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まさかの話

「ギバーナ……悪いな、聞いたことがない」

 街の警衛は、よその街から来た者に道を尋ねられたら答えられるよう、地図のだいたいは頭に叩き込んでいる。

 そうでなくても、シダルゼアはこの街の出身だからほぼ隅から隅までわかるし、一般教養として周辺の街や有名な村などは知っている、つもりだった。

 しかし、ギバーナ村なんて聞いたことがない。余程辺境の村なのか。

 どうやってかわからないけどここに来た、とクコが言うからには、そう離れた場所ではないはず。長距離の移動能力を持つ鬼人ならその力で戻ればいいだけだから、迷子状態らしいクコにその能力はないのだろう。

 誰か、もしくは何かの移動手段にこっそり便乗し、寝ている間に来てしまったにしても、そんなに距離をかせげるとは思えない。ロック鳥に乗ったら連れて来られた、なんてことであれば、そう話すだろう。

 この近くで、ギバーナ村という地名を聞いたことはない。クコはその村からこの街へ来たが、移動能力を持たない。

 これはどういうことなのだろう。からかわれているのか。

 しかし、ギバーナ村を知らないと言われたクコの様子を見る限り、戸惑いと不安でいっぱいの顔だ。泣き出さないだけで、その様子は完全に迷子。

 賊のことを言って来た時は別の意味で必死な様子だったが、今思えば「賊を見掛けて誰に言えばいいか」なんて、子どもでもわかりそうなこともわからず、あたふたしていた。演技でなければ、そういったものと関わることのない場所にいたのか。

 これは……ばかなことを言ってないでさっさと帰れ、と放っておいたらヤバい状況かもな。勘を信じるなら、強盗の仲間割れより面倒なことかも。

「あの、そもそもここってどこ?」

 何を基本的なことを、と思うが、どうやって来たかわからないなら当然の疑問だろう。

「アルメーディって街だ。人間界の中では、住んでる種族の数が多い場所だな」

「人間界っ?」

 クコは丸い目をさらに丸くする。

「ほっ、本当に人間界? あたし、どうして人間界に来てるの」

 それはシダルゼアの知ったことではない。

 クコの様子にシダルゼアも驚いたが、クコの驚きぶりは芝居に見えなかった。

「通りで立ち話も何だし、俺と来るか?」

 このままでは(らち)が明かないのでそう言ったが、端から見て少女をかどわかす悪い奴に映っていないか少し心配になる。クコがその言葉に安心したような表情を浮かべたので、なおさらだ。

 初対面の男に誘われてついて行こうというのだから、相当切羽詰まっているのだろう。

 妙な心配はともかく、こうしてクコはシダルゼアに拾われることになった。

「そう言えば、まだ俺の方は名乗ってなかったな。シダルゼアだ。知り合いはだいたいシダルと呼ぶ」

 歩きながら、シダルゼアは遅ればせながら名乗った。

 並んで歩くと、クコの小柄が際立つ。長身のシダルゼアの肩より低い。

「あの、シダルはあの屋敷に入ってからどうしたの?」

「見てたのか?」

「うん。シダルだけだと危ないんじゃないかって思って。あたしが見ているだけじゃ、何の手助けにもならないんだけど」

「昔、ああいう奴を捕まえる訓練をしてたことがあるんだ。様子を見て、何とかできそうだったからな」

 こう考えてしまうところが、ワキュラに「無茶をする」と言われてしまうのだが。

「そっか。じゃあ、あたしがシダルに声をかけてよかったのね。獣人なんて初めて見たし、その獣人が泥棒しようとしてるみたいなのに、どうしていいかわかんなくって」

「獣人を初めて見た?」

 現在の人間界は、人間はもちろん、鬼人や獣人、妖精など様々な種族が混在している。獣人は比率としては数が多いから、見たことがないというのは貴重な存在だ。

 今は夜も遅くなって通りを歩く影は少ないものの、その中で獣の顔を持つ種族が何度も行き来している。クコはシダルゼアと話しながら、そんな彼らをちらちらと見ていた。

「あたし、鬼人しか見たことがないの、たぶん」

「何だ、そのたぶんって」

「あたし、三つくらいの時からギバーナ村に住んでるんだけど、その前のことがわからないの。迷子か捨て子みたい。で、ヒョウロ義父さんがあたしを育ててくれたの。街は村からかなり離れた場所にあってあたしは行ったことがないし、村には鬼人しかいなくて。だから、村にいた十四年の間は他の種族のことって本とかでしか知らないの。ねぇ、シダルはいくつなの? あたしは……たぶん十七歳」

