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「先輩」
鞠は言った。
「うん。なに?」
突然立ち止まった鞠を見て、三久は言う。
「私は、先輩の音楽が好きです」
とても真剣な顔をして、突然、三雲鞠は森三久にそんなことを言った。
「……え?」
三久は驚いた顔をして鞠のことを見た。(鞠は真っ赤な顔をしていた)
「私は先輩のファンなんです」と鞠は言った。
鞠はすごく真面目な女の子だった。真面目で、真面目で真面目すぎるくらいに(そういうところがちょっとだけ自分に似ていて、人生損しそうだな、とかそんなことを勝手に三久は鞠に対して密かに思っていた)真面目な女の子だった。
だから、鞠が嘘やお世辞のようなことで、こんなことを三久に言っているわけではないことは、音楽部の先輩の三久にはすぐに理解できた。
でも、だからこそ、……三久は困ってしまった。
自分の音楽が好きだと言われたのは、初めてのことだったから。
どうして私なの? ……とそんなことを三久は思った。(そんな気配、今まで一度も感じたことがなかった)
「どうして私なの?」そして、三久はそう思ったことをそのまま言葉にして鞠に言った。
(三久は先輩として、ずっとどきどきしていたけど、少しお姉さんぶって、自分の気持ちに余裕があるようなつもりになって、冷静を装ったふりをしようと思った)
すると鞠は「初めて先輩の音楽を聞いたときから、ずっと先輩の音楽が本当に大好きだったんです」と三久に言ったのだった。
その言葉を聞いて、三久の顔は真っ赤になった。
ようやく三久は、自分の気持ちが、この現場の雰囲気に追いついてきたことを感じた。
私は今、一つ年下の後輩の女の子に自分の音楽が好きだと言われているのだ。
そんな現実を三久は理解した。
それから、……私は相変わらずこういうこと(誰かに褒められること)にとっても弱い、と真っ赤な顔を鞠に隠すようにうつむきながら、そんなことを三久は思った。