うちの母親が空きビンを愛しすぎてるので、娘の私が一掃することにした
ショーコは母を叱りつけた。
「ここも、ここも、ここにも!」
リビングの棚、和室の押し入れの中、外の物置。そこからショーコはいくつもの袋を引きずり出した。
キンキンキンと氷を叩き削るような甲高い音が何度も響いた。
「こんなに集めて何に使うの!」
ショーコは母を指差し、反論できるものならしてみろとばかりに鼻息を荒くした。
リビングの床の上には、たくさんの空き瓶が所狭しと並べられた。
昭和、平成、令和にまたがるものだ。価値のあるものは含まれていないが、いざ並べてみると色とりどりで、形状もさまざまだった。
「あのね、これはおかあさんにとっては大事なものかもしれないけど、他の人からみたらただのゴミの山なんだよ」
「でも、形がいいから……」
母は小声で返した。
片付けの鬼と化したショーコは止まらない。
「これとか絶対いらないよね」
ショーコが手に取ったのは、ハチミツが入っていたビンだった。ずんぐりとした円筒型で、手のひらに収まるサイズだった。最近の量産品であり、スーパーにでも行けば甘い中身つきで簡単に手に入るものだ。
母はビンを手に取って、澄んだ目で見つめた。
「何かに使えると思って」
ショーコはため息を吐いた。
「あのさあ、これがどこから発掘されたと思ってるの? 外の物置きだよ?」
「あらあ、どうしてそんなとこに?」
「おかあさんが仕舞ったんでしょう。とぼけないで」
母はショーコには真面目に答えず、別のビンを手に取った。
「でもほら、こっちは今のよりキレイでしょ。フタもチェック柄でかわいい」
ショーコには大して違いがわからなかった。
深呼吸をして一旦冷静になったショーコは、第三者の目線も入れてみることにした。
「おとうさん、どう思う?」
父は従順だった。いつも強いものに従うのだ。ワカラナイというジェスチャーをしてから、戦場から遠い席に移動した。
「スケアキは、どう思う? こんなにいらないよね、ビンばっかり」
ソファで携帯をいじっていた弟のスケアキは、ちらっと戦場に目を向けると、「うーん、まあ」と曖昧な返事をした。
すくなくともビン捨て反対派がいないと感じたショーコは、袖をまくり上げ、今度は最も多い小瓶に手を伸ばした。
「これは? こんなちっちゃいの、残しといてどうするの。しかもいくつあるの? 多すぎない?」
母は答えなかった。
「ていうか、何が入ってたのこれ。フタがほとんどグリーンなんだけど」
そこで弟のスケアキは携帯をローテーブルに置いて、会話に入ってきた。
「調味料だね。乾燥バジルとかが入ってたやつだよ」
それだけで息子が味方になったと思い、母は喜んだ。
「そうだね。ショーコちゃんって、お料理しないからわからないんだ。それ開けてみて。爽やかな香りがするでしょ」
ショーコは母に言われるがままにフタをあけ、匂いを確認した。まだほのかに甘く香ばしい草の香りがした。
「で、だから何?」
「そもそも、スーくんが買ってきたやつ。おかあさんのじゃない」
スケアキは、「まあそうだね」と頷いた。
とはいえ、買ってきたのは弟でも、とっておいたのは母である。
「じゃあ捨てていいよね」
「もったいないかな」と母。
「はああ? スペース無駄遣いしてるほうがよっぽどもったいないんだけど。友達の部屋とかめっちゃ片付いてるのに、なんでウチはこうなの?」
ここでショーコの怒りにブレーキをかけるべく、スケアキがすぐさま言い放った。
「実は、そのグリーンにもよく観察すると多様性がある。濃淡があるんだよ。しかも、他の色のフタもあるにはあるから、ちゃんと並べたら虹のかかる草原みたいな綺麗なイメージも作れるかもしれない」
ショーコは考え込んだが、意味が薄い上に場所を取ることにすぐに気付いて、却下した。
「スーくんはどっちの味方なの?」
姉の問いに、弟は答えなかった。
母からみても、姉からみても、スケアキはどうも信用ならない。
しかし責められ続けてばかりの母としては何としても味方がほしい。
母は、どっちつかずのスケアキを引き込むために、賭けに出ることにした。
「スーくん。このビンはどう思う?」
母が差し出したのは、顔くらいはあるフラスコのような形のビンだった。酒が入っていたものだ。
母が爪で叩いてみたとき、澄んだ音は響かなかった。ガチッと鈍い音がした。ひび割れていたのだ。
スケアキは眉間にシワを寄せながらも何とか閃いた。
「現代音楽の人にとっては価値がある。大小のビンを並べて叩けば音階になる。そのなかで、この詰まった音はなくてはならないアクセントになる。むしろ割れてこそ至高」
ショーコは敵認定した。
母は味方がいたことに安堵した。賭けに勝った。
フラスコのようなビンに対するショーコの判定は当然、
「ゴミ。割れてんだからゴミでしょ」
弟はしかし、なぜか引き下がらない。
「そうだ。いっそ溶かして好きな形に固めれば、世界で一つだけの花瓶にできるかもしれない」
母のビンを歪な方法で守ろうとした。
するとショーコは怪しむような目つきで。
「まさか、あんたもビン集めてんの?」
「それはない。集めてない。ビンは」
スケアキは、携帯を持ち上げていじり出した。目を落とした画面にはオークションサイトが映っていた。お気に入りページには、美少女キャラクターのフィギュアやグッズがびっしり並んでいた。
弟を離脱させることに成功したショーコは、すぐさまビンの仕分けに戻った。
「これは? 何でとっといてんの? たしかに綺麗ではあるけど」
