として私が採用したのが、この二人である。
サンドラは見た目から人を寄せ付けない所を持って居たが、技術はあの中でもピカイチだったと思う。手に持って居たのは小さめのハンカチだったが、それに隙間なく刺された刺繍は見事だったし、自身が着用していたワンピースに施された刺繍も素晴らしかった。
イトはとても可愛いぬいぐるみを持って居た。白ネコのぬいぐるみに黒いドレスを着せた物で、そのドレスは私が着ていたメイド服にも似ていて興味が湧いたのだ。着せていたドレスも当然イトの手縫いなのだが、ミシンを使ったのかと思うほど精巧で、糸目は均一で歪みも無く、布の端や糸の始末もとても綺麗だった。
内緒話だが、王妃様のお針子さん候補にこの二人は初めから除外されていた。
人を見た目で判断してはイケナイと、誰かが教えてあげないと駄目だと思う。結果は後から付いて来るんだよ!
「ミリアム様、此処の糸目はもう少し細かくした方が宜しいですよ。それと、針を斜めに出して此方へ抜くと裏目も綺麗になりますし」
「まあ、サン!流石ですわ!ええ、私もここの部分は気になっておりましたの。教えて下さる方が居て嬉しいですわ!」
ミリーも最初こそ戸惑っていたが、真面目に仕事をするサンと直ぐに打ち解けた。
後にミリーはサン(サンドラ)を師匠と崇めるようになり、二人の刺す刺繍は国内外で最高級と称される作品を次々と作り出して行く事になるのである。
「ルルさんは真面目でいらっしゃいますね」
「そんな事は無いです。少しでも縫物が上手くなればと思っているだけなんです」
「とてもお上手ですよ。そうですね、少しだけアドバイスしますとね、見えない所はそれ程細かく縫わなくても宜しいんですよ。生地が固くなってしまいますからね。見える所だけ綺麗に縫えば上等ですよ。」
「え?それで良いのですか?」
「それで十分です」
イトの縫う洋服は「あ、うん」の余裕が有る。
ぴったりとしたドレスに見た目も綺麗なのだが、着易さが抜群なのである。要所要所に僅かな緩みを付けているらしく、一見窮屈そうな洋服でも動きはスムーズなのである。
この縫い方を伝授されるルルは、後年、王妃のお針子として名を馳せるのである。
その隣で私も縫物に精を出す。
その隣でサンが私の縫った物を解いて行く。
「サン、意地悪」
「曲がっているし、目は粗いし、これでは又直ぐに破れてしまいます」
「ぬーん」
「大体これは何の服ですか?」
「騎士団の練習着。アシュレイに頼まれたの」
ミリーの洋服はサンとイトが縫ってくれるから、私とルルは待女としての仕事を優先出来るようになっている。
それでも暇が出来ると、今までの癖で針を手に持つのだが、どうにも私の腕前は上達せず、サンに指導を受けるのが常になっているのだ。
だから当然ミリーの洋服に手を触れる事が出来ず、暇を持て余す事も増えていた。
そんな時に「協会」へ配達に行ったら、副指揮官のアシュレイが針と糸を手に、大雑把に縫物をしている所に出くわした。
「今まで騎士隊の縫物を引き受けてくれていた待員が国に帰ってしまったんだ」
家族や恋人が居る隊員は頼む人が居るが、そうで無い者も多い。まして針や糸を持ったことが無い者も数多い。
「破れたままよりはいいかと思ってな」
で、余計な事を言ったのだ。
「大雑把でいいなら手伝うよ?」
「アシュレイ様の・・・」
「うん」
サンがアシュレイに「ホの字」なのは知っていたが、手伝ってくれるとは思って居ない。だって、サンはこのお城に通いで来てくれているからだ。それも片道1時間近くも掛けて歩いて来ていると知っていて、無理な事は頼めない。
サンは男であって女である訳で、待女達の居住区には住めないし、騎士でも無いのに騎士隊の宿舎もちょっと問題が有りそうである。
「大雑把でいいって言ってたし、大丈夫だよ」
もう一度薄汚れた服を手にしたが、結局サンに奪い取られてしまった。
「大雑把に縫ってたら切りが無いわ。逆にしっかりと縫い繕った方が長く持つのよ」
騎士の練習着は生地が厚く(柔道着に似ている)多少のほつれでは穴は開かないのだが、修繕せずにそのまま着用していた為、穴が少しずつ広がり、終いには破れたのである。
生地が厚い為針を通すのにも力が居る。(ミシンが有ればなー)
そんな作業をサンはもくもくと容易く熟す。
1時間も経つと、綻びは綺麗に縫い繕われ、何処に穴が有ったか皆目見当も付かなかった。
