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こんなメッセージは困る!

『……魔王、……魔王よ』

 ん? 何なにー……って!


 危ない、返事をしてしまうところだった。

 街中を歩いているときの僕は魔王ではなくただの善良なイチ市民であるからして。魔王と呼ばれて返事をする訳にはいかないんですよー。


 部下たちにはそのことを徹底してあるので、街中で僕を魔王と呼ぶモンスターはいない。だからこれはモンスターではなく人間からの呼び掛けなのだけど……。


 ラジオの周波数が合って声が届いたようなこの感じ。

 誰かが街中でわざわざ儀式魔術を使っている?


 あまり良い予感はしないんだけど、確かめないわけにはいかないか。


――☆――☆


「ビンゴ」


 声の出所を探して徘徊してしばらく。薄汚れた路地裏に入る手前で僕は呟いた。

 この先から胡散臭い嫌な気配が漂っているのを感じる。これは魔王的な能力によるものじゃなく、小市民的な第六感だ。繁華街の裏通りに入ると自然と小走りになってしまうあの感覚に近い。


 これ以上先に進むのは危険だ。僕の予想が正しければ、これは僕の手に余る。

 単独行動出来るのはここまでかな。


 間違いない。認めたくないけど、これは……


 魔王崇拝者(サタニスト)


 文字通り魔王を信仰する集団だ。

 ここで重要なのは、魔王である僕自身が彼らを認知していないということだ。だって、会ったこともない人たちに崇められても、その……困るし。

 わざわざ神様より魔王を選ぶようなアウトローな方たちとはお近づきになりたくないのが人情だよね。


 でも、問題はそれだけではないのだ。


 彼らは時として僕を口実に生贄を捧げ、悪事を働く。

 彼らの望みを叶える気のない僕にとっては、生贄なんて捧げられても困惑するだけだし、彼らの行った悪事は社会的には全て僕の仕業(しわざ)になってしまう。


『魔王がいるからこんなことが起きたんだ!』

 という訳だ。


 だから、彼らを放置する訳にはいかない。

 世間の風当たりが強くなり、本気で魔王討伐が叫ばれないうちに災いの芽は摘み取っておく必要があるのだ。


――☆――☆


「いっそ、魔王公認の宗教組織をお作りになられては如何(いかが)でしょう」


 急遽(きゅうきょ)謁見の間で開かれた邪教対策本部にて竜将軍が発言する。


「魔王公認?」

 何だかファンクラブみたいな響きだね。ある意味似たような物なのだろうか。


「左様です。問題は我々の名前を(かた)る連中と、我々自身が社会的に同一視されていることです。魔王公認となる組織を作り、これを周知してコントロールすれば……」

「僕たちの意図しない活動は阻止出来るし、非公認の組織が行った犯罪を僕たちとは無関係だと主張できるわけか」


 意外と悪くない手のように聞こえる。流石は竜将軍、伊達に長いこと生きていないね。

 となると、問題は魔王公認となる宗教組織をどのように選定するか、か。


「やあ、今帰ったよ」

 幽将軍が(ほが)らかに扉を開けて入ってくる。


「……早かったね。小さいとは言え一つの宗教施設の殲滅を命じたのに」

 戦闘自体の規模は小さかろうと、前準備や後始末も含めるとそれなりに手間の掛かる作業を命じたはずだった。

 前回の会議で居眠りをしていた罰である。


 ちなみに、フタバコマチ暴走の責任を取って鬼将軍は現在トイレ掃除中である。彼の責任ではないと言ったのだけど、根が真面目だからなぁ。

 便器を磨くことで彼の気が休まるなら、まぁ、良いか……。


「なぁに。僕くらいになると、この手の作業は朝飯前に終わってしまうものなのさ。何せ、邪教の本拠地の所在を手紙に書いて、神殿のポストに投函するだけだからね!」


 その手があったか!