透明な球形ビンの中に、精巧なガラス彫刻のようなものが入っているように見える。翼を広げた鳥の彫刻だった。
これは箱に入れて保管されており、書かれている文字からすると中国酒だろう。かつてはアルコール度数がとても高そうな酒が入っていたようだ。
母は言う。
「まえね、このビンを捨てようとしたらね、困ったことがあって」
ショーコは不審なものを見るような顔で「困ったことって?」と返した。
「このビンを捨てようとすると、宝くじが当たらないの」
ショーコは呆れた。
「それね、新しい良い空気が入ってこなくなってるんだよ。ビンのせいじゃなくてビンをとっといてるせいだよ。そもそも当たったことないでしょ。ていうか捨てようともしてないでしょ」
「そんなにワーワー言わなくても……」
「ねえ、ほんとに運気悪くなるから、使わないもの、飾らないものは、せめて捨ててよ。たのむから。だいたいさ、おくれてるよ? ドラマみてて、こんな汚い部屋でてくる?」
黙っていられない引っかかりワードでもあったのだろうか、スケアキはフィギュア買取チャレンジを続けながら、反論をみせた。
「部屋が散らかっている実写映画やドラマの名作も、いっぱいあるが?」
「さっきからあんた、なんなの」とショーコ。
「いやもう、埒があかないからさ。だから、こういう折衷案はどうだろう。割って、溶かして、繋ぎ合わせて、巨大なステンドグラスを作るんだ。思い出が消えるのが嫌なんだろうからさ、目に入ったら色んなビンの物語を思い出せるような、芸術作品をつくろう。間違いなく海外でバズる」
的外れなことばかり繰り返して邪魔をしてくる弟に、ショーコはきつめに言い放つ。
「あんたの部屋に置くなら勝手にやれば? 置き場所があるか視察に行ってもいい?」
「うーん、すてよう。ビンを」
母は「スーくん、そんな」と悲しげだった。
ショーコが次に仕分けようとしたビンは、立派な見た目をして、ずっしりと重たかった。
角ばったビンは、波型の模様がつけられ、リビングの光を通して、床に特徴的なカゲをつくっていた。
技巧をこらしたデザインは、高い酒を感じさせるものだった。
ガラクタビンたちの中で、かなり異質で上質だ。最も価値があるとさえ言えるかもしれない。
しかし母は言うのだ。
「あー、これはいらないかも。なんでとってるんだっけ」
はじめて、いらなさそうだった。
「じゃあこれはこっちね」
と、ショーコが捨て去り確定ビン第一号として袋に突っ込もうとした時、これまで黙っていた父がカットインしてきた。
「それ、おばあちゃんがくれた酒」
「あ、お義母さんのね。そうそう。思い出した。そしたら、スーくん、これ何に使える?」
スケアキは、どれどれとソファを離れて取りにきた。
姉からビンを受け取り、ゴツゴツとした質感を味わった。
「なでると、きもちよくはある」
「じゃああげる」
「いらねえの極み」
弟は、姉にビンを渡した。姉は、それを床に戻した。
ショーコは理解できず、母に問う。
「なんで? なんで、これはいらないの?」
娘の質問をうけて、母はビンの好みを、人生ではじめて言葉にした。
「あたしはね、透明なビンが好きなの。向こう側が見えて、形がよくて、そのうえで思い出があったりしたら、もっといい」
ショーコは「よっぽど好きなんだ」と言いながらも、目の前にあるビンたちを全て袋に突っ込もうとする動きを見せた。
母は黙って見ているわけにはいかない。ビンを守るために、声を発した。
「あなたたちの名前も、実はビンが由来なの」
父、ショーコ、スケアキは、突然の告白に戸惑った。
母は続ける。
「ショーコはね、実は『硝子』なの。漢字で書いたのがあなたの本当の名前」
ショーコは愕然とした。
「そんな。『空を翔けるように立派で軽やかな人に』とかいう名付けの由来は嘘ってこと?」
続いてスケアキに向かっても語りかける。
「スケアキは、実は透明人間の『透明』って書くの。ご先祖さまとたまたま名前の読み方がかぶってただけなの」
スケアキは、なるほど、と頷いた。
父は「初耳なんだよなあ」とあっさり許した。
ショーコは信じなかった。
「そうやって、ビンを捨てられなくさせるつもりだろうけど、引っかからないからね。捨てなきゃ。心を鬼にして」
「全部はちょっと……」
そんな風に渋り続ける母に、ショーコはついに妥協案を提示した。
「じゃあさ、一個だけ選んで残そう。それ以外は捨てる。いいね?」
「そうね……」
同意ともとれる言葉だったが、母は一向に選ぼうとしない。
「どれとどれで悩んでるの?」とショーコがきいても無視を決め込んだ。
最後の抵抗のつもりかとショーコは思った。最後まで見守るぞと覚悟を決めた。
母は、いろんなビンに次々に触れて、それでも一つを持ち上げることはしなかった。
しばらく宙吊りの時間が続いたが、四人のなかで最初に大きく動いたのは、意外にも父だった。
父は、でかい割れかけのフラスコのようなビンを手に取ると、棚の上にそれを飾った。
すぐに続いたのは弟のスケアキだった。
中に彫刻の入った球体のビンを確保して、自分の部屋に持って行った。
母は、それをみてから、うれしそうにハチミツのビンを手に取った。
そしてショーコも、ビンをひとつ選び取った。ついつい流れで手に取ってしまったのだ。
「って、そうじゃないでしょ! 一人一個って意味じゃないよ!」
ショーコは、クリアな声で天井に向かって声を放った。
そしてすぐに母のほうをみた。
母は、ただやわらかく微笑むだけだった。




