僕的思想
私が7年前の高校生のときに部誌のために書いたもの。
ちょっとイタイ感じですが、暗い話ではありません。
加筆修正ほぼなしでいってますので、拙文は何卒ご愛嬌。
夕暮れ時の陽を受けて、瞳の切れ端に小さな雫が光っていた。
僕は彼女の心の中を、ほんの少しだけ覗いた気になった。
朝から曇っていた空がオレンジ色に染まり、湿った空気だけが残されている。
学校からの帰宅途中、前を歩く同学年の彼女の瞳に、夕日に反射した雫が見え隠れしているのを見つけた。
話をしたこともない。
名前すら曖昧である。
たまたまその彼女の後ろを歩いていた、それだけの偶然。
彼女は手の甲で涙を拭うと歩き出した。
僕は、特別彼女が気になるわけではない。
ただ…暇なだけだ。
そう自分に言い聞かせ、静かに彼女の後を追った。
確か、彼女は隣のクラス。
いつも僕のクラスに来て「ニコニコ笑っている明るい子」というイメージがある。
しかし、実際ではその彼女が暗い表情をのぞかせて肩を落とし歩いている。
気になる…というよりは心配だった。
何か、起こすのではないかと。
そんな思考を巡らせている僕に気付きもしないで
彼女は土手へと降りる階段を下っていった。
河は夕陽の光で満ちている。
昼の太陽とは少し違う優しさがあった。
僕はさすがに土手まで彼女を追っていくのは怪しいだろうと思い、
階段の脇にあるフェンスに寄りかかり彼女を目で追った。
彼女は土手の隅にあるべんちに座ると鞄をあさり始める。
別に僕が心配しているほど、問題を起こしそうでもなかった。
「…僕は何やってんだ」
ため息混じりに思わず口にしてしまう。
僕が自分の行動に呆れて素直に帰ろうと思った、その時。
彼女が鞄の中から何か光る物を取り出した。
いや、その物体自体が光っているわけではなく、
陽の光が反射して光っているように見えるだけだ。
僕の頭の中では、「光る物」が必死に検索されていた。
結果、「鏡」が一番ちょうど良いことが判明。
しかし、鏡にしては小さすぎた。
これでまた、「光る物」と「鏡より小さい」というヒントを元に
当てはまるものを探さなくてはならない。
そんなちょっとした探偵気取りの僕の目に、衝撃的な映像が映った。
その途端、僕の足は勝手に彼女の方へ走り出していた。
セーターからのぞく彼女の手首。
右手にはしっかりと光を反射する刃物。
剃刀か?カッターか?
いや、そんなことはどうでもいい。
とにかく彼女を止めなければいけない、と僕は妙な使命感に燃えていた。
「ちょっとっ!」
僕は呼びかけながら彼女の元へと急いだ。
彼女は自分に言われているとは気付かずに、その右手を休めようとはしない。
「君だよ!」
やっとのことで彼女の元に着くと、僕はその左肩に手をかけた。
すると彼女はビクッと体を震わせ、恐る恐る顔を向けた。
彼女のその顔は僕を確認すると同時に、表情を一変させた。
「…何?」
それはあまりにも酷い言葉だった。
僕が一方的に想像していただけなのだが、
もっと泣きそうな声で瞳に涙を溜めているものだと思っていたのだ。
しかし実際には、想像と裏腹に、
怪訝そうな彼女の顔といかにも「邪魔」だと言っている視線しかなかった。
「何って…君こそ何しようとしてるんだよ」
僕は自分のしたことが「良かった」のか「悪かった」のかも分からなくなっていた。
ただ、心拍数だけが上昇している。
止めるべきではなかったのだろうか?
今まで本能のままに動いていた心臓が焦っている。
背中に冷や汗が流れた。
「アンタに関係ないでしょ」
彼女は冷たく言い放つと、肩に置かれた僕の手を払った。
この言葉に、僕は硬直したまま動けなかった。
気持ち良く吹いていた風も、今は無性に生々しくリアルに感じられて心地が悪い。
彼女は鞄を手に取ると、すぐに僕の元を去った。
一瞬、きつく僕を睨みつけてから。
今まで・・・そう。
学校を出てから今まで、僕は一体何をしていたのだろうか?
「時間を無駄にした」というショックよりも
「あのいつも明るい彼女にこんな影があったのだ」というショックの方が遥かに大きかった。
話もしたことのなかった彼女だが、僕の勝手な想像で明るい健全な女の子という人物像が形成されていたのである。
それが崩れたということもある意味ショックであったし、それよりも自分が先入観で抱いていた印象がこれほどまでに曖昧であったことがいたたまれなかった。
深くため息をつきながら、ベンチに目を落とす。
そこには赤い水玉模様。
赤い、赤い水滴。
彼女の・・・ものだ。
僕はまた急に彼女の安否が気になりだした。
あれだけ嫌そうに追っ払われても、放っておけない何かがあった。
ただの好奇心なのかもしれないし、正義感なのかもしれない。
それとはまた別の、何か他の・・・感情なのかもしれない。
どちらにしても、僕の足はまた勝手に彼女の元へと向かってしまう。
彼女はまだ階段の近くにいる。
まだ、間に合う。
僕は鞄の中から絆創膏を取り出すと、わざとポケットに突っ込んだ。
さも、たまたま持っていたかのように見せるために。
陽は徐々に傾いている。
最後の力を振り絞って最高の輝きを放っていた。
僕は一歩一歩、確実に彼女に近づいていくが、
それと同時に心拍数も上がっていった。
光が当たって見えなかった彼女の横顔が見えてくる。
少しずつ影を持ち、そして一つの顔となる。
夕陽の光が彼女の顔から消えていくにつれて、表情が見えてきた。
リップで光る唇。それと共に光っているのは、彼女の涙だった。
その涙が何をさしているのか、僕には大体予想がついていた。
本日二度目の涙。
最初の涙と違う所は、僕が助けに行ったか行かないか。
足の歩みが早くなった。
風が心地よく、吹いている。
読んで下さってありがとうございました。
SSばかりが好きなので、もし宜しければ他の作品も覗いてみて頂けると嬉しいです。
貴方に、数々の未体験の人生が、活字で得られますように。