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どんまい!

 寝耳に水という言葉がある。

 どうして寝てる間に耳に水が入るのか判らないけど、つまりそれくらいビックリしたよ! ということなのだろう。


「人間が攻めてきただって!?」

 いつも通り平凡な朝が訪れると思っていた僕にとって、そのニュースはまさに寝耳に水だった。


「本当に? 何かの見間違いじゃないの?」

「私もそう思ったのですが……ご覧下さい」


 竜将軍と一緒に魔法の鏡を覗き込む。そこには、大勢の人間が整然と隊列を組んでダンジョンを目指している光景が映っていた。


「人間が一杯だね……」

「ですな」

「おかしいな。ずっと人間と全面戦争になる気配なんて無かったのに」

 むしろ、共存は上手くいっているとさえ思ってた。この間なんてお中元まで貰っちゃったし。

 特に大きなトラブルがあった記憶もないから、目の前の光景にどうしても現実味を感じられない。むしろ、別の目的で集まったと考える方が現実的じゃないかな?


「案外目標はダンジョン(ここ)じゃないのかも知れないね。例えばこの近くでダイコーンの特売をやっていたりとか」

「流石にそれはないと思いますが……」

 竜将軍が苦笑する。


「人間側に何かしら都合があるのかも知れません。何かしらの政変による示威行為とか」

「だとするとなんて迷惑な……」


「面倒であれば、私が吐息(ブレス)で一掃いたしますが」

「将軍のは吐息(ブレス)と言うより光線だよね」

 下手な角度でぶっ放すと彼らどころか射線上にある街まで蒸発してしまう。それはやり過ぎ、やり過ぎだ。

 ダンジョンは構造上多人数で攻略するのには向いていない。だから目の前の光景はそれ程脅威でもなかったりする。バランス良く統率の取れた冒険者のパーティが訪れる方がよっぽど危ないのだ。

 そんな訳で、僕たちは意外とまったりムードだった。


「お? なんか変だぜ」

 一緒に鏡を覗いていた獣将軍が何かに気付いたようだ。


「奴ら、女の方が多い」

「え!?」

 うわ、それはビックリだ!


「獣将軍、人間の性別見分けられたんだ……」

「……それは酷いぜ、魔王の旦那!」

「あはは、ゴメンゴメン」


「……ホントだ」

 よく見ると彼らの男女比がおかしい。正確には判らないけど、七割くらいが女性に見える。この構成で荒事をやるとは思えないけど……っと、何だか鬼将軍の様子がおかしい。


「まさか、人間たちも気付いてしまったでござるか!」

「え、何を?」

「実は女の方が強くて……怖いと言うことを!」

 ……


 あー……うん、そうだね……。

 鬼将軍は最近女性恐怖症気味なのだった。繊細過ぎるのも考え物だ。


「やっほー。偵察から帰ってきたよ!」

 幽将軍の脳天気さを鬼将軍に分けてあげたい。


「しかし魔王様。プロポーズしたんだって、やるね!」

 え?


「何それ?」

「あれ? そういう話になってるみたいだよ? 彼ら、戦いじゃなくて嫁入りに来たみたい」

 な、なんだってーーー!?


「魔王様……いつの間に……」

「いやいや、身に覚えがないよ!?」

 プロポーズどころか恋人すらいたことがないのが僕の自慢なのに。そのまま魔法使いになるのかと思ってたら魔王になっちゃったけど!


 はっ! これは何かの陰謀!?

