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伝書鳩

作者: ヨミ
掲載日:2026/08/04

群れの中の1羽の鳩は星の様に白い伝書鳩を見た。

人に愛され襲われない。

そんな伝書鳩に憧れを抱いたのです。

伝書鳩…それは人間が鳩の帰巣本能を利用し、遠隔地からハトに手紙を持たせて届けさせる通信手段の一種である。


早暁時、とある森にて数十万羽の鳩達が数百本の木々に止まっていた。

ただ、我々が想像する鳩とはちょっと見た目が違います。


その鳩は他の鳩と比べ尖った翼と長くて尖った尾を持ち、目はチェリーのように赤い。

オスは頭部から背中にかけ青灰色で嘴は黒曜石の黒く、胸元はまるで薔薇の様に鮮やかな赤でした。


一方でメスはオスよりも やや小さく全体的にツクシのように地味な茶色で、腹はオスの鮮やかな赤と違い灰色でした。


そして何よりも他の鳩たちと違うのはその数です。

その数は尋常では無く、今、1本の木に停まってる数はおよそ数百羽。数百もの木々を掛けると約十万羽。


目視では木の葉に見えるほど密集しており、木々の下はまるで雪が積もったかの様に多量の糞が落ちていた。


何故、木々に密集しているのか?

それは巣を作る為。

彼等他の鳩たちよりも群れなくして生きてはいけず1本の木に約50個のもの巣を密集させることでようやく生活できるほどでした。


空が青に染まった時には、雛や自分達用の餌を確保ために飛び立たなくてはなりません。


鳩たちは空が黒から青に染まるまで

せっせっと小枝を啄み、空を羽ばたく時よりも猛スピードで多忙に殺される勢いで巣を作っていました。


そんな中、1羽の鳩が嘴に摘んでいた小枝を落とし、空を見上げました。


空を見上げた鳩、彼は他の鳩達と比べ背中が老人の白髪のように、やや色白で他の鳩達から

「白髪」と馬鹿にされていました。


白髪が視線の先で見たものは大空を羽ばたく一匹の鳩でした。

ただ、自分達とは違い、翼と尾はやや丸みがかっており頭から尾先にかけ全身がシルクの様に真っ白で目はオニキスのように真っ黒でした。。


桜の花びらのようにピンク色の脚には小ぶりな筒が巻き付いておりました。


そして、夜に似使わぬ純白の鳩は

木の下の鳩達を見向きもせず空にポツンと輝く流れ星のように通り過ぎました。


空を見上げてた白髪は純白の鳩が通り過ぎた後も視線を下げませんでした。


ソレを見た他の鳩たちは

「アイツ、変じゃね?」

「こんな忙しい時に、いいご身分だなぁ?」

「まさか、アイツ、アレに盛ってんのか?」

と白髪に聞こえる距離で陰口を言い始めました。


ですが白髪の耳には彼等の陰口は入ってきません。

彼の頭の中は、あの純白の鳩に夢中でした。

あの鳩は何故、1羽で跳んでいるのか?

何故に脚に筒が巻き付けられているのか?

何故、眩いほどに白いのか?

