プロローグ
「あ。こんなところにゴミが落ちている」
おっと、独り言が漏れてしまった。
一人暮らしだとアレだね、独り言が増えていけないね。誰が聞いている訳じゃないんだけど、変な口癖が付いてしまって本番でうっかり口をついて出てしまったらどうしよう、とか。
思ったりもするのですよ。
まぁ、当分誰も来る予定はないんだけどねー。
とは言え、最近の冒険者たちはマナーが悪くていけないね。
ゴミをポイ捨てしちゃ駄目とか、親御さんから習わなかったのかしら。
あまりに酷いようだと、入り口に看板でも立てなきゃ駄目なのかなぁ。でもさ。
「ゴミはくずかごに」
とか、ダンジョンの入り口にあっても微妙だよね。景観を損ねるというか。
そもそもくずかごのあるダンジョンってどうなのさという話だし。
とすると、やっぱり僕が頑張らないと駄目なのかー。
待てよ? 掃除をモンスターにやらせるというのはどうだろう?
犬だって仕込めば芸くらいはするし、盲導犬なんて下手な人間より賢いからね。
モンスターにだって、賢い種族がいるに違いない?
そんなことをつらつらと考えながらも、僕は休まずに掃除を続けていく。
作業自体は単純だからね。
ゆっくりと、でも着実にダンジョンは綺麗になっていく。
日課の掃除を終えたあと、僕は最上階の自分の部屋で、ここに来ることになった経緯を思い返してみた。
――☆――☆
「君、死んだから別の世界で魔王になって貰うよ。あ、わし神様」
「え!? 別の世界? 魔王? ……って、僕死んだんですか!? あ、僕 最上真生と申します」
しがないサラリーマンです。いや、「でした」って過去形になるのかな?
出先でタクシーに乗っていたはずだったのだけど。運転手が酔っ払ってて電柱に衝突したのだった。
そっか。僕死んだのかー。
仕事したり、ご飯食べたり、うんこしたり。
仕事したり、ご飯食べたり、うんこしたり。
仕事したり、ご飯食べたり、うんこしたり。
特に実りのある人生とは言えなかったけど。妻子どころか彼女もいなかったけど。
いざ、終わってしまうと寂しいものなんだなぁ。
「で、転生っていうの? それ、やって貰うから。異世界への転勤みたいなものなんじゃねー」
うわー。判りやすい。
魔王のお仕事は、ダンジョンの管理。迷宮を維持し、たまに模様替えを行い、モンスターを飼育し、勇者に向かってガハハと笑う。
尤も、勇者が現れるのは最期になる。誤字じゃないよ?
大抵の冒険者はダンジョンの浅い階層をウロウロするだけだ。モンスターを狩り、ドロップ品を売り捌いて生計を立てる。
冒険者はそうして生活の糧を得る。モンスターは不運な冒険者を食べて繁殖する。
世の中はこうして廻っている。共生関係という奴だ。
でも、たまに空気の読めない冒険者がダンジョンを踏破して魔王を倒してしまう。こうした冒険者が勇者と呼ばれることになる。
魔王はいわば世界のシステムを運営する裏方のような存在だ。
その世界で生活する人々は、ダンジョンがどうやって維持されているかなんて考えることはない。
ダンジョンがどのように秩序を保たれているのかも、どうしてモンスターがダンジョンの外に出て人々を襲わないのかも、考えることはない。
そうした人々の常識を壊さないように、魔王になる人間は別の世界から招かれる。
「君が生まれて、『まお』って名前を付けられたときにわし、思ったんじゃよ。『もう次の魔王はこいつでいいや』って」
「うわぁ。なんて投げやりな……」
生まれたときから定まっているもの。
人、それを運命という。
運命なら仕方がないかぁ。
こうして、僕は魔王になったのだった。
――☆――☆
「ふぅわははー。よくぞきたな、ぼうけんしゃよ」
姿見の前でポーズを決める。思いっきり偉そうにふんぞり返ってもみる。
棒読みなのは勘弁して貰いたい。だって前世はサラリーマンだったもの。
演技の経験なんて、小学生の頃に街路樹Bとかやったきりですよ。
いざというときのために、こうして毎日練習を欠かさない僕である。
何しろ、相手からすると命懸けの大舞台、これまでの冒険の集大成だ。僕がうっかり台詞を噛んじゃったりしたら、それだけで色々と台無しになってしまう。
しかし……。
こうしてみると、僕って可愛いなぁ。
あ、ごめん。ナルシストってわけじゃないんだ。ただ……ね。
姿見に映った僕の姿を見る。
小柄な体格に、きわめつけの童顔。ひげどころか、すね毛だってあまり生えてこない。
就職活動のためにリクルートスーツを着た僕に向かって母が、「七五三か!」と大笑いしたことも今となっては懐かしい。
そんな僕が魔王の装束を着ても、よくあるアニメのコスプレをした子供って感じにしかならない。
威厳とか、禍々しさとか、身長とか身長とか。本番までにはどうにか……なるといいなぁ。
パチパチ。
家計簿を付ける。この世界にはパソコンなんて気の利いたものはないから手計算だ。多少ソロバンの経験もあるので、こんな音を出しながら計算している。
大して得意じゃなかったけど、どうせこの世界で動く数字なんて桁が限られているので何とかなっている。
計算しているのは、お金とか、モンスターの数とか、餌の在庫とか。
魔王がお金なんてと思うかも知れないけど、食費とか衣装代とか、モンスターの餌代とか。出費は結構馬鹿にならないのだ。いざ冒険者に倒されたときに、宝物庫が空っぽでは格好が付かないのでそれなりに貯め込んでおかないといけないしね。
モンスターは放って置いても勝手に殖えるけど、たまに神様が「こんなモンスター考えたんぢゃけど」とか言って適当にダンジョンに放り込んだりもする。
餌は僕が定期的に買い出しに出掛けている。まさかバイトを雇うわけにもいかないので、モンスターの飼育は魔王の大事な仕事の一つだ。
それらの繰り返しで一日が終わる。基本的には孤独な仕事だ。
でも、帰宅して部屋の真ん中で丸まっているドラゴンロードの幼生を見ると、ほっこり和んだりもする。
……独りっきりなのは前世でも変わらなかったし。
たくさんのモンスターに囲まれて暮らしている現状は、もしかすると幸せなのかも知れないな。
そう、思えるようにもなってきたんだ。