愛のある作戦
ダンジョンの最奥、謁見の間は珍しく賑わっていた。
竜将軍、黄金の竜王レイドス=ブラッキオ。
獣将軍、百獣の王ライレオン。
幽将軍、真祖アルカード。
鬼将軍、百鬼長ワラシドウジ。
魚将軍、深海の主ハイギョーン。
そして僕、魔王こと最上真生。
魔王軍の誇る最高幹部たちが集まり、現在とある事柄について会議しているのだ。
ビチン! 水を張ったタライの上でハイギョーンが跳ねた。
「で、その噂は本当なのか」
竜将軍が静かに確認する。長寿の種族らしく老熟した穏やかな口調だ。
「おう。俺の部下が街で聞いたぜ」
獣将軍が応える。
彼の部下の中には人間にペットとして飼われているものもいて、こうして人間側の情報が入ってくることがある。
「……」
幽将軍は先ほどから沈黙を保っている。
「……捨て置けぬでござるな」
鬼将軍が物々しく発言した。
「それが誠であれば、無用な人死にが出るでござろう」
「それは、我々の本意ではないな」
「おう」
「……決まったね」
聞き役に徹していた僕も、意見の一致が見られたので口を開く。
「じゃあ具体的な対策に移ろうか」
――街の子供たちがダンジョンで肝試しを企んでいる――その話を運んできたのは、その子供の飼っていたワードッグだ。
幾ら低階層では危険が少ないとは言え、流石に子供たちだけで潜り無事に帰ってこられるほどダンジョンは甘くはない。怪我をする程度なら良いが、迷子になって全滅することすらあり得る。
そうなると僕たちの寝覚めも悪いし、最悪魔王討伐のパーティーが本気で編成されるかも知れない。
それだけは避けなければならない。
「恐ろしげなモンスターをけしかけて驚かせ、逃げ帰らせるのはどうだ」
「ほう。面白そうじゃねえか」
「……」
「うん、良いと思う。じゃあ誰にその役をやらせよう」
「私の部下は無理だな。低階層の通路にはそもそも身体が入らないだろう」
「俺の部下から適当に子供好きを見繕うから使ってくれ」
「……」
ビチン! 水を張ったタライの上でハイギョーンが跳ねた。
うん、魚は無理だね。
「フタバコマチにやらせようと思う」
!?
鬼将軍の発言に、場が凍り付く。
「フタバコマチって誰?」
隣にいた竜将軍に聞いてみる。
「鬼族の女は早熟の傾向が強く、年少にて夫を迎えることも少なくないと聞きます」
他の将軍たちが説明を引き継ぐ。
「だが、いつまで経っても相手が見つからねえ奴もいる」
「彼女もその類でござるな。婚期を過ぎてからの迫力は泣く子も黙るほど。まさに今回の件に打って付けの人材でござろう」
「俺、あの鬼女にだけは遭いたくねえぜ」
「私も出来れば遠慮したいな」
「拙者ストレスで禿げそうでござる」
「……」
恐れられてるなぁ。これは逆に楽しみになってきた。
「じゃ、次に子供たちに潜入して引率する係を決めようか。人間っぽい見た目で子供たちに混ざっても違和感のない者に心当たりはある?」
「……」
「……」
「……」
あれ? 何故みんなこっち見てるのだろう。
ビチン! 水を張ったタライの上でハイギョーンが跳ねた。
「……」
って幽将軍、さっきから静かだと思ったら寝てる! 寝てるよこのおっさん!?
――☆――☆
「魔王さま、ご機嫌麗しう」
「うん、ご苦労様」
興味本位で噂のフタバコマチ女史を呼び出してみた。
こうして見ると、少しトウのたった普通のお姉さんという感じだ。額に角がなければ、人間に混ざったとしても判らないだろう。
「君の役目は判ってる?」
「はい、お客人を可愛がれば宜しいのですね」
可愛がる……ある意味可愛がるか。モンスターらしい言い様だね。
「くれぐれも傷つけないように」
「心配ご無用です。わたしは尽くす女です故」
うーん……将軍たちが恐れるほど怖い人には見えないんだけどなぁ。
「ではここで、意気込みを一つ」
「素 敵 な 旦 那 を 見 つ け て 幸 せ に な り ま す ! ! ! ! ! !」
うわ、ビックリした。
今回の作戦では子供好きな獣人が多数参加することになっている。彼らのうちの誰かを捕まえようということなのだろうか。
「……目的を忘れないようにね」
「はい! 頑張ります!!」
実に良い返事でした。
――☆――☆
「おうお前ら! 準備は良いな!」
リーダー格の少年が大声を上げる。
肝試し決行の日である。辺りは既に暗く、街を出歩く人影も少ない。
「実は今回ゲストがいる。友達がいねーようだから連れてきた、マオって奴だ! 変な名前だけどみんな仲良くしろよ!」
子供の発言はナチュラルに胸を抉るね。泣きそう。
「マオです。よろしく」
「おう、よろしくな!」
「じゃ行くぞ!」
闇に紛れてダンジョンの入り口まで来た。
「この時間は見張りが交代でいないんだ」
へぇ、意外と勉強になるなー。
「がぉーッ!」
「わぁッ!?」
「へっへっへ、喰っちまうぜ!」
「ぎゃーーーー!」
「ハァッ! ハァッ!!」
「アッー!」
獣人の皆さんもノリノリだ。意外と演技が上手くて様になっている。
子供たちも元気に悲鳴を上げていて非常に楽しんでくれているようだ。
さて、そろそろかな。
この辺りで真打ちのフタバコマチ女史が登場してくるはず。
今夜一番の恐怖と共にグランドフィナーレと行こう。
ドドドドドド……
ん?
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
足音が凄い勢いで近づいてくる。
女史もノリノリだね! これは期待出来そうか?
「男 の 子 ぉ お お お ー ー ー ー ! ! ! !」
「わぁッ」
「ぎゃあぁッ!」
「ぎ ょ え ぇ え ぇ ぇ え ぇ え ー ッ ! ! !」
みんなで悲鳴を上げる。
よく見たら獣人たちも一緒に悲鳴を上げている。
とてもお見せ出来ない面相で駆け寄ってきた彼女は、速度を殺さないまま凄い勢いで通り過ぎていった。
「な、何だったんだ……」
判らない。けど僕たちが何かとてつもない恐怖体験をしたことだけは判った。
「!? リーダーがいない!!」
「え!?」
リーダー格の少年の姿が消えていた。状況から見て彼女が攫っていったのだろう。
何故。彼女は何を考えて……
『素敵な旦那を見つけて幸せになります!!!!!!』
獣人ではなく子供が狙いだったのか!!
――☆――☆
人間とモンスター、双方の必死の捜索にも拘わらず少年は見つからなかった。
それでも大事にならなかったのは、夜のダンジョンに子供たちだけで入ったのが自業自得だったこと、そして無謀の割には行方不明一名という結果が軽微な被害だったことが挙げられる。
そして何より。
「俺たち、結婚します」
数日後に両親の元へと届いた一通の手紙。
そこには満面の笑みを浮かべた女と、顔中キスマークだらけで照れ笑いしている少年の絵姿が同封されていたという――。
めでたしめでたし。