頭の中は疑問で一杯でした。

ソレは3歩進んでも、巣を作ってる最中も、空が青くなっても消えることはありませんでした。



翌朝、木々に巣を作り終えた鳩達は餌を探す一斉に空を飛び立ちました。


鳩達は空を飛んでいる時も密集していた。

まるで巨大な積乱雲のように。


餌場である人間の集落を見つけるや否や雨の様に空を降り、蟻の様に餌に群がっていた。


鳩たちの餌は人間の集落では主に穀物。

特に蕎麦の実をよく食べていました。


小屋がすっぽり入るほどの大きな穀物畑は鳩達によって蹂躙されていた。


鳩達は、豪勢な食事の前に我を失い、土をも口に入れる勢いで貪っていました。


例え畑が消滅しようともお構い無しです。


白髪も例外ではありません。

目の前のご馳走に必死に貪っていました。

だが、ある光景を見て嘴を止めました。


ソレは白い鳩です。


昨夜に見た鳩なのでしょうか、脚には筒が巻き付いています。


白い歯とは畑の前の小屋に着くや否や

小屋の窓に目がけ嘴をコンコンと突付きました。


すると窓から大きな影がぬっと出ました。


影の手は鳩の足よりも1本多い5本の手で

さっき白鳩が突いた窓を開けました。


人間です。


小屋の中は暗くてよく見えませんが、窓を開けた人間はパン屑を手の平の乗せた後、ソレを白鳩にあげました。

白鳩はパン屑を夢中で食し、人間はパン屑を乗せてない手で白鳩を我が子のように撫でました。

パン屑を食べ終わった白鳩は行儀の良い子供のようにジッと待ち、鳩がジッと待ってる最中

人間は鳩の脚についた筒から何かを取り出しました。


どうやら紙のようです。

ソレも筒のサイズに合うように丸められた小さな紙です。


小屋の人間は紙を見るやいなや鳩を撫で、窓から奥に引っ込んだ。


数分後、鳩のいる窓に現れ、鳩の前でまた小さな紙を丸めて、再び鳩の筒の中に入れました。


そして白鳩は人間の前から羽ばたき、遠くへ飛んでいきました。


仲間たちが餌に夢中になってる間、白髪は先程の光景をジッと見続けてました。


今の光景はなんだ?


何故、あの白い鳩は人間の前でもジッとしていられるのか?


訳が分かりません。


人間は鳩を見送った後、突如、獲物を見つけた獣のように窓に両手を


バン!


と勢いよく叩きつけ、窓から去りました。


そして小屋の扉が大きな音で勢いよく開きました。


間違いありません先程の人間です。


人間は男だった。

男は黒髪で血色の良い肌でガタイがよく

服は小麦の色の帽子に、土で汚れたであろう白いシャツとデニムのオーバーオールに茶色の革靴。

そして右手に黒鉄色の銃を手が赤くなるまで握りしめていました。


男は畑の鳩達を見るや青筋をたて


「コラァ!鳩共がぁ!俺の畑を荒らすんじゃねぇ!!」


と叫び声をあげ手に持った銃で畑に群がっている鳩達目がけ銃を撃ちました。


ダァン


その銃声に驚いた鳩達は先程まで夢中で食べていた餌を手放し一斉に羽ばたきました。


「逃がさんぞぉ!!」


ダァン


ダァン


遠く逃げてる最中、一羽、また一羽と凶弾にやられ

死骸が雨の様に落下しました。

ソレでも鳩達は飛び続けた。


いや、飛び続け無いと生き残れない。


ダァン


ダァン


男は銃を手放す気はありません。


ダァン


ダァン


男は鳩達が見えなくなるまで銃を撃ち続けました。


なんとか危機を脱した鳩達は、空が暗くなった後

巣がある木に止まり巣で帰りを待っていた雛たちに餌をあげ密集した巣の中で眠りにつきました。


ただ、一匹の鳩…白髪だけは起きていました。


集落にいたあの白い鳩が頭から離れないのです。


何故、あの白い鳩は自分達と違って撃たれないのか?


自分達は撃たれていると言うのに…


それどころか自分達を撃ってきた人間に愛されていた。


自分達が我が子に愛情を注ぐように餌をあげ、羽繕いをしていた。


人間と鳩は全く違う生き物だと言うのに…


余りにも異常な光景で脳が焼き付いて消えません。

白髪は朝になっても寝ることはありませんでした。


翌朝、昨日、銃で大勢の仲間に死んだのに

鳩達は昨日の集落でまた畑の穀物を貪っていました。

鳩は学習をしませんでした。


ただ、白髪だけは他の鳩とほんのちょっぴり目的が違いました。


昨日の白鳩が忘れられなかったのです。


白髪は昨日の時と同じ様に小屋を見続けました。


そして案の定、昨日の白い鳩が昨日と同じ様に窓を突付き、窓を開けた男は昨日と同じ様にパン屑を手の平の乗せた後、ソレを白鳩にあげ白鳩は食し、パン屑を乗せてない手でまた、白鳩を羽繕いしたのでした。

そして、男は昨日の同じ鳩の脚についた筒から紙を取り出し読んだ後、数分経って再び暗い部屋の中に閉じこもりました。


昨日と同じだ。あの白い鳩は人間に愛されている。

人間はあの鳩を撃とうとしない。


何故だ?同じ鳩なのに自分達とナニが違う?


