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婚約破棄の宣告、0.1秒で受諾して逃げました。〜時戻しで生存ルートを確立した令嬢はもう戻らない〜

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/06/14

「婚約破棄する」

「はひ、ほろこんれ」


 私は婚約破棄を受諾すると走った。

 走った、走らなければいけない。


 王太子の婚約者だと言うことで見逃されているが、私の実家が起こした罪により、私にも処刑命令が下っている。


 婚約破棄の瞬間に私は捕まって処刑されるのだ。


 私に婚約破棄を言い渡した王太子は辛そうにしていたが、父王には頭が上がらず私を守ってくれる程の力はいまだにない。


 だから、私も辛いけど、逃げるしかない……。

 さよなら、私の初恋。


 変装して、隣国との国境にきた。


 問題がなければこのまま隣国へ渡れる。


 問題があれば、捕まって王宮へ連れ戻される。

 逃げた罪も加わって、即日の処刑執行だった。


 何度も処刑の直前まで経験した。


 転生時に授けられた『時戻し』の能力がなければ、一度目で死んでいる。


 私は祈りながら、国境に足を踏み出した。


「ブー、ブー」


 大きな音が鳴り響いた。


 国境警備係が魔法モニターに映し出された資料を確認する。


「婚約の契約が残っていますね……セシリ……って、王太子の婚約者!?」


 私は国境警備隊にすぐに捕まって、王都に連行された。

 『はい、よろこんで』と婚約破棄を受け入れたはずなのに、契約魔法には聞き取れていなかったらしい。


 婚約は継続中で、『国の中で契約があるものは外国に行く許可をとってから』という決まりに反した。


 私は『時戻し』で、婚約破棄の一日前に戻った。


 目の前に王太子がいた。

 戻ってきたわ、私の初恋。


「セシリア、僕が必ず君を守るから」


 この翌日に、あなたは婚約破棄する。


 でも、また、あなたと抱き合えた。


 今度こそ、これが最後の抱擁だった——。


◆◇◆


 私の実家の伯爵家はとある農作物のほぼ唯一の産地で潤っていた。

 しかし、実は他の領地でこの農産物が育たないように、種に細工したり、魔法で成長に肝心な時の天候を操作したり、巧妙に自分の領地でしか作れない状況を作っていた。


 それがバレて伯爵家は全員処刑され、私が生き残りだ。


 私は領地に行った事が殆どなく、幼い頃に王太子に見初められてからずっと、王都で王太子の婚約者として暮らしてきた。

 領地の不正の事など全く知らなかった。


 でも、長年やっていたんだから処刑は仕方ないと思う。

 私までというのは納得できないけど。


「君は僕と一緒で、実家の伯爵家に騙された側だ。僕の婚約者である限りは絶対に君を守るよ」


 王太子はそう言ってくれて、私は王太子の婚約者として王宮に身を寄せていた。


 しかし、実家がやっていた罪が重すぎる。

 侍女の中には妨害された農家の娘もいたし、私の肩身は狭かった。


 王太子ももうすぐ24歳になる。

 婚約者が早々に決まっていたにしては結婚が遅過ぎる。

 私も22歳になろうとしている。

 いつまでも私を婚約者のままにはしておけないが、王妃にはもっとさせられない。


 王子が私を王妃にする為に、周りを説得しようとしてくれていた事は知っている。

 王の説得には成功し、公爵家全員の許可を取れば私が王妃になるのを認められる所まで来ていた。


 そして、あと一人だと王太子が言った翌日。


 婚約破棄された。


 説得した公爵家が全員裏切ったのだそうだ。

「他の貴族を説得することは出来ない。王妃にしては国が混乱する」

 もっともな判断だ。


 この国では、誰も私の味方をしてくれなかった。


 だから、56回の『時戻し』を経て、私は最適な逃走ルートを見つけた。

 ただし、婚約の破棄が難関だった。


 0.1秒で許諾して逃げないと、王太子の前から逃げるルートが防がれる。


 『はい』と簡単な返事は最初に試したが、あまりにもあっさりだと王太子がすぐに私を心配して抱きしめてしまう。

 その後に、騎士によって王太子から引き剥がされ、地下牢に連行される。


 長いセリフだと、言ってるそばから騎士に捕まる。


『はい、よろこんで!』


 これが最適解!