 モテない魔王に女を紹介することで、何のメリットが……駄目だ、想像出来ない。


「そういうことでしたら、それほど警戒しなくても良いかも知れませんな」

「じゃ、じゃあ俺が魔王の使者として話を聞いてくるぜ!」

 そわそわしていた獣将軍が颯爽(さっそう)と走っていった。将軍なのにフットワークが軽いというか。

 暫くして鏡の中の光景に獣将軍も登場した。人間たちに話し掛けようとするが、皆悲鳴を上げて逃げ惑い相手にしてくれない。そんな追い掛けっこが数分続いた。




「……すげぇ傷ついたぜ」

 しょんぼりと肩を落として帰ってくる獣将軍。

「あいつら、俺の顔見ただけで逃げ出すんだぜ。話くらい聞いてくれたって良いじゃねえか」

 微妙にその気持ちが判るのが切ないなー。


「危険はないようだし、僕が直接話してみるよ。念のため幽将軍も付いてきて」

「オッケー、僕に任せて!」





 きゃー!! 黄色い悲鳴が辺りに響き渡った。

 同じ悲鳴でも、先ほど獣将軍が来たときとは全然違う理由だろう。女たちの視線が幽将軍に釘付けになっている。

 何というイケメン効果。後ろから蹴り倒してやりたい。


「はっはっは。そんなに見つめないでくれよ。照れるじゃないか!」

 幽将軍はここでもいつも通りだ。

「さぁみんな! 十四歳未満の女の子はみんな僕が相手してあげるよ! ついておいで!」

 そう言って軽やかに走り去っていく幽将軍。本当にいつも通りだなぁ。


 流石に年齢制限に引っ掛かったのか、追い掛けた者は居なかった。みんなで呆然と見送る。

 ゴメン、こんな幽将軍で本当にごめんなさい。


「えーと。魔王の遣いです。責任者の方はいらっしゃいますか?」

 一応僕が魔王本人だとは明かさないでおく。幽将軍の幻惑の魔法が掛かっているので、僕の姿は誰の記憶にも残らないはずだけど、念のため。


「私です」

 澄んだ声と共に人混みが割れ、中から小柄な少女が歩いてきた。銀の髪が儚げな、線の細い少女だ。僕が言うのもなんだけど、想像以上に若い。


「エリアと申します。エリア・テンプル。大司教です」

 大司教だって!? 超大物じゃないか!

 それに、聞いたことのある声と名前。でもやっぱりプロポーズなんて記憶にない……。


「そ……その大司教がどうして」

「プロポーズされましたので。ある晩、魔王様が私に『自分のものになれ』とお声を掛けられたのです」

「その、疑って悪いようですが……本当に?」

「はい」

 信じられない気持ちは相手も同じだったようだ。少し自信がない顔をしている。


「……その。神や魔王のような上位存在から『啓示』を受けるときは、具体的なメッセージが伝わる訳ではないのです。言葉の『意味』だけが頭に浮かぶとでも申しましょうか。私たちはその『意味』と、相手に対する認識から『啓示』の内容を読み解くのです」

 ふむふむ。さっぱり判らない。


「エリアである私は魔王様の所有となり、生涯お仕えせよと。そんな『啓示』でした」

「あっ!」


 先日の魔王崇拝者の件か! 神殿を魔王公認にしてしまえと言う幽将軍のアイデアを受けて、彼女にメッセージを送ったんだった。

 確か「僕の管理下に入れ」「こちらの指示に従って貰う」とかそう言うメッセージだったはずだけど、そんな感じに伝わっていたのか!

 ついでに言うと、お中元にハムが欲しいと言ったのに焼き鳥が届いたのも同じ理由か! なんと言うことでしょう! ハムが、焼き鳥に化けたのです!!


「ここに参ったのは私と、私を心配してくれたものたちです。魔王様のお(そば)には私一人で参りますので、是非供のものはお見逃し下さい」

「それは構わないですが……」


 さて、どうしよう。

 プロポーズの件は完全に誤解だ。説得し直す必要があるけど、どうやら間接的な方法では伝言ゲームのように内容が食い違ってしまうらしい。

 直接、魔王として会って話をする他はないか……。


「それではエリアさんはこちらに。お連れの方たちはここで待って頂きます。大丈夫、危害は加えません」

「はい。よろしくお願いします」


 僕が魔王であることを明かすには、人気がない場所が望ましい。

 ダンジョンの適当な場所に案内して、そこで誤解を解いてしまおう。


――☆――☆


「思ったよりも綺麗な場所ですね」

 周囲を見渡しながらエリアさんが言う。彼女なりにダンジョンを警戒しているみたいだけど、冒険者のような慣れた感じはしない。恐らくダンジョンに入るのは初めてなのだろう。