白髪の頭の中は混乱しながらも胸の奥に熱い何かが込み上げてきました。


あの鳩を知りたい。


あの鳩の様に愛されたい


あの鳩の様に命を狙われずに生きたい


ソレは一種の羨望でした。


白髪は無意識の内に小屋に向かおうとしていました。


今の自分だったら、1羽だけなら、あの人間に愛されるかもしれない


あの白い鳩の様に命を狙われないで済むかもしれない。


その白髪の想いを邪魔するかの様に何者かが白髪に向けて

「辞めときな。お前とアイツとでは住む世界が違う」

と言いました。


白髪は声のする方に振り向くと、そこには1羽のカラスがいました。

どうやら、先程の声の主はカラスのようです。

「それと、もう同じ場所で道草を食わないほうがいいぜ。自分の身が大事ならな?」


白髪は豆鉄砲を食った様な顔で

「君は誰?」

と言いました?


「俺か?見ての通りカラスだ。」

カラスは陽気に答えました。


「カラス君かぁ、よ、よろしくね? え、えっと僕は?」


「言わなくても分かる。ハトだろお前?」


「ハト…うん、まぁそうだね」

白髪は至極、当たり前の事を言われ、若干戸惑っていました。


「ね、ねぇ?カラス君?」


「ん?」


「あの、さっき言った事ってナニ?」


「さっき?あぁ、もう同じ場所で道草食わないほうがいいぜーー」


「いや、そこじゃなくて。ソレより前。「お前とアイツとじゃ住む世界が違う」って」


「あぁ〜ソッチか…」


「教えてくれないかな?その、白い鳩を」


「アイツのことか?」


「うん。」


「あ~そっかぁ、マジで知らねぇのかぁ……マジかぁ」

カラスは長い長考の末、何かが纏まったかの様に

「よし!おい。耳の穴かっポジってよく聞けよ?

良いか?アイツは、アイツはな?


"伝書鳩"


なんだ。」


「デンショバト?え?なにそれ?」


「ハァ〜。いいかぁ?伝書鳩っつうのはなぁ、人間共が手紙…と言っても分かんないか。まぁ、人間共が仲間の様子を確認する連絡手段といったところか?」


「???」

白髪は知らない単語ばかりで頭が?で一杯です。


カラスは顔を顰めました。

マジか…いつも人里におりてる奴等なのにそんな事も知らないのか?

カラスは半ば説明を放棄した形で

「……まぁ、要するに人間にこき使われる鳩っていうことだ。」

と大雑把で極端すぎる説明をしました。


「に、人間にこき使われるだって!?」

白髪はまた豆鉄砲を食った顔になりました。

信じられません。同種の群れのボスならともかく、自分達と姿、形も違う得体のしれない怪物にこき使われるなんて……

ここまで来るともう、生きてきた世界が違う。

白髪はようやくカラスの言ったことが理解出来ました。


「だから言ったろ?人間にこき使われるアイツと野生のお前らでは住む世界がちがうってことさ。」


「…………」

白髪はほんの少し呆然したあと、口を開き


「…カラス君?」


「まだ何か?」


「あのデンショバトは自分をこき使う人間をどう思ってるの?自分と同じ鳩ならともかく、なんで?」


「…さぁな?もしかしたらあの人間の事を"親"だと思ってるのかもな?」


「に、人間が…親?」

余りにも奇天烈過ぎて、白髪の…鳩の小さい脳では情報を処理しきれません。


「まぁ、そう言うことだ。良いか?もう一度言うぞ。諦めな?アイツとお前とじゃ住む世界が違う。」


「…………」

白髪は何も言えませんでした。

人間にこき使わられる鳩がいるのか…

人間を親と思っている鳩がいたのか…

あの鳩は本当に自分達と同じ鳩なのか?