 噛まずに言えたら成功!


◆◇◆


「はい、よろこんで」

「はい、よろこんで」

「はい、よろこんで」


 寝る前に100回練習した。


「はい、よろこんで」

「はい、よろこんで」

「はい、よろこんで」


 朝も100回。

 あまりやると喉を痛める。


 朝食を取って、王太子の呼び出しに答える。

 勝負の時が近づいている。


 王太子の部屋に入る。

 心臓が緊張に早鐘を打つ。


 王太子は暗い顔で覇気がなく、昨日とは別人のようだ。

 最初の日に、私は王太子の表情だけで、何が起こるか察した。

 仕方なかった事だけは分かったから恨みはしなかった。

 ただ、こうなってしまったことがショックで泣き叫んだ。


 すぐに私は騎士に捕えられて地下等に送られたけど、王太子も泣き叫んで私に駆け寄ろうとしたのが見えた。

 騎士に取り押さえられていたけど。


 懐かしい……。


 今では私を捉えようと騎士が隠れている場所も把握している。

 奥の部屋に潜む騎士の一人が私を捉える時に一瞬迷うのだ。


 その隙をつけばこの部屋からは出られる。


 その後も難所はあるが最適ルートは把握済み。

 ただ一つ、最初の婚約破棄を成功させること!

 これにかかっている。


 王太子がゆっくり立ち上がる。


「セシリア、すまない……」


 いつものセリフだ。

 肝心なのは、この次だ。


「婚約破棄する」


「はい、よろこんで!」


 決まった!

 噛んでない!


 よろこんでいる暇などなく、私は体を翻す。

 一瞬怯む騎士に向かって行くと、やはり一瞬の隙が出来る。

 右に行けば残りの騎士に捉えられる。

 私は騎士の左にできた家具との僅かな空間に身体を滑り込ませて、走った。


 走って走って、城を抜け出した。


◆◇◆


 城を抜け出してから数日。


 また、国境にやって来た。


 今回は噛まずに言えたから、婚約破棄はちゃんとされてるはず。


 自信はあったけど、本当に確認できるまでは緊張で手が震えた。


 胸も張り裂けそうに痛んだ。


 ——お願いします!


 私は無事に国境を越えた。


 ……。


 感激は無い。


 私は国境を越えたかったわけじゃないもの。


 王太子と引き離されて、処刑されるのが嫌だっただけ……。


 王太子に会えないなら処刑されたも同然だ——。


 国境から、隣国の方に惰性で歩いて来てしまった。


 今なら戻れる。


 私は、国境を振り返った。


 同時に腕を掴まれて、後ろに引きつけられる。


「せっかく隣国に来れたんだ、戻らないで、セシリア」


 フードを被った若い男のよう……声が王太子と同じだ……。


「シリウス……?」


「そうだよ、セシリア。婚約破棄されたから隣国に出れた! 逃げた君がくると思って、待ってたんだ」


 私は驚いて声も出せない。


 でも、


「お、王太子は? それも契約なのに……!」


「ああ、裏切った公爵達を魔法で逆さ吊りにしたら廃嫡された。弟が継ぐらしい」


「え!?」


「隣国の王子とは個人的な友だちだから、呆れられたけど、辺境の土地を少しくれるって。君の伯爵領で育てていた農産物を作ろう」


「シリウス、もうそんなに決めちゃってるの!?」


「君を捨てた国に未練はない」


「私も、国には全く未練がないけど……」


 目の前で私の未練がにこりと笑っている。



 それから私とシリウスは辺境の地で農産物を作った。


 他の領地への妨害も、同じ国なら問題になるけど、隣国なら大丈夫。

 私たちの祖国は、隣国の私たちからこの農作物を買うようになった。

 今更、国中で消えた王太子と婚約者を泣きながら探してももう遅いです。


 辺境で私とシリウスは三人の子供たちに囲まれて幸せに暮らしていた。

 いつの間にか、シリウスは王になった友人に公爵の爵位を貰っていた。


「セシリア、これからもずっと一緒だよ」

「シリウス、はい、よろこんで」


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