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ただ働き

 熊の獣人は、焦ったように太い腕を壁に、と言おうか、金庫の扉に叩き付けている。何とかしようと必死で、侵入者に気付いていない。

 この賊達は、一点集中タイプなのだろうか。シダルゼアとしては、動きが楽になるからありがたいが。

 応接室にいる仲間、主の部屋にいるであろう仲間は、きっと何かしらの収穫を持って来るだろう。それなのに、このままでは自分だけが手ぶらで格好がつかない……とでも考えているのか。

 仲間に笑われるか、責められるか。どちらにしろ、使えない奴、という烙印を押されてしまう。それがいやだから、必死なのだ。

 安心しろ。全員、使えない奴、で終わらせてやるから。

 シダルゼアはさっきよりも簡単に賊の後ろへ近付くと、雷の力をお見舞いして気絶させた。

 この部屋は家具などが何もないので、賊が倒れるままに放っておく。あんな重い身体を支えるなんて、もうしたくない。これがきゃしゃな女性ならまだしも、シダルゼアにいかついヤローを抱きかかえる趣味はなかった。

 さて、あとひとり……だといいけど。

 クコは三名と話していたが、後で別口が合流していることも頭に入れておかねばならない。

 シダルゼアは、教えられたもう一つの部屋へ向かった。

 気付かれないようにするつもりがないのか、この部屋の扉も少しだけ開いている。不審に思った誰かが来たら、ということを考えないのだろうか。

 今はそのおかげで居場所がわかるからいいのだが、この賊は全員が頭を使わずに力で押し切るタイプだと思われる。

 まぁ、熊だからな。腕力頼みなんだろう。主は鬼人だからそんなに魔力は強くない、と高をくくってんだろうな。それでも少しくらい、セキュリティに魔力が必要なものが使われてる、とか思わないのか? 単なる家じゃなくて、富豪の屋敷だぞ。多少の下調べくらい、して来いよな。まして、魔法具を作る会社の社長宅だってのに。

 心の中であきれながら、シダルゼアはわずかに扉が開いた部屋へ入る。

 主の部屋だと聞いたが、書斎だろうか。大きな机が部屋の奥にあり、その横には大きなガラス窓。暗くてはっきり見えないが、たぶんそこからテラスへ出られるようになっている。

 机の後ろの壁は本棚になっており、賊の持つ灯りで見える範囲だけでも本がぎっしり詰まっていた。机の前には、下の応接室程のサイズではないが、ソファとテーブルのセットが置かれている。

 こんな屋敷の主の部屋だ、机の上にある羽根ペン一本、ペーパーウエイト一つでも高級なものだろう。

 賊は机の引き出しを物色し終えたらしく、何か売り飛ばせそうなものがないか本棚の本を床に落として探しているようだ。これなら、状況は他の二部屋と同じ。

 しかし、シダルゼアが物色している賊の後ろへ忍び寄ろうとした時、熊がわずかに鼻をならした。それに気付いたシダルゼアは、とっさにその場でしゃがむ。

 次の瞬間には、振り向きざまに熊の丸太のような太い腕が振り回された。そのままでいれば、シダルゼアは間違いなく横っ面を張り飛ばされていただろう。

「誰だ、てめぇ」

 どうやら、わずかな臭いの変化に気付いたようだ。熊はだいたいが嗅覚が鋭いと聞くが、他の熊達は鼻が詰まっていたのか、この熊が他より鋭い感覚を持ち合わせていたのか。

 どちらにしろ、さっきまでのようにはいかなくなった。

「ただの通りすがりだ」

「ちっ、モダの奴、ちゃんと見張ってなかったのか」

 熊はいまいましそうに鼻をならした。直後、吠えながらシダルゼアへ襲いかかる。

 五本だった指が一気に獣の毛に包まれて熊の手になり、その先には鋭い鉤爪が光った。あんなもので引っかかれたら、いくら回復力の高い鬼人でも相当なダメージを食らってしまう。

 シダルゼアは飛び上がり、熊の頭上を越えた。ついでとばかりに、空振りした熊の獣人の背中を蹴る。勢いで熊はソファに突っ込んだ。

 その際、鉤爪がソファの背もたれ部分に引っ掛かり、見事に引き裂かれる。布地が裂ける音が部屋に響いた。

 あのソファ、きっと高いよな。まさか俺に請求が回って来たりとかは……勘弁してくれよ。大した貯金もないんだから。

 一方、ソファを破ったことなど微塵も気にしていない様子の獣人は、すぐに起き上がってシダルゼアに向き直る。

 だが、賊の持っていた灯りでは、さすがに広範囲が明るくなるはずもない。どちらも黒系の服を着ているので、暗い部屋の中ではお互いのちゃんとした位置を確認するのが難しかった。どちらも夜目が利く種族ではないのだ。