頭の中は、あの白い鳩で、いっぱいでした。


「おい、ハト?」


「んぇ?何?」


「もう、そろそろボーッとしてる暇は無いんじゃねぇのか?」


「?」


カラスは自身の嘴をある方向に向けた


白髪がカラスの嘴の方向に向けると


また、男が銃を持って外に出ていた。


「!?」


コレには流石の白髪、イヤ食事をしていた鳩達、全員が顔を青ざめた。


「鳩どもがぁ!!また、俺の畑を荒らしやがったな!!!」


鳩たちはまた、銃で襲われました。

昨日と変わりません。


逃げてる最中に何十、何百羽犠牲になったことでしょう。


今日も危機を脱し、夜に我が家の止まり木に着き密集する巣の中で眠りの準備をする鳩達。


そんな中、白髪は1つの疑問を持ちました。

何故、自分達は今日も襲われるのか?


いやそもそもの話、襲われると分かる集落に再び来て餌を食べ人に襲われ逃げる日々。


彼等は、いや、自分達は何故、別の餌場に移動しようとせんのか?


普通に考えたら、別の餌場に移動する筈だ。

別の餌場の距離が例え我が家から数10km遠くても自分達の能力なら問題無い筈だ。


けど、そんな疑問を感じながらも白髪はソレを変えようとしませんでした。


明日、明後日、明々後日


来る日も来る日も鳩達はまた同じ集落で餌を食べ、人に襲われ、逃げてる数羽が土に還る

そんな毎日を繰り返していました。


毎晩、白髪は止まり木の上の空を見続けていました。


嘗て巣作りの時にみたポツリと白く光る伝書鳩を


だが、周りの鳩からすれば知ったことではありません。


「また、アイツ上見てるよ」


「やっぱアレに盛ってるだろ?絶対」


「同じ"白髪"だからじゃね?」


「有り得る〜」


仲間の鳩達や陰口やイジりも白髪は聞こえてはいましたが、仲間の方を振り向くことはありませんでした。


ある日、白髪は餌場に来るたびにあの伝書鳩を見続けました。


あの鳩も自分達と同じで毎日、人間の主人の家に来ては窓を叩き、餌に釣られこき使われる毎日。

同情と憧憬と嫉妬が混ざった眼差しで

只、あの伝書鳩を毎日見続けていました。


「相変わらず凝りないねぇ〜。君達も」

カラスは呆れた顔で伝書鳩を見続けてる白髪に話ました。

「まぁ、俺としてもこのまま君達がおっ死んでいなくなったほうが俺の取り分が増えて都合が良いんだけどさ」


「…………」

カラスの陰湿な悪口に白髪は何も言えませんでした。

確かに同じ餌場で食事をする必要は無い筈だ。

撃たれる未来が分かると言うのに


「カラス君」


「あぁ?」


「僕も、僕も伝書鳩になれば人間に襲われずに済むのかな?」

ポツリと零した言葉

それは今の生活に限界を表している意味だった。


「は?」


「僕も伝書鳩になれば銃で撃たれずに済むのかなぁ?」


「ハァ、ハ、ハハハハハお前がかぁ?」


「だって僕らと同じ鳩なんだよ?同じ鳩でもーー」


「無理に決まってんだろ?言ったろ、住む世界が違うって」


「でも、彼も鳩ーー」


「お前さぁ?あの鳩が幸せだと思ってんのか?」


「え?」


「そんなわけないだろ。」

カラスはバッサリと断言します


「え?」


「よく見てみろよ?アイツの脚に巻き付いてるの?筒だぜ?アレじゃアンタらより速くは飛べない」


「だけど、」


「ソレとアレが何者にも襲われず自由に羽ばたいてると思うか?アイツはアンタらより目立って脚が遅いせいで鷹に襲われる恐怖を毎日味わってんだよ」


「……!」


「そりゃそうだろ?1羽でかつスゲェ目立つ色で飛んでんだぜ?奴等から見れば絶好の"カモ"だ」


白髪は余りに残酷な現実に開いた口が塞がらなかった。


「アンタの顔、見た感じに鷹に襲われたことなさそうな顔してんな?」


「………」


「まぁ、そうだろうな。アンタら群れがデカすぎて鷹がビビっちまったんだろ。」


「……」

白髪はカラスの発言に何も言えませんでした。


