限界
朝は、いつも通りやってきた。
それなのに。
体が、少しだけ重かった。
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バーン!!「おはよーーー!!!」
ドアの向こうから、元気な声。
「……うるせぇ」
ドアが開く。チェリが、いつものように飛び込んでくる。
「ねえねえ今日なにする!?仕事!?外!?イベント!?」
「仕事だよ……」
「やったーーー!!!色々触れるなぁぐひひひぃ!!」
テンションは、いつも通り。
でも。
頭の奥に、鈍い重さが残っていた。
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会社。
エアコンの風。キーボードの音。蛍光灯の白い光。
いつもと同じ景色。
「……」
集中できない。文字が、頭に入ってこない。
「ねえこれなに!?すごい細かい字いっぱい!!!」
「触るな……」
「あっ!!ファイトー!10ぱぁああああつぅ!の人いたw」
視界が、少しだけ滲む。
(寝不足か……?)
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時間が過ぎる。
昼。会議室。
少しこもった空気。紙の匂い。
「では、この件について――」
声が遠い。
ズキン。
来た。
「……っ」
こめかみを押さえる。
チェリが覗き込む。
「また痛いの?」
「……大丈夫……」
嘘だった。
痛みが、強い。
チェリが、少し身を乗り出す。
ふわり、と。
スカートが翻り、チラリと見えてしまう。
……
何も起きない。
「……あれ?」
チェリの声が、小さくなる。
「……効かない?見えたよねぇ??」
痛みは、消えない。
むしろ。
強くなる。
ズキン。ズキン。ズキン。
音が、刺さる。光が、刺さる。
呼吸が、浅い。
「……っ」
椅子を掴む。
立てない。
チェリが、初めて焦った顔をする。
「ねねねねね!!!大丈夫?」
答えられない。
視界が、揺れる。
その時。
チェリが言った。
「ねえさ。壊れるまでやるのってさ」
「それ、ほんとにえらいの?」
言葉が、刺さる。
でも。
体が、限界だった。
ズキン。
大きな音。
床が、近づく。
誰かの声。
「朝霧!?」
遠い。
チェリの声がどこか震えていた。
「ねえ。その痛いのさ」
「アチキが……代わってあげようか?」
その言葉を最後に。
世界が、暗くなった。
———
匂い。
消毒液の匂い。
ピッ。ピッ。ピッ。
機械の音。
重たいまぶたを、開く。
白い天井。
「……ここ……」
声が、かすれる。
体が重い。
横を見る。
……
いない。
静かだった。
あの、騒がしい声が。
どこにも、ない。
「……チェリ?」
返事は、なかった。
———
その日、ユウの頭痛は消えていた。
ただし――
世界が、少しだけ静かすぎた。