「ここはダンジョンの中でも特に風光明媚な場所ですからね」

 女の子を連れてくるならここかな、と。地下十八階と言えばデートのメッカなのだ。まぁこれはデートではないけれど。

 秘密の話をするのに丁度良い場所だしね。何故か冒険者たちは近付きたがらないし。


 辺り一面に花が咲いている。地下だというのに、天井や壁が発光していて眩しいくらいだ。吹き抜けの空間には小型ながら湖まであって、とても幻想的な景色だ。


 景色に目を奪われている彼女のそばに、一輪の人面花が近付いてきた。


「ねーちゃん、一杯どや?」

「きゃ!? は、花が喋って……!?」

 目を白黒させている彼女のそばに、次々と人面花が集まってくる。


「旨い肴があるさけ、是非食べやぁ」

「虫もたんとあるでよ」

「人間て虫食いよったか?」

「食って食えんこたねーで」

 群がってきた人面花に隠れて彼女の姿は見えなくなった。


 うんうん、女の子が花に囲まれているのは絵になるなぁ。心温まる光景だね。

 でもこのままじゃ話が進まないので彼らには外して貰うことにしよう。


 パンパン、と軽く手を叩く。

「はいみんな、ちょっとその娘と大切な話があるから遠慮してね!」

「あ、魔王どん」

「わがっだっぺ」

 人面花たちは素直に退散していった。可愛いなぁ。


「ま……魔王? 今魔王と」

「うん、僕が魔王」


 目が点になっている。信じられない気持ちは僕も判るけど、これはもう仕方がないと諦めて貰う他はない。

 せめてもうちょっと身長が伸びて筋肉が付けばね。あと髭が生えて声が太くなって威厳のある顔つきになれば言うことはないのだけど。


「最初に結論を言うと、プロポーズの件は誤解だ。神殿との関係改善のための協力を要請したつもりだった」

 意識して口調を変えてみる。

「まさかプロポーズになっていたとは思いもしなかったけど」

 むしろ僕には一番遠い言葉かも知れない。


「……私も少しおかしいとは思ったのですが、魔王様が若い娘を望む理由が他に思い当たりませんでしたので……」

 その魔王に対する誤解こそが僕の本当の敵なのかも知れないなぁ。

 いっそ、彼女ではなく男の司祭とかに連絡を取れば良かったのだろうか。でも魔王(イコール)ゲイ疑惑とか出たらもっと困るし。やっぱり今回の選択は結果的には間違っていなかったとしよう。


 その時、オークのカップルが通り掛かった。


「おや、魔王様」

「やぁ。お腹の子供は元気かい?」

「お陰様でね。母子共に順調だそうでさ。もうすぐポークをお見せ出来ますよ」

「……ポークって何?」

「子供の名前でさぁ」

 あ、そうなんだ。そんな名前付けちゃうんだ……。

「あっしはトンテキが良いと言ったんですがね、こいつがどうしてもポークじゃないと嫌だと」

 オーク族の命名センスはよく判らないなぁ。


「モンスターも、生活してるのですね」

 感慨深げにエリアが呟いた。

「そう。人間たちは気付きにくいけどね。彼らの生活を守るのが僕の仕事だ」

 そしてそれは、人間たちにおける神殿の役割とそう違いはないだろうと思う。


「……判りました。ご協力させて下さい」

「ありがとう」


 それにしても、と彼女は微笑みながら言った。

「神職の女は本来なら結婚出来ないのですよ。だから、魔王様からプロポーズを頂いたと思ったときは少しドキドキしました」

 立ち去ってゆくオークのカップルを眩しげに見送り。

「何だか、モンスターの方が楽しそう……」


――☆――☆


 何となくフラグを折っていたことに気付いたのは、彼女たちが撤収してからだった。

 まぁ彼女とは今後とも良好な関係を築けそうなので良いか。


 本来の目的は達せられた訳だしね。……惜しくないよ?


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