「まぁ、そう言うことだ。結局、同じ鳩でも分かり合うなんて無理なんだ。生きてる世界が、違うからなーー」


カラスは捨て台詞を吐くとそのまま飛び去っていった。


その晩、白髪は眠れなかった。

自分の頭上で跳んでる伝書鳩を見てるわけではございません。


巣の上で密集してる自分達、鳩を見てました。

結局、あの伝書鳩も自分達と同じ何かに縛られ何かに襲われる。


あの、夜空をたった1羽で飛び続けるあの真っ白な鳩はナニを想い、羽を羽ばたかせているのだろう……


今、群れで飛び続け、散っていく自分達はなんの為に生きているのか……


白髪の頭の中は靄がかかっていた。

同時に自分の首に見えない何かに締め付けられている。

思わず背筋がゾッとし、胃から吐瀉物を吐き出しそうになりました。


白髪の様子を見た鳩達は白髪の想いなど知ったことではありません。

中には、いよいよ寿命かと。

陰口を言う者までいました。


翌朝も白髪は昨日の夜に感じたあの恐ろしいモノが離れる事がありませんでした。


今日もまた、群れに混じり、殺される事が確定してる餌場に向かう。


ダァン


ダァン


ダァン


1時間


2時間


3時間


時間が経つ度に白髪は何度も撃たれて落ちていく


空を飛ぶ度に落ちていく自分の死体が増えていた。


自分の死骸を落としながら羽ばたいている。


下を見ると自分の死骸しか見えない。


白髪は自分の死骸をボドボド落としながら餌場である畑に着きました。


けれども、恐怖は離れません。


普段は我を忘れて無我夢中に食べていた穀物の筈なのに一口、二口、口に入れる度に甲虫の様なモノが自分の咽喉に引っかかる様な感じがして、上手く飲み込めませんでした。


咽喉に引っかかる度に周囲を見回した。


しかし、目線に移っていたのは光景は白髪にとってとても奇妙で悍ましいものでした。


銃声が空を舞っている。


畑や穀物を貪っている自分達に何かが重なっている。


アレは自分達の住処だ。


アソコにあるのは自分の死骸だ。

他の鳩達も変だ。


赤い目がない。

それどころか僕の死骸以外の景色全てボヤケて何も見えない。


周囲を見渡す度に黄色が広がる穀物畑と自分達が済んでいる緑色の草原と森が重なっている。


それらどれもボヤケてて同種の鳩達も見えなかった…なのに自分の死骸だけはハッキリ見える。


銃声が周囲を見渡している。


重なっていた住処が消えた。今度は空だ。


空が重なっている。


自分達が飛んでいる。

そして落ちてゆく。


仲間の鳩はボヤケて見えない。

自分以外は…


銃声達が自分を見つめている。


重なった景色は見えなくなっていた。

穀物畑だ。


相変わらずボヤケて見えないがいつもの景色だ。


白髪は一息つき、食事の為に下向きに屈んだ。


だが、下にあったはずの穀物は見えなかった。


その代わりに1羽の死骸を食べていた。


同じ鳩だ。


背中の毛をよく見ると周りの鳩よりもやや色白かった。


白髪は口を止めた。


ーーこれ、自分だ。


白髪はいつの間にか自分の死骸を食べていた。


自分の死体は顔はハッキリと見えないがその背中の毛が物語っている。


口の中には赤く生臭いものが溜まっており、白髪は思わず吐き出した。


だが不思議なことに吐き出したはずの吐瀉物は見えなかった。


死骸も無い。


そこにあるのはただの土。


ソレでも吐くのを止めませんでした。


見えない泥が目に纏わりつき


姿の無い真綿が首と内臓を締め付けた。


理由の分からない気持ち悪さに、ただ吐き続けた。


余りにも異常な行動をとってる白髪を周りの鳩達は見向きもせず、餌に夢中でした。


例え気付いたとしても

「ナニやってんだアイツ?」

「いよいよ耄碌したか?」

と陰口を言うだけでした。


銃声が迫ってくる

自分にだけ聞こえる銃声が

なのに、自分は羽を広げずにただ、食事をしてる。


自分が今、ナニを食べているのかも分からない。


今は食べてるのは穀物か?それとも自分の死骸か?


