水神の記憶(2/5)「咎めるべき人の業」
続きました。
吸い込まれるような瞳の女の子だった。肌の色はとても白く、黄緑色の和服と合わせておしとやかな印象がある。帯は赤く、髪も赤く染まっていて、長い髪を頭の後ろで結んでいるから首筋があらわになっている。その白く細い素肌から目が離せないでいると、女の子は露骨に不機嫌そうに眉を寄せた。
「なあに~?私の顔じろじろ見ちゃってさ。人間か?って訊いてるんだよ」
人の顔をじろじろ見るのは失礼だ。言われた僕はあわてて女の子に答えようとした。けれど——
「え、人間?」
それってどういう意味だろう?質問の意味がわからず、僕は黙ったまま狼狽していた。すると女の子の方も動揺しだした。
「あ……いや。ちがう、ごめん今のなし。えーっと、なんだ、そう!」
頭の中で整理がついたのか、今度はもっと表情を落ち着かせて、語りかけるように訊いてくる。
「おまえ、ここで何してるんだ?何しにここに来たんだ?」
僕は一瞬だけためらってから、自分の落ち度を白状した。
「道に迷ったんです」
「なるほど道に迷った、か……」
女の子は何か思案するように目をつぶった。
「道に迷ってさっきの雨に降られて、散々歩き回った末にここに辿り着いて、喉が渇いて途方に暮れていたら雨水が垂れてきて石像に溜まった水を飲んだ」
目をつぶったまま、暗唱するようにすらすらと僕の状況を言い当てる。自分の状況を全部見透かされて、僕はなんだか先生に怒られているときのような気がした。だけどいま怒られるのは納得がいかないから、僕はなにか言い返そうとした。
「あの、僕は……」
けれど、本当に僕はなにか悪いことをしたのか?困ってるんだから、怒るより、心配してくれてもいいじゃないか。そう思って口をつぐむ。女の子は瞼を開くと、きょとんとした顔で僕の表情を推し量った。
「ん?ああ咎めてるわけじゃないよ。状況を把握しようとしただけ」
そう言いながら歩き寄ってきて、 僕の手をつかむ。
「とにかく道に迷ったんだろ?こっちは帰り道じゃない。今日はもう日が暮れるから、私たちの家まで案内するね。歩けるかい?」
僕は胸をなでおろしつつ「うん」と答えて、女の子に手をひかれながら歩き出した。
二人きりで、女の子に手を引かれて歩くのは、体育の授業で手をつなぐときと違う種類の感触がする。僕は腕から伝わる相手の体温を感じながら、注意深く歩調を合わせて山道を歩いていった。
少し進んだところで「ありがとうございます」と女の子の背中にお礼したら、女の子は顔を前に向けたまま横目で僕の方を見て「ああ、いいよ」と本当に気にしない様子で言った。
「……水神の加護を受けた子を、放っておくわけにもいかないからね」
低く小さく呟いた女の子の言葉がよくわからず「え?」と疑問が口をついて出る。
「なんでもないよ、それより足元に気をつけなよ」
そう答える女の子の声は朗らかで感じよく、少し不思議に思いながらも、僕も元気よく足を動かし続けた。
ほどなくして深い山の道は真っ暗になった。
暗闇の中で知らない道を歩くのは少し怖い。
何も見えない場所で、僕の腕をつかんでいる手の感触だけが意識の中で感じられる。それだけを頼りに歩き続けたけれど、姿が見えない手に引かれているとだんだんこの手は本当にさっきの女の子の手なのか、不安になってきた。
本当はもっと怖いなにかが、僕の手を引いてどこか昏い、恐ろしい場所に連れて行こうとしているんじゃないかと、そんな予感がした。
僕はたまらない恐怖を腹のうちでじっとこらえながら、それでも先導してくれる女の子を困らせないよう、すくみそうになる足を動かし続けた。
ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃと足元で水の跳ねる音がする。それがすくんだ僕の気持ちを落ち着かせる。少しして、淡い光が暗闇の中にぽっかりと浮かび、進むにつれてだんだん大きくなっていく。僕は何も考えず、慎重に地面を踏みながら光の方へと見えない手に引っ張られていった。
やがて光は輪郭を持ち始め、さらに進むと古い日本家屋の側面を描き出した。気づけば僕の手を引いた先にも女の子のシルエットが浮かび上がっている。光の中でぼんやり、少しずつ目の前に形作られていく世界が、僕にはなんだか幻想的に感じられた。
女の子は障子戸を開けて、そのまま僕を家の中まで引っ張っていく。そこでようやく掴んでいた手を離すと履き物を脱いで素足で床板に上がっていった。僕も靴を脱いで中に入る。
部屋は狭く、真ん中に囲炉裏があり釜の下で薪が燃えていた。障子の近くでも柱に乗ったお皿の上に火が灯っている。僕と女の子の他には誰もいない。
誰が火を灯したんだろう?と僕は思った。




