2 遼・ヒーローになりたい②
ある日、前にまもるくんにからかわれていた女の子が泣いていた。みんなが女の子を取り囲む。
「ぴょんたんが、いなくなったあ」
みんなに事情を聞かれていた女の子は号泣しながらそう答えた。
「何してるんだ」
その時まもるくんが、みんなを押し分けて輪の中にはいってきた。
声を聞いた女の子が顔をあげて、まもるくんにつかみかかる。
「まもるくん、ぴょんたんを隠したでしょう。ぴょんたん返して!返して!!」
いつもか弱く泣いてばかりだった女の子が、すごい勢いでまもるくんに詰め寄る。
僕も驚いたが、恐らくまもるくんはもっと驚いていただろう。
「ぴょんたん、っていつも持ってるうさぎの人形か。なんだか知らねえけど、俺じゃねえよ」
まもるくんは困った顔をしていたが、女の子は「返して」の一点張りで、まもるくんが隠したものと信じてしまっているようだ。
でも僕は違うと思う。
まもるくんは意地悪をして喜ぶどうしようもない部分もあるけれど、陰でこそこそ人形を隠すようなせこい人間ではないからだ。僕のしっているまもるくんはそんな卑怯者ではない。と思う、たぶん。
結局先生がきて女の子をなんとかなだめてその場は落ち着いた。
しかしうやむやになってしまったせいで誤解が解けずに、みんなは疑惑の目でまもるくんを見ているようだった。
まもるくんはずっとやっていないと言っていたが、日ごろの態度が悪すぎるのだ。みんなまもるくんの言葉を信じきることができない。
ぽつんとしているまもるくんに、僕は近づいていった。
「僕、まもるくんのこと信じるよ」
僕がそう言うと、まもるくんは少し目を潤ませた。
「ありがとよ」
まもるくんは無理やり笑って、立ち上がった。
「どこに行くの」
「ぴょん助を探しに行くんだよ」
今はみんなで畑いじりをしている時間なのに、先生の目を盗んで抜け出そうというのだ。可能かもしれないけど、いいことではない。
しかし駄目だよ、と言う間もなくまもるくんはすばやく動き遠くに行ってしまった。
僕ははらはらしながら時間を過ごしていたが、先生が気が付く前にまもるくんは帰ってきてくれた。
「もう、まもるくん駄目だよ!」
僕は先生の代わりにまもるくんにこういった場合に誰が迷惑な思いをするかだとか、どんな危険があるかだとか、過去にどういうことが起こっただとか、くどくどと言って聞かせた。
我ながらめんどくさいことをしてるなと思うが、そもそもまもるくんのこういう周りのことを考えない性格が、先ほどの疑惑の種のような気がしたので言わずにはいられなかった。
めずらしく、まもるくんがしゅんとして僕の話を聞いていた。
全部話し終ると、まもるくんがしっかりとうなずいた。
「わかったよ、心配かけてすまなかったな。……ところでひとつ、お前にお願いがあるんだ」
まもるくんは真剣な顔をするので、僕は少しびびってしまった。嫌な予感がする、きっとろくなことではないだろう。
「これ、あいつに渡してほしいんだ」
まもるくんはおなかからうさぎのぬいぐるみを取り出した。こいつがぴょん、なのか。
「俺、朝にあいつが遊ぶ前にこれを脇に置いたのを見てたんだ。遊んだあと取りに行くだろうと思って気にしてなかったけど」
実はな、と気まずそうにまもるくんが話し出す。
「なんでそれ言わなかったの」
ちゃんとみんなにも言えば、あんな思いをすることもなかったのに。
「あんだけ騒いでて、あいつが忘れてただけなんて、あいつが恥ずかしい思いするだろ。まあ、俺様はどう言われてもかまやしねえ。お前は信じてくれたみたいだしな」
まもるくんがはにかんで見せた。
「だからお前が見つけたふりして、渡してやってくれよ。その方が、あいつ、喜ぶからさ」
僕は猛烈にくやしくなった。まもるくんの手柄をとるようで僕はいやだったし、きちっと発表してまもるくんの汚名を晴らしたい。
「やだよ、まもるくんが渡すべ……」
そしてまたもやまもるくんは話の途中でいなくなるのだった。
しばらくして、女の子が走ってこちらにやってきた。
「遼くん、ぴょんたんを見つけてくれたって、本当」
目を輝かせてこちらを見てくる。僕の手の中にはうさぎの人形。ため息のでるような状況だった。
僕は無言でうさぎを渡した。
「ありがとう!」
女の子はうさぎを抱きしめた。忘れてしまったものの、大事な人形だったのだろう。よかったけどどうしたってまもるくんのことは気になる。
「あのさあ、それ見つけたのは僕じゃなくてまもるくんなんだよ。君は誤解してるみたいだけど、まもるくんは人形を隠すような悪いやつじゃない。いつも君に色々言うのは……その……照れ隠しみたいなものだから。素直じゃないまもるくんの代わりに僕が謝るよ。ごめん。あのさ、ほんと、まもるくんは良いやつだよ。…………それだけ」
女の子は黙って聞いていた。
ぼーっと僕を見てくるので、僕はい居た堪れずその場を去った。
女の子はあくまでもまもるくんをかばう僕を、呆れていたのだろうか。まあ別にいいや、どう思われても。
後でまもるくんには人形を渡したということだけ話した。余計なことを言うなと言われるだろうから、僕が女の子にした話は黙っていた。
「そうかそうか、ご苦労だったな」
まもるくんは僕の背中を強く叩き、大きな声で笑った。あんなことがあったのにいつも通り陽気で強気だった。僕が呆れていると、まもるくんは宣言した。
「遼、よく聞け!」
珍しく名前を読んだ。
「俺は今日から正義の味方になる!」
そう言ってまもるくんはまた大きな声で笑った。