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彷徨える魔王

 大魔女アラクネ。

 千年の永きに渉り異邦の世界に君臨する、全ての英知と魔導を操る究極の魔王。

 魔王初心者の僕からすれば、同格とは言え大先輩にあたる存在だ。


 そんな彼女が、僕の目の前でハンバーグを食べている。


「つまりお主のダンジョンには華がないのじゃ。あ、これ美味いの」

「朝市で仕入れたばかりの新鮮な何かの肉ですからね。お口に合ったようで良かった」


 いきなり空間に穴が開いて幼女が出てきたときには驚いたけど、その幼女が大先輩の魔王だと知って更に驚いた。

 この見た目で千年以上生きてるって、魔女って凄い。

 初対面の相手に食事をたかる剛胆さに関しては、驚くよりも魔王らしいと僕も見習うべきなのだろうか?


 そんな訳で、食事をご馳走しつつ魔王の心得なるものを大先輩からご教授頂いている最中である。

 ちなみにもう七品目だ。こんな小さな身体の何処に入るのだろう。


()ですか? 自慢じゃないですが、僕のダンジョンは()で一杯ですよ」

 ダンジョンの一角を思い出しながら言う。

「地下十八階ですが、冒険者の衣類に付いて運ばれた種子が芽生えたようで。土壌が合ったのでしょうね、今では立派な人面花の群生地になっています」

 あの光景は一度見たら忘れられないと大好評なんだよね。ふふん。


「う。いや、その()ではなくてじゃな……」

 違ったらしい。


「コンセプトと言うかの。例えばこのダンジョンの売りはなんじゃ?」

 このダンジョンの売り? いきなり聞かれても難しいなぁ。

 えーと……街からそれほど離れていないから買い物には不自由しないよね。地下にあるので陽当たり良好とは言えないけど、地下水とかは潤沢にあって……


「み、水が美味しいとか?」

「ミミズが美味しいじゃと!?」

 アラクネは食事の手を止め、凄く嫌そうに食べかけのハンバーグに視線を向けた。


「お、お主……まままさか」

「いやいやいやいや、それは都市伝説です!」

 ……実話じゃないよね?


「…それなら良いが。それはそれとして何か食べるものはないかの」

 ハンバーグ以外の料理を出せと言うことかな?


 ……


「例えば儂のダンジョンじゃと魔法特化がコンセプトと言うことになるの。魔王である儂自身も魔女じゃし」

 チキンライスをスプーンで口に運びながら言う。


「ダンジョンが魔法特化じゃと、人間たちは抗魔の術を研究するようになる。ダンジョンから得られる戦利品も魔法に関係した品ばかりじゃ。(おの)ずと、その世界では魔法文明が発達することになる」

 「あるいは」とアラクネは思い出しながら続ける。

「ダンジョンに機械兵を配置していた魔王もおったな。そっちでは機械文明が発達しておったわ。電磁バリアとかライトセイバーとかアレはアレでアリじゃと思った」


 成る程。ダンジョンの傾向が世界の文明に影響を及ぼすのか。

 これは思ったよりも責任重大かも知れない。


「大抵は魔王が元いた世界から着想(インスパイア)した内容になるの」

 スプーンをクルクルと回す。行儀が悪いけど見た目が幼女なので何故か微笑ましい。


 元いた世界かー。懐かしいな。

 魔王とか魔女とかアニメや漫画の中だけだと思っていたね。そう言えば完結していなかった漫画の続き、どうなってるんだろうなぁ……。


 久々に郷愁に駆られて、昔見ていたアニメなどを思い出してみる。


 例えば学園祭。仲良しグループで何か模擬店をやろうとか言う話になって。ヒロインがドヤ顔で「メイド喫茶やるわよ!」とか言うんだよね。


 メイド喫茶。メイド喫茶かぁ。

 メイド喫茶……メイド……メイドダンジョン!


 そのとき僕の頭にインスピレーションの神が降りた気がした。


 そう、ダンジョンのモンスターがメイド服を着ているってのはどうだろう。

 メイドさんとダンジョンの夢の共演だ。きっと他所にはないオリジナリティ溢れるダンジョンになるに違いない。

 そのうちメイドさん目当てに冒険者が通うようになって……


「お前今日の目標はどうよ?」

「今日はキャサリーンちゃんを斬るんだ!」

「お、良いねぇ」

「俺はあと三人メイドさんをやっつければ良い装備が買えるんだぜ!」

 みたいに会話も弾み……


 最深部では僕と魔将軍たちがメイド服で待ち受ける!!


「魔王様の手を煩わせるまでもねえ。こいつらはこの俺様が片付けてやるぜ!」

 エプロンドレスから見え隠れするスネ毛も眩しい獣将軍が冒険者相手に啖呵(たんか)を切る!


 ……

 ……

 ……無いね。


 完璧に無いわー……。


 インスピレーションの神は降りた気がしただけだったね。

 やっぱりいきなり名案は思いつかないかー。


「ま、お主は魔王になって日も浅いしの。おいおい考えていけば良いじゃろ」

 パンにバターを塗りつつアラクネは言った。……って、まだ食べるの!?


「あの……お腹は大丈夫ですか?」

 思わず聞いてしまった。だってどう見ても尋常じゃない量を食べてるし。


「大丈夫とは何がじゃ?」

「いえ、お腹が」

「腹がどうした?」

「ですから、大丈夫なのかなって」

「えっ」

「えっ」

 あれ? こんなに難しい話題だったっけ?


 突如、空間に穴が開いた。僕にとっては本日二度目の怪現象だ。

 穴の中からは魔女姿の若い女が出てきた。アラクネの関係者だろうか?


「あ、アラクネ様こんなところに来ちゃってたんだ」

「おや、リズか」

「リズじゃなくてアンナですよアラクネ様」


 アンナさんは僕の方を向いて苦笑した。

「ごめんなさい。うちの魔王がご迷惑をお掛けしちゃって」

「いえ、それは良いんですが……」

「アラクネ様って、もうお歳じゃないですか。ここ二百年ほどボケて来ちゃいまして……」

 うわぁ……スケールの大きなボケだなぁ。

 アンナさんも痛ましげな顔をしている。

「トイレに行くつもりで別の世界に行っちゃったり、見ず知らずの方にお説教したり大変なんですよ」

 まさかトイレのつもりでここに来てたの!?


「ほら、アラクネ様。私たちの世界はここじゃないですよー」

「お、おぉ?」

 アラクネは手を引かれるまま穴の中に入っていく。


「ニナや、ご飯はまだかのう」

「だからアンナですってば、もう。ご飯なら先ほど召し上がったばかりでしょう?」

「……」

「……」


 どんどん会話の声が小さくなり、穴も閉じてしまった。


 呆然と見送るしか出来なかったけど。

 まぁ、経過はどうあれ大先輩から話を聞くことが出来たのは収穫だった……んだよね?


 でも。


 魔王がボケて徘徊してるってのは怖いね……。


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