駆け出しの頃に欠陥防具を高値で売りつけた店へ、Aランクになって戻ってきたので全部叩き壊すことにした
看板の塗装は剥げ、「名匠の店」の文字は半分消えてしまっていた。あの頃の俺は、この文字を信じて、三ヶ月分の稼ぎを握りしめて入ったのだ。
思い出すだけで掌に強い力が湧いてくる。
その力を使って、店の扉を思いっきり押し開けて中に入る。
「いらっしゃい……おや、冒険者の方で」
カウンターの奥で、あの忌々しい禿げ頭の店主が揉み手をする。俺の顔などとっくに覚えていない様子。胸のAランクの徽章だけを見て、目を輝かせている。本当に汚らわしい。
「ミスリル鋼の胴鎧はいかがです? 今なら特別に金貨八十枚」
俺は黙って、差し出された鎧を指で弾いた。
キン、と鳴るはずの音が、ゴン、と濁った。
「……ただの鉄に銀メッキだよな」
「は?」
十年前、俺はまんまとこの手口で買わされた。竜の鱗を編み込んだ盾は、初めて受けたゴブリンの棍棒で真っ二つに割れた。疾風の長靴は三歩目で底が抜け、俺は仲間の前で無様に転んだ。
笑われた恥ずかしさも、空になった財布の軽さも、今も鮮明に覚えている。
「店主。この店の品、一つずつ見せてもらおうか」
「え、えぇ、どうぞどうぞ!」
俺は壁に掛けられた剣に手を伸ばした。聖剣の写しと札の付いた、やたらと派手な装飾の長剣だ。柄に埋め込まれた宝石は、どう見てもただの色ガラスだ。
鞘から抜くと、刃は薄暗い店内の灯りを受けて、一応それらしく青白く光る。十年前の俺なら、この輝きだけで財布の紐を緩めていたことだろう。
俺は刃を、素手で握った。力はほとんど入れていない。
ほんの少し、指に力を込めただけで。
パキン。
乾いた音とともに、刃が根元から折れた。断面は灰色で、中身はスカスカの鋳物だった。切っ先が床に落ちて跳ね、聖剣の写しは飴細工のように砕け散る。
「ひっ!」
店主が喉の奥から、潰れた蛙のような声を漏らす。
構わず俺は、折れた柄を放り捨て、ゆっくりと視線を巡らせていく。ふと十年前に買わされたものと瓜二つの盾を見つける。竜鱗の大盾。札にはそう書かれていた。
その一枚を左手で掴み、右の拳を軽く引く。
一発。盾の中央に拳がめり込み、亀裂が走る。
二発。亀裂が裂け目になり、盾は真っ二つに割れた。竜の鱗など影も形もない。
「ああ……あぁあ……」
店主の声が震え出す。だが、俺は手を止めない。止めてやらない。
お次は棚の胴鎧に肘を叩き込んだ。ミスリル製の鎧は、中央から紙のように凹んで潰れる。兜は床に落とし、踵で踏み抜いてやる。ぐしゃり、と気持ちの良い音がして、魔除けの兜は平たい鉄の皿になった。
「や、やめてくれ! これ以上は店が潰れる!」
「そうだな、潰れるな」
俺は笑って、残りの棚に向き直る。
片っ端から、残らず全て叩き壊す。
店主はもう声も出せず、床にへたり込んだまま、ただ震えていた。
最後の一つが砕け散ったとき、店内は鉄屑と木屑の海と化していた。俺はその上を、靴底で屑を鳴らしながら出口へ向かう。
扉に手をかけたところで、足を止める。振り返りはしない。奴の顔は今頃、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだろう。見るまでもない。そんなものを拝んでやる義理は、俺にはない。
「明日からは、お前も冒険者として狩りに出るんだな。自分で売った装備を着て、魔物の前に立ってみろ。そして喰われちまえ」
そう言って勢いよく店を出る。
本当に清々しかった。