 鬼人の方が若干見えているとも言えるが、熊はその嗅覚で獲物の位置を判断する。この状況では、シダルゼアの方がやや不利だ。こちらは、ぼんやりと影が見える程度でしかない。

 あまり暴れ回って部屋を散らかしたくないが、そうも言ってられないか。

 どう動こうかと考えていたシダルゼアの足に、何かがこつんと当たった。本ではなさそうだ。

 熊がいる方向を睨みながら、ゆっくりとしゃがんでそれを拾う。ガラスのような感触だと思ってから、これはインク瓶だと気付いた。振ると中身がちゃぽちゃぽと音がする。熊が机を物色している時に落ちたものだろう。

 後で本当に請求書が来ませんように。

 心の中で祈りながら、シダルゼアはふたを(ゆる)めた。あと少しでふたが取れるか取れないか、という状態にすると、それを熊の獣人の影に向かって投げつける。

 だいたいの感覚で投げたつもりだったがうまくヒットしたらしく、ぐわっという熊の悲鳴が聞こえた。

 同時に、びちゃっという液体がどこかにかかった音もする。インクの香りが漂った。獣人に当たったことで、緩ませていたふたが取れたのだ。

 シダルゼアの鼻でもインクの香りがしているのだ、嗅覚の鋭い獣人にはもっと強い香りとして感じられているはず。これでインクの香りが邪魔をして、シダルゼアの位置がわかりにくくなる。

 そうなると、視覚の弱い獣人よりシダルゼアの方が、この暗闇の中ではずっと有利になるはず。

 シダルゼアは、獣人へ向かって走りだした。相手は気配と足音でその位置を探ろうとするだろう。そうさせないため、シダルゼアは床を蹴る。

 一瞬足音が消えて戸惑っている獣人の後ろを取ると、その背に触れて雷の力を放った。

 野太い声で悲鳴を上げた後、大きな熊の身体がゆっくりと倒れる。

 もう仲間はいない、よな?

 部屋の中に潜んだ誰かがいないか、気配を探る。声も物音もなく、それらしい気配はない。

 少なくとも、この部屋にはいない、と断定してもよさそうだ。

「ったく……依頼主もいないのに、今夜はずいぶん働かされたな」

 外がざわざわと何やら騒がしくなってきたことに気付き、シダルゼアは小さく息を吐いた。

☆☆☆

 濃い紺色の作業着のような服に裾が締まったズボンを身に付けた鬼人や獣人が、屋敷の外で動き回っている。

 十名以上はいるであろう彼らは、警衛(けいえい)だ。事件や事故の解決にあたる部署の役人である。

 さっき逃げたねこの獣人と人間のメイド達が、それぞれ警衛と話をしていた。他にも数名いるようで、中での状況を説明しているのだろう。

 シダルゼアが出て行くと、数名の警衛が彼を取り囲もうとした。だが「そいつはいいんだ」という声がして、囲みが解かれる。

「よぉ、ワキュラ。こんな時間に大変だな」

 シダルゼアが軽く手を振った相手は、鬼人の警衛だ。短い銀髪の生え際から太く短い角が三本伸び、いかつい顔付きをしている。

「そういうお前こそ、こんな所で何をしてたんだ、シダル」

 長身のシダルゼアよりさらに背が高く、がっしりした体格のワキュラは、ややあきれたような口調で尋ねた。

「仕事が終わって通りかかったら、おかしな奴らが入って行くのが見えたんだ。で、余計なお世話かと思いながら中を覗いたら、こそ泥がいたもんで」

「被害がなかったようだからいいものの、ひとりで向かって返り討ちに遭ったらどうするんだ。時々無茶するところ、変わってないな」

「お説教は勘弁してくれよ、第三部隊隊長殿」

「茶化すな」

 ワキュラが眉をひそめると、いかつい上に老け顔が濃くなるのだが、これでも二十七歳。シダルゼアと二つしか違わない、元同僚である。

 先輩には違いないが、彼とシダルゼアが並ぶと、彼らの年齢を知らない相手からは上司と部下に見られていた。

「あ、被害なんだけど、主の書斎が賊と格闘した時にちょっと汚れた」

 後で「どこがちょっとだ」と言われても、暗かったからよく見えなかった、とごまかすつもりである。それに全くの嘘ではない。

「社長の屋敷だし、何も盗まれなかったのなら、それくらいはお(とが)めなしになるだろう。で、本当のところはどうなんだ?」

「本当のところ?」

「通りかかってってところだ。何か情報を掴んでたから、とかじゃないのか?」

 ワキュラの疑いのまなざしに、シダルゼアは苦笑する。

「あーのーなぁ。今の俺は単なる探偵だぞ。失せ物・不明者を見付けるのが中心なんだ。どこの屋敷にいつ強盗が入るか、なんて情報は入ってこねぇよ」

 この時、シダルゼアがクコのことを話さなかったのは……面倒だったからだ。

 彼女はこの街の子ではなかったようだし、事情を聞くために連れて来い、と言われたら捜しに行かなくてはならない。かろうじてクコという名前だけは聞いていたが、それ以外の手がかりなどないし、今はどこに行ってしまったかわからない。仕事以外で不明者捜しはごめんだ。