脳が恐怖に襲われてると言うのに、周りの鳩達と同じでただ食べ続ける。羽ばたきすらもしない。


恐怖を閉じ込め鍵を掛け、目の前の餌にただ貪る。


あぁ、自分はこのまま群れの呪縛から解き放たれることは無いのだと…


白髪は自由に羽ばたくことを諦めた。


もう、群れの中で生きて死のう。


ただ、孤独で死ぬよりはずっと良い。


何故って、自分が死んだときは周りの鳩も死骸になっているからだ。


最後に死骸の毛布で温もりを感じ、目を閉じる。


コレが今の自分に出来る、最低限幸せな最後だ。


そう、思いにふけた時、突如


ダァン!


銃声が鳴り響いた


周りの鳩達が一斉に羽ばたいた。


間違いない。本物の銃声だ。


白髪を羽ばたき、銃の聞こえない遠くまで群れと一緒に逃げた。


周りの鳩が次々に撃ち落とされてる。


白髪は恐怖に心と体を弄ばれ正気を保てずグチャグチャになりながらも、ただ群れの動きに合わせ飛び続けた。


やはり下には自分の死骸が沢山落ちてる。


にも関わらず、群れの動きに合わせる事が出来た。


次第に空は暗くなりました。


先程まで自分達の真上にいた太陽は次第に沈んでいきます。


夕暮れの日のおかげでしょうか?白髪はようやく恐怖を宥めて周囲を見渡しました。


かつては数十万羽もいた群れもいつの間にか数万匹まで減っていた。


いずれ自分もいなくなるんだろう


あぁ、せめて1羽だけで死ぬのはいやーー


鳩の群れに白く光り輝く伝書鳩が自分達は真逆の集落の方向に通り過ぎました。


真っ白な羽は夕暮れの日に反射して星の様に光輝きました。


その姿は今の白髪には余りにも眩しすぎる光景でした。


白髪はふと、明かりに引き寄せられる蛾の様に

あの白い鳩を追いかけました。


仲間が必死に戻って来いと説得しても

今の白髪には何も聞こえません。


白髪は星を掴もうとする少年の様に夢中で白鳩を追いかけました


白髪自身、何故追いかけようとするのか分かりません。


気づいたらあの白い鳩を追っていた。


あの星の様に眩い光を!


白い鳩に辿り着くまで


100メートル


50メートル


10メートル


あの白い鳩までもう直ぐそこです。


やっと、やっと見ることが出来る!

あの夕暮れに白く輝くあの星を!!