 流石は幽将軍、手抜きの才能が半端ないな! アンチエイジングが面倒臭いという理由で真祖になっただけのことはある。


「人間の相手は人間が一番さ。きっと僕が手を下すよりもよっぽど徹底的に彼らはやってくれるよ!」

「違いねえ」

 獣将軍がうんうんと頷く。難しい話題が続いたので発言する機会がなかなか見付からなかったのだろう。久々に会話に参加出来て嬉しそうだ。


「で、どうするんだ魔王の旦那。手頃な組織のアテはねぇのか?」

「それなんだけど……」


 これはこれで悩ましい話題だ。既存の魔王崇拝者たちは軒並み退治してしまったし。


「流石に我々に宗教組織を(おこ)す体力はありませんな」

 第一、モンスターが勧誘してホイホイ付いてくる人間がいるとも思えない。ノンケでも食われてしまいそうだし。


「となると、未出の宗教組織を探さないと駄目な訳だけど……どうせ探すなら何か希望はある?」

 一応聞いてみる。


「世間の不評を買うような組織は駄目ですな。むしろ無償奉仕でもして我々のイメージアップを図ってくれると有り難いのですが」

「ちゃんと俺たちの言うことを聞く従順さがねえとな」

「僕は可愛い女の子が居るところが良いね! おっぱいが小さいと最高さ!」


 一部好き勝手に言っているが、(おおむ)ね合理的な意見だ。

 僕たちに外部の組織を管理する体力がない以上、ある程度放置していても大丈夫な必要がある。

 つまり活動理念として世間と敵対しない内容を掲げていること。そして、いざというときはこちらのコントロールをきちんと受け容れること。女の子に関しては……まぁイメージ戦略的に有効か。幽将軍の発言は単なる趣味だろうけど。


 そんな都合の良い存在があるかなぁ。


「んん? 悩むほどのことじゃないと思うよ? 僕にはちゃんと心当たりがあるからね」

「え!?」

「ほう」

悪魔崇拝者(サタニスト)たちの中から探そうと思うから難しいんだよ。世間的に認知された集団の中から適当に選んで、勝手に魔王公認にしてしまえば良いのさ」


 成る程! 流石は幽将軍。発想を転換させたら右に出る者が居ないね!


「例えば……」

 幽将軍が僕の耳元でボソボソと(ささや)く。

「彼女なら連絡も取りやすいしお薦めだよ!」


――☆――☆


 虫の知らせとでも言うのだろうか。少女には今夜何かが起こりそうな予感があった。

 強大な意識が自分を探しているような感覚。四年前、神からの啓示が降りてきたあのときに似ている。


 ふと窓を見ると、月明かりが部屋に射し込み周囲を銀色に浮かび上がらせていた。

 幻想的な夜だった。


 いつの間にか虫の声も聞こえなくなり、息の詰まりそうな静寂が辺りを満たしていた。

 そして彼女は人ならざる者の意識に触れた。


『エリア。……エリアよ』

 この声は……魔王!? 間違いない、この圧倒的な存在感、そしてこの恐怖!!


 直接魔王を目にした訳ではない。直接声を聞いた訳でもない。

 ただ意識に触れ、イメージのみが伝わってくるだけなのにこの威圧感はどうだ!


「ま、魔王様……この(わたくし)に御用でしょうか」

 声が震えるが気にしてはいられない。それよりも返答を間違えて逆鱗に触れることこそが恐ろしい。


『我が要求を伝える……』

『エリアよ……貴様を我のものとすることにした……』

『我のために生き、我のために死ね』


「ま、魔王様。それは……」


『貴様は、我のものだ』


 それはもう、聞き間違えようもなく。


「エリア様!」

 異常の気配を察知したのか、従者たちが部屋に飛び込んでくる。

「……エリア様?」

 放心する彼女を見かねた従者が声を掛けると、エリアは呆然と呟いた。


「魔王に……プロポーズされました」


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