 もし屋敷の主リガロが礼をしたい、となったら、その時はちゃんと捜して分け前を渡さなければならないだろうが……まぁ、その時はその時。

 むしろ、被害をこうむった、と損害賠償を請求されないかの方が心配だ。

「そうか。主は仕事でよそへ行っているそうだ。また事情を聞くから……って、お前にはいちいち言わなくてもいいか」

「手続き諸々(もろもろ)の話はわかってるよ。あ、そうだ。捕まえた奴からも話は出るだろうけど、モダって仲間がまだいるようだ。見張り役だったらしいけど、俺はそいつを見てない。先にトンズラしたみたいだな」

「わかった。そっちの方も調べておく」

 シダルゼアはここで解放された。ようやく、落ち着いた時間をすごせそうだ。

 去り際、ねこの獣人がわざわざ駆け寄って来て、礼を言ってくれた。礼を言われれば、やっぱり悪い気はしない。多少の奉仕はするものかな、などと思いながら帰路につく。

「あ、あの……」

 屋敷から少し離れ、大きな通りへ出る手前の所でシダルゼアは声をかけられた。

 ん? 今のはもしかして……。

 聞き覚えのある声にそちらを向くと、やはりクコだ。

「何だ、帰らなかったのか」

 子どもがこんな時間に、と思う反面、捜す手間が省けた、とも思う。居場所をしっかり把握しておけば、警衛で何か事情を聞かれた時に接触しやすい。金一封のようなものが出れば(出れば、だが)連絡もできる。

 それから、ふと獣人が口にした「モダ」のことを思い出した。

 見張りをさせていたが、いなくなったようだ。シダルゼアも見ていない。賊が熊の獣人だから見張りもそうだと勝手に思っていたが、同族である必要はないのだ。別の種族が仲間になっている可能性は十分にある。

 それが、目の前の少女である、という可能性も。

 熊は何とも思っていなくても、少女に何か思うところがあって裏切った。それらしいことを言って目撃者をつくり、獣人達が捕まるように仕向けた……。

 その考えに、無理はないように思える。

「あの獣人達はどうなったの?」

「警衛が来て、捕まった。きみのおかげだな。今夜はもう遅いから、送って行くよ」

 時間が遅いということもあるし、この状況で「未成年であろう少女を送る」という行為は不自然ではないだろう。家がどこであれ、彼女の自宅がはっきりすれば色々と情報も得やすくなる。

「家はどっちだ?」

「えっと……」

 言いよどむ少女に、シダルゼアはわずかに首を(かし)げる。言えない理由、知られたくない理由でもあるのか。

 これで彼女が何かごまかそうものなら、さっきシダルゼアが考えた可能性がさらに濃厚になる。

「どうした。あ、もしかして親とけんかでもして、家出したのか?」

 わざと軽く言ってみる。親とけんかして飛び出して……なんて、彼女くらいの年頃ならよくあることだ。

 そうだと言えば説得して家へ帰し、それを(こば)むようなら疑惑がふくらむ。

「家出? 家を出ること?」

「そういうことになるか。ってか、なんつー返しをするんだよ」

 さらに言いよどむか、本当に家出なら親に対する文句の一つも出るか。もしくはそれらしい言い訳が出るかと思ったのだが、クコの口から出たのはシダルゼアの予想もしない言葉。

 まさか言葉の意味を聞き返されるとは。

「本当の両親はどこなのかわからなくて、育ててくれたヒョウロ義父さんは二年前に亡くなったの。あたし、家は確かに出たけど、ここへ来るつもりはなくて。気が付いたらここにいて、どうやって来たのかわからないの。帰り道がわからなくて……」

 あれ? 俺が思ってる以上に何かややこしい話だったりするのか。

 嘘やごまかしにしては妙だ。嘘ならもっとうまくつけ、と言いたいところだが、少女は神妙な表情である。

「あの、ギバーナ村はどっちの方角ですか」

 クコにそう尋ねられても、シダルゼアはすぐに答えられなかった。

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