0メートル


ようやく白い鳩に追いつきました。


ですが、白髪はあの白い鳩を見た瞬間、羨望の眼差しは露へと消えました。


身体中、引っ掻かれ傷口からは赤い血が垂れ、その真っ白な羽毛を赤く染めました。


翼をよく見ると。一部引き千切られた様な跡があり、切ったばかりの肉の様に新鮮なピンク色だった。


筒を巻き付けられた脚を見ると、筒のベルトで擦った様な跡が何重にもある。


そして目はガラス玉の様にくすんでいた。


先程までルビーの様に輝いていた白髪の瞳は赤いビードロ様にくすんでいた。


白鳩は流れ星の様に畑の小屋に落ちていきました。


白髪は落ちていく白鳩をただ、ジッと見ていました。


そのくすんだビードロの様な目で。


白鳩が小屋に落ちたのを確認した後、白髪は自分の巣の方角に向かわずに何処かへ飛び去っていった。







一方の群れの鳩達は長い時間を掛けようやく自分達の住処に着くところでした。


辺りはもう、すっかり夜です。

鳩達は疲れ果ててました。


早く、家に帰りたくて堪らないのです。


だが、しかし鳩達が目にしたのは思いもよらぬ光景でした。


なんと自分達の縄張りに数十人もの沢山の人間が集まっていたのです。


人間達は皆、銃を抱え手には斧を持っていました。


しかし、鳩達は縄張りに向かうのを止めません。


慢心でしょうか。この数なら流石の人間たちもビビって逃げるに違いない。


鳩達は、この異常な光景にも関わらず自分達の縄張り…我が家一直線上に向かいました。


朝から夜まで数キロも飛び続け

餌を探し、人の魔の手が必死に逃れてきたんだ。


もう、全員が疲れていた。


早く、家に帰って寝たい。


鳩達はもう限界でした。


一刻も早く家に帰りたかったのです。


だが、そんな切実な想いは粉々に砕かれた。


帰る場所…巣があったはずの数百もの木々が見当たらないのです。


代わりに嘗て数百ものあった木々の場所には同じ数の切り株が密集し、切り株が無い広場の辺りに大きな丸太が数百本程、積み上げられていました。


嘗て巣が密集していた数百もの木々が一斉に消えたのです。


鳩達は一日、目を離した隙に我が家と我が子を失っていたのです。


我が家と我が子を失ったにも関わらず、鳩達は散り散りになりながらも、かつて巣があった木々の場所をウロウロしてた。


能天気なのか?いや、違う。


当たり前に存在した自分達の我が家が…我が子が無くなっている。


冷静でいられる訳がない。


全員がパニックになっていた。


空は羽ばたく音しか聞こえない。


鳩達は嘗て我が家があった場所をウロウロすることしか出来なくなっていた。


嘴に抱えていた餌を一斉に落とし、羽虫の様に辺りを彷徨いていた。


結局、鳩達は我が家が無くなったとしても帰らずにはいられなかった。


帰巣本能に抗えなかったのである。


それを人間たちは見逃さない。

猟師達は数万匹もいた鳩の群れ目がけて一斉に射撃し始めた。


銃弾の雨が下から振り注ぐ。


猟師達の銃から薬莢が涙の様に零れ落ちた。


先程まで鳴り響いていた羽ばたく音はもう露に消え、代わりに銃声だけが鳴り響いた。


銃は筒口から青い煙と鉛玉を吐き続け

鳩達は一羽、また一羽、凶弾の前に倒れ落ちた。


凶弾に殺られた死骸は雨の様に振り注ぎ

緑豊かな草原は死骸と流れた血で真っ赤に染まっていた。


最早、狩りではない。


ただの殺戮である。


やがて、空を多い尽くすほどいた数万羽の群れは

数千羽、数百羽と数を減らしていた。


そして、数時間経過した頃にはもう、目視で数えられる程しかいなかった。


数羽になったところで鳩達は、ようやく凶弾を避け遠くに飛び立つことが出来た。


人が被災地から避難するときと同じである。

大勢いるときは数で混雑して動けないが少数のときは動けるスペースが増え、スムーズに移動出来る。


皮肉にも群れで暮らしていた鳩達は群れを失うことでようやく、自由に羽ばたくことが出来たのだ。


だが、もう嘗ての生活には戻れないだろう。


今まで鳩達で生き残れたのは数万羽以上の群れのお陰だ。


傲慢で愚かな人間達は、数羽でも、繁殖をすればまた、増え続け?だろうと意見するが、人と同じ様に鳩達も産む数に限界がある。


一羽の鳩が一生に産める子供の数はたったの1〜2羽程度。


これは人が一生で産める子供の平均数と同じ数。


今までは、人間に襲われても数年に数万匹までは失われなかった。


だから今日の今日まで群れを維持し続けることが出来た。


それを失った今、例え子供を産んだとしても数は減り続ける一方だろう。


ソレが現実である。




1ヶ月後、一人の人間が森に訪れました。


男は軽装ながらも猟師とは違い、銃を持っていませんでした。


無数の切り株を眺め、嘆き、ただ歩いてました。


男はふと、あるものを発見します。


切り株の隣に1羽の鳩の死骸がありました。


その死骸は腐敗が進んでおり、顔は潰れて見えませんでしたが、その鳩の死骸は他の鳩と比べて背中の羽毛がやや色白でした。


ここまで読んでくださりありがとうございます。


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