数日後。
「マリア、また?」
「うん」
騎士の練習着の繕いを一枚終わらせて持って行くと、代わりにまた一枚持たされる。
その度にサンが仕上げてくれる。
そんな事が数日続いた。
また数日後。
「マリア、増えてない?」
「うん」
最近は一枚が二枚になり、二枚が三枚にと増えて行くのである。
「それに、これはどう見てもアシュレイ様のでは無いわよね?」
サンが手に広げているのは、今までの物よりも遥かに小さいサイズである。
「多分、五隊長のジルさんのだと思う」
「・・・・・そう」
サンは少しだけ考え込んだが、直ぐに繕い物を始めたのだった。
その翌日、昨日の繕い物を手に「協会」へ向かう私にサンが一緒に行くと言い出した。
「うえっ?いいよ、来なくていいってばっ!」
「私が行って、困る事でもあるの?」
「うっ・・・こ、困る訳じゃ無いんだけどね・・・」
「そうそう、私も一緒に行っても宜しいですか?」
「えー、イトもー?」
「実は従兄弟が第8騎士隊に所属しておりましてね。まだ挨拶もしておりませんのですよ」
「私、留守番してますよ」
ルルの有りがたい言葉を背に、三人で向かう事になりました。
案内した場所は、騎士隊の休憩室である。
学校の教室四つ分の広さがあり、乱雑に椅子やテーブルが置いて在る。
その隅っこにうず高く積まれた物体がある。
「これ、ね」
「こんなにあったんですね」
「・・・はい」
最初は副指揮官様のお手伝い程度だった。
それを見た指揮官様も持って来るようになった。
それをたまたま見ていた騎士隊の隊長に頼まれ、いつの間にか普通の騎士さんの分も混ざると言う、何かの罰ゲームか!と思わず突っ込みたくなる勢いで増えて行ったのである。
大雑把に見積もっても100着は有りそうです。
私が日本人だから断れなかった訳では無い!
断固として違うと言いたい!
「私達だけじゃ、無理ね」
「そうですわね。ミリアム様に相談してみましょう」
「・・・・・」
おろおろする私は、結局何の役にも立たなかった。
「マリアのお蔭よ」
「もっと早くに相談してれば良かったよ」
「あのタイミングだから良かったのですよ」
「私も一緒に行けばよかったですわ、残念です」
あの後早速ミリーに相談したら驚いていた。
お城では、騎士隊専用のお針子を今まで何度も採用したが、長続きがしなかったと言う話である。
数カ月で結婚、妊娠、が殆どで、そんな時に隊員の中に針仕事が得意な者が居た為、そのままと言う事だったそうだ。
その隊員が退隊し、故郷へ帰った事も知らなかったし、それを知らせなかった指揮官達も大変いいかげんである。
これを機に、城内のお針子達が分担して騎士隊の繕い物を引き受ける事になった。
それが決まるまでの間の数日間、サンは騎士隊の休憩室に寝泊まりをしながら、繕い物をしてくれていたそうだ。
「言ってくれれば手伝ったのに」
「マリアが居たら面倒だもの」
「うーん。確かに」
「くすくす。でもお蔭で寄宿舎の一室を借りられたから、私は嬉しいわよ」
そうなのだ。
遠くから通っているサンの為に、騎士隊の寄宿舎の一室をサンに当ててくれたのだ。
それを決めたのは副指揮官のアシュレイさん。
「変わり者が一人増えるだけだ」
口ではそう言っているらしいが、休憩室で遅くまで繕い物をしてくれた事への感謝の意味らしい。
後々、騎士隊の繕い物はサンが一手に引き受けてくれる事になる。
その分特別手当として付加され、そのお金を元手に開業するのである。
それはもっと先の事。
今現在のサンは騎士隊の寄宿舎で、鍛えられた騎士達に囲まれて大いに喜んでいる毎日なのである。
遅くなりました。
只今改訂作業しております。よくよく調べてみたらテラスとは一階に有る物だと判明し、騎士団を騎士隊に変更したりと細かな所の改訂してました。
さてさて今回はサン(サンドラ)の登場です。
こう云うキャラは大好きで、どうしても出したくなります。名前も何気に昔の作品と被ってしまいましたが、許して下さいね。
本当は読みやすいお話を目指してたんですが、何時もの如く、こんな話も入れたい、こんな人も出したいと欲を出している真っ最中でして・・・
書いたお話のあちらこちらに、切ったり貼ったりしている内に面倒な事になりつつあります。
そんな訳で、少々遅い更新でもご勘弁下さいね。(笑)