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第一話 心読みの異能

新連載はじめました

「残念ですが……お嬢様の余命は、あと一年です」


 伯爵家のかかりつけ医であるマティアスが沈痛そうな表情でそう言った。

 マティアスは今年三十五歳になる黒髪黒目の青年だ。

 段々目が見えなくなっていくイリーナは主治医の姿を忘れまいとじっと目を凝らしていたが、突如そのクランベリー色の瞳が歪む。

 イリーナは大人しそうな見た目の可憐な十八歳の少女だ。

 彼女が頭を垂れると腰まである茶色のストレートの髪が揺れた。


「一年……ですか」


(思っていたより短いわ)


 イリーナは手に持っていた本を強く握りしめた。『マリアンネの手記』はイリーナと同じ症状で死に至った先祖が残した本だ。先日、屋根裏部屋で見つけたばかりだ。まるで自分の人生が書かれているようで身につまされる。

 イリーナはふぅと息を吐いてから、汗がにじんで震える手のひらをぎゅっと握りしめた。


(想像していたよりも私は動揺しているみたい)


「……私の体は、あとどのくらいで動かなくなりますか?」


 イリーナの問いに、マティアスは顔を歪める。


「このまま『心読み』の力を行使し続ければ、おそらく三ヶ月後には体が動かせなくなるでしょう。お嬢様の目はもっと早く……もしかしたら一ヶ月もしないうちに何も見えなくなるかもしれません。能力を使わなければ一年ほどは生きられるかもしれませんが、お嬢様には難しいでしょう……」


 イリーナの力は相手の心の声が大きければ勝手に聞こえてしまう。小さな声ならば『心の耳』を閉じれば聞こえないようにもできるが、大きな心の声にはそれができない。


「そう……このことはお父様達には秘密にしてくれませんか?」


「で、ですが、それではお嬢様は……っ」


 焦った様子のマティアスに、イリーナは寂しい笑みを向ける。


「私が力を使いすぎたために命を落とせば、お父様達は気に病んでしまうでしょう」


 イリーナは『心読み』の力をアイゼンハート伯爵家のために使ってきた。父親の事業の商談相手、部下が信用に足る人物か。義母や義姉の私的な交流相手を厳選するために。

 生まれた時から今に至るまで十八年間、イリーナは周囲の心を読んでは伯爵家のために尽くしてきた。

 だが、その能力には大きな代償があることを知ったのは『マリアンネの手記』を見つけた一週間ほど前のことだ。

 徐々に目が見えにくくなり、まるで凝り固まったように体が動かなくなっていくことに以前から不審感を抱いていたけれど──。

 まさか家族に求められるまま力を使い続けた結果、このような最期を迎えることになるとは想像もしていなかった。

 その時、大きな音を立てて扉が開かれ、苛立った表情の父親が入室してくる。


「イリーナ、いつまで寝ているんだ。本当にお前は愚鈍だな! さっさと起きて商談相手の『心読み』をしろ!」


 その後ろから義母が現れる。義母はフリルがたっぷりの扇を広げながら顔をしかめた。


「本当に。あなたのような下賤な女の血が流れる子供を恵まれた環境で育ててやっているのに。こんな遅くまで寝ているだなんて何様のつもり? ちょっとは伯爵家のために役に立ちなさい」


 さらに義姉がふんぞり返って言う。


「イリーナ、また私の婚約者候補の心を読んでちょうだい。今日邸に招待するから、あなたは離れた場所にいるのよ」


(役立たず)


(どうしてこんな子を)


(その力さえなければお前になどに構うものか)


 自分の意思に関係なく次々と襲いかかってくる心の声に潰されそうになって、イリーナは両耳を手で押さえる。


(聞いているのか! この愚図め! 何様のつもりだ!?)


 耳をふさいでも心の声は勝手に通り抜けて聞こえてしまう。

 視線を感じて見ると、マティアスがこちらを憐れむように見つめていた。


(本当にこの家族のために命を捨てますか? その価値がありますか?)


 そう心の声で強く問われて、イリーナは唇を噛む。


(でも……それでも私の家族は彼らしかいない)


 ──愛されたい。

 生まれた時から支配されたその感情が満たされたことはない。

 小さな手を伸ばしても振り払われ、ぶたれてきた。自分の価値は『心読み』しかない。

 それでも自分が力を使って役に立っている間は褒めてもらえる。家族から愛してもらえているような気分になる。たとえ一瞬でも。


(私が死んだらこの家族はどう思うだろう? 少しは気にしてくれるかしら)


 その想像が広がる前に父親に腕をつかまれ、ベッドから引き上げられる。


「さっさと支度して居間に降りてこい。良い子のお前ならできるだろう」


(このクズが!)


「……はい、お父様」


 イリーナは顔にいつもの微笑みを貼り付けて、その仮面の下で泣いた。


(私は……どうしたら良いんだろう)


 残された最期をどう生きるか。『手記』には自分の人生を生きれば良かった、と後悔が綴られている。

 その言葉をどうしても考えてしまうのだ。



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