 クコが小柄なこととその見た目から、シダルゼアはもう少し下だと思っていた。拾われた年齢がわからないから「たぶん十七歳」としか言えないのだろう。

 それにしても、たぶんなんて年齢の伝え方は哀しいものがある。クコ自身は気にしてないようだが。

「俺は二十五だ」

「そっか。村にいたのはおじさんおばさんばっかりで、ヒョウロ義父さんは年齢的にはおじいちゃんだった。だから、シダルみたいに若い鬼人や子どもとも話したことがないの」

 クコの話が本当であれば、相当な田舎と言おうか辺鄙(へんぴ)な場所にいたようだ。さらに言えば、過疎化している。

「そうか。ほら、あそこだ」

 クコにはどこをどう歩いて来たのかさっぱりだが、広い通りから少し脇道へ入った所に並ぶ建物の一軒をシダルゼアが指差した。

「探偵……事務所?」

 看板などは出ていないが、簡素な木の扉に黒い文字で「エースエル探偵事務所」と書かれている。間口は狭いが、一応二階建てだ。この通りはこういった住居を兼ねた商店が多い。

「そう。俺は元警衛で、今は探偵をやってるんだ」

「警衛って……さっきも言ってたけど、街で問題を解決する仕事?」

 本当に警衛を知らないのか。嘘の内容としては突飛だな。すぐに嘘をつくなって言われそうなことをこうも堂々と言うなんて、度胸がすわってるか記憶喪失かだぞ。

「クコの言う問題っていうのが何かは知らないが、さっきみたいに盗みをしたり殺しをしたりする奴を捕まえるのが警衛だ」

「殺しって、狩りとかじゃなくて?」

「動機は色々だが、俺が知る限りで狩りはないな」

 シダルゼアは苦笑しながら答えた。

 殺しと聞いて、どうして「狩り」なんて言葉が出て来るんだ? 狩猟本能を持つ奴もいるだろうが、街で狩りがあったなんて聞いたことがないぞ。狩りもどきなことをした奴はいなくもないけど。

「前にそういう仕事をしていたから、さっきの獣人も捕まえられたの?」

「まぁ、そんなところだ」

 言いながら、シダルゼアは事務所の扉を開ける。

 ここに限ったものではなく、この通りにある建物はみんな似たり寄ったりの木の扉だ。壁は石っぽいが石を積み上げての造りではなく、のっぺりしていてクコにはどういう素材かわからなかった。

「ラセット、帰ったぜ」

「お疲れ、シダル」

 入ってすぐの所にカウンターがあり、それを超えて右側に作業机やロッカーなどが置かれている。声は開いたロッカーの扉の向こうから聞こえてきた。

 そこから現れたのは、銀縁の眼鏡をかけた男性だ。肩より少し下まで伸びた黒味の強い茶色の髪を一つに束ねている。シダルゼアよりやや年上だろうか。

 どちらかと言えば細身で、(おだ)やかそうな表情を浮かべている。目尻がシダルゼアとは逆に少し下がり気味なので、そう思うのだろう。

 見る限り、その頭に角はない。

「え……もしかして、人間?」

「ああ、俺の相棒でラセット。人間だ」

 わ、角がないだけで、本当に見た目は鬼人と変わらないんだ。あたしが人間みたいって言われるの、わかる気がする。

 角が小さいため、人間みたいだと言われていたクコ。本当の人間のラセットを見て、そう言われるのも納得した。

「シダル、彼女は?」

 クコの興味津々な視線に少し苦笑しつつ、右の中指で眼鏡をくいっと上げながらラセットが尋ねた。

「この子はクコだ。さっきのこそ泥の時にちょっとな」

 シダルゼアは、クコに中へ入るように(うなが)した。

 部屋の中央よりやや奥に、白いついたてがある。その向こうに置かれている、クリーム色のソファへ座るように言う。依頼者が来た時、依頼内容を聞いたり契約を交わしたりする場だ。

 最初にクコの目に入ったのは、普通の人間なら三人が座れるサイズのソファ。そんな大人数が来ることなどないが、少し大きめのクライアントが来てもどうにか間に合うように、という前提で置かれている。

