1 遼・ヒーローになりたい①
僕は、ヒーローになりたかった。
僕がまだ六歳くらいの幼い頃。その頃の僕はまだ何も知らない、まっすぐで純粋な子供だった。
だから通っていた幼稚園で女の子が男の子三人にからかわれて泣いているのを、なんの恐怖もなく止めに行くことができたのだろう。
女の子が男の子三人に囲まれて泣いていた。
男の子ははしゃぐように「ちゅるちゅる~変な髪形~」とメロディーをつけて女の子の髪形をからかっていた。
女の子は髪を二つに結んだ髪をくるくる巻いている、とても可愛らしい子だった。
気を引くために意地悪を言っていたのかもしれないが、僕にそんなことわかるわけがなく、ただただ涙を流す女の子がかわいそうに思えた。
「やめろよ。かわいそうだろ」
僕は泣いている女の子の前に立ち、後ろにいる女の子を両手を広げて三人からかばった。
男らしく間に入ったのはいいが、今度は僕が女の子の代わりに囲まれてしまった。僕はけんかなんてしたことがない。
「なんだよおまえ」
先ほどの女の子に対しては口でからかう程度だったのだが、相手が僕となると容赦ない。
三人は「~蹴りぃ」だとか「~波っ」だとか「~ビーム」だとか技の名前を口にしながら僕に襲い掛かった。
僕は生まれて初めての暴力に抗う術も知らず、うずくまってやられるがままだった。
それは実際には五分もしない小競り合いで、僕は日常で負うような少し擦りむいた程度の怪我しかしなかったのだが、僕にとってはそれでも十分恐ろしかった。
「もういいや。おまえよわいなあ」
リーダーのまもるくんはやられっぱなしで無抵抗の僕に呆れて、その言葉にも僕は傷ついた。
その後、弱いながらも飛び出した僕を気に入ったらしく、まもるくんは僕にしつこく構うようになった。
僕は友達がいなかった。幼いながらも人づきあいが苦手だった。みんなで遊ぶような時でも、強制でなければ一人で遊んだ。
すみっこで、いかにうまく石を安定して高く積み上げるか、落ち葉の形の違い研究、恰好良い砂の城の建築などなど、一人でも割と楽しくやっていた。
僕は、知りたいことや行動した結果を、一人で突き詰めて考えるのが好きだったのだ。
他の人間がいたら「こうした方がいい」と言って手を加えて、僕が苦労して作ったものを買えたり崩したりする。僕は目の前で壊されていくのを放心状態で見ていくだけだった。
一人がいい。一人は面倒くさくない。それが幼い僕がだした結論だ。
でもまもるくんはガキ大将でやんちゃで迷惑な子供だったが、僕の邪魔をすることはなかった。見てるだけならいいか、と僕は思った。一人でいることを頑固に守りたいわけでもないわけでもない。臨機応変というやつだ。
まもるくんはよく、何かやっている僕の周りを興味あり気にうろついた。
「おまえ、何やってるんだ?それはどうなるんだ?なんでそんなことやってるんだ?」
質問攻めも、嫌ではなかった。
「これはね」
そうやって説明していると考えがまとまってすっきりしたし、自分がすごいことをやっているという気分になれた。まもるくんが大げさに感心するからだ。
「へええ、おまえあたまいいなあ。すげえ」
「へへ」
腕を組んで感心するまもるくんに僕は得意げに笑った。褒められるのは嫌いじゃない。
「けんかはよわいけどな」
まもるくんは調子に乗る僕をからかうように、笑いながら軽くパンチをする。僕も笑ってそれを受ける。
「がんばれよ」
そして僕の背中を叩き、まもるくんは友達の元へと奇声を発して走って行くのだった。
僕とまもるくんはそんな風にして友達になった。
まもるくんは大の特撮好きだった。僕はまもるくんの家に行く度に録画したテレビ番組やDVDや買ってもらったフィギュアなんかを見せられた。
僕は暴力が嫌いで、最初は嫌々見ていたのだが、次第に僕も夢中になっていった。
暴力を好きになったわけではない。時には自分を犠牲にしながら、人々を救うヒーローに僕は憧れた。
正しくて大きな存在、それが僕にとってのヒーローだった。
「僕も、ヒーローになる!」
一度あまりにも気持ちが昂ってそう口にしたことがある。
「けんかよわいくせに。むりむり」
ししし、と笑うまもるくんを僕はきっと睨むようにして
「暴力はよくない。僕は戦わないヒーローになる!」
と宣言した。この時は本当にそういう気持ちだったが、すぐに忘れてしまった。戦わないヒーローなんて何をするのかもわからない。
こんな風に、正反対ではあるが、僕とまもるくんはとても仲良しだった。