 小さなテーブルをはさみ、ひとり用のソファが二脚。こちらはシダルゼア達が座る。

 そんな普段のことなどもちろん知らないクコは、初めて見る大きな長椅子に目を丸くしていた。座れば身体が沈み込み、驚きの声を上げる。

 中古品の安価なソファセットだが、クコにすれば雲の上に乗っているような気分だ。

「こそ泥の方はうまく処理できたのかい?」

「ああ。いいタイミングで来てくれたぜ」

 熊の獣人の侵入を警衛に通報したのは、ラセットである。

 シダルゼアがねこの獣人のメイドを逃がした後、こそっとラセットに連絡し、リガロの屋敷に賊が侵入していることを告げたのだ。

 結果的にあの場にいたメイドも通報したようだが、もしパニックを起こして通報どころではない時のために、シダルゼアが頼んでおいた。

 了解という返事の後「直接通報すればいいのに」というつぶやきが聞こえたが、知らないふりをする。確かにそうなのだが、ついくせでラセットに連絡してしまったのだ。

 報告することがあれば、警衛だった頃は仲間に連絡を入れ、今はラセットに連絡を入れるのが常だからである。

「賊が入ると教えてくれたのは、クコだ。で……ちょっと色々聞いておいた方がよさそうな感じでな」

 クコはきょとんとした顔で、向かい側に座ったシダルゼアを見る。

「あの屋敷に賊が入るのを見た時の状況を、もう少し聞いておきたいんだ」

「えっと、気が付いたらこの街に来ていて、ここはどこなんだろうってきょろきょろしてたら、あの熊の獣人達が声をかけてきたの」

「声をかけてきた? 入って行くのを見ていたんじゃないのか」

 てっきり遠くから見ていて、怪しいと気付いたのだと思っていた。

「ううん、あたしに見張りをしろって。誰かと間違ってるみたいだった。だけど、これって絶対に悪いことしてるって思って、熊達が家に入ってからすぐに逃げたの。で、誰かに伝えなきゃって思ったんだけど、誰にどう伝えたらいいんだろうって。ここ、いろんな種族がいるみたいだし、それなら鬼人に言おうって思ってるうちにシダルを見付けて」

 シダルゼアの隣に座るラセットは事情がよく掴めずにいたが、口を挟まずに話を聞いていた。

「つまり、奴らに仲間と思われていたってことか?」

「モダって言われたよ。裏口の鍵を開けたのも、そのモダって仲間みたい。いい仕事してるってほめてた。あ、あたしの頭を見て、変装してるつもりかって。たぶん、人間に変装してると思われたみたい」

 最後の方は少し拗ねた口調になる。人間がどうこうというのではない。いくら角が小さくても、自分は鬼人だという小さなプライドはあるからだ。

 一方でシダルゼアは、クコのことを一旦伏せておいてよかった、と考えていた。

 彼女の話からすれば、あの賊の仲間はクコによく似た鬼人ということ。熊の獣人は変化(へんげ)の術を使えないから、獣人が人間になってあの場に現れたと勘違いされた……とは考えにくい。クコ似の鬼人が角を隠して現れた、と思われたのだ。

 あの獣人達がまたクコを見れば仲間と言うだろうし、実際にクコはなりゆきではあっても見張りをした状態になっている。クコにとって、これはかなり不利な状況だ。

 ここまでのこのこついて来て、こんな話をしているのだから、彼女が賊の一味ではないか、という疑いはシダルゼアの中では晴れた。しかし、警衛にこんな話をしていれば、当分拘束されかねない。

「シダル、警衛に彼女のことは話してあるのかい?」

「いや。賊については、俺がたまたま通りかかって見付けたってことにしてある」

「どうして?」

「勘。話したら面倒なことになるような気がした」

「面倒? あたし、何か悪いことしたの?」

 彼らの話に、クコは一気に不安そうな表情になった。知らない場所へいきなり来て、何をやらかしてしまったのか、と。

「いや、クコは悪くない。悪いことをやろうとしている奴を教えてくれたんだからな。今は一旦そのことを置いておくとして、もう少しクコのことを聞かせてくれ。さっき、ギバーナ村にいたって言ってたな?」

「うん」

「それから、どうして自分が人間界にいるのかって驚いていただろ。つまり、ギバーナ村は鬼国(きこく)にあるのか?」

「はっきり聞いた訳じゃないけど、そう思う。人間界はとても遠い所にあるんだってことは何となく聞いてたから」

 クコの言葉に、ラセットが「え?」と声を上げた。

「な? 俺の勘、当たってる気がするだろ」

「あ、ああ……そうだね」

「まぁ、警衛に伏せたのは、この話を聞く前だったんだけど」

 よくわからない会話に、またクコの顔が曇る。

「何? あたし、おかしなこと言ってる?」

「きみは嘘や冗談を言っている訳じゃないんだろう?」

「え? うん……」

 ラセットの質問に、クコはうなずいた。

 生まれた場所はわからないが、物心ついた時からずっとギバーナ村に住んでいる。

 それは本当のことだ。嘘をつく理由はない。

「あのね、落ち着いて聞いてほしいんだけど……鬼国は五十年前に滅んでるんだ」

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