蛍石
私自身、主体性とは一体、どのようにして証明できるものなのだろう。私たちの思う人類や宇宙とは、本当に存在するのだろうか─。
◆◆◆◆◆◆
ふとした時に、空を見上げることがある。
キラキラと目に射すような光を纏った朝の空。
どこか寂しげに、紫を帯びる夕焼け。
空とは厄介なものだ。
私が精一杯思い出に遺そうと気持ちを弾ませた日に限って雨を降らせては灰色に映るし、悩みに縛られ身動き取れぬ時ばかり鬱陶しく陽光を見せびらかしてくる。
だがそんな空が、私は好きだ。
私というたった一人の人間の、小さな器の中にある日々の出来事から少しだけ目を反らし、上を見上げればいつも思う。
どんな天候でさえ、こんな私の周りをいつだって色彩豊かに彩り、包み込んでくれているではないか。
開放的な一方で、まるで
「安心しなさい。気まぐれな空だけど、決して貴方を外へ逃がしたりしないわ」
とでもいうかのように。
蛍石、という石をご存知だろうか。
フローライトとも呼ばれる石で、火のなかにくべると、音を立てながら発光することからその名が付けられたという。
この石には様々な色がある。
軽やかな緑色から紫陽花のような紫色、オレンジやレモン色があると思いきや、ドキュメンタリー映像でみるような、どこか知らない国から撮影した海を思わせる蒼まで。
これらの発色をするものはどれも透き通っていて、石の内部のヒビまでもがよく見える。
そうそう、グラデーションなんてものもあった。
一欠片の小さな蛍石の中で、落ち着いた薄いグリーンが徐々に赤みを帯び、少しずつ紫色が濃くなっていく。
夏の、夕方5時、といったところか。
◆◆◆◆◆◆
少年は、手のなかに収まっている小さな塊を見つめていた。それは少し前に、祖母にもらった小さな石。
祖母は、お守りだよ、と言っていた。
それ以降少年は、この石を肌身離さず持ち歩き、一緒に時を過ごしていた。
少年は、この石の名前を知らなかった。
祖母に尋ねようともしたけれど、途中でやめた。
別に名前を知らなくてもいい。
その石を眺めていると、心が安らぐのだ。
濃い青色が縞模様を織り成すにつれて薄れていき、優しいライトグリーンに変わってゆく。
何処か不安な夜が明け、空が白み始めたときの、胸を撫で下ろしたくなるようなそれと似ている。
少年は、いつものように、その石を眺めていた。
手の平で転がしながら、これと言った特別な感情は抱かずにもてあそぶ。
ひやりと冷たかった石が、段々と少年の体温で温まり、少年とひとつになってゆく。
ギラリ、と何かが光った。
石の中から。
少年はこの石をよく知っている。
奥にどんなヒビが入っていて、どんな反射をするのか。
どこが出っ張っていて、どこが滑らかなのか。
知り尽くした少年は、違和感を覚えた。
知らない光方だった。
どこが光った?何色だった?
分からない。
目を近付けて見てみたけれど、分からない。
ただ一つ、少年に分かる、というより、肌で感じた事があった。
目があった。
その光は、石に反射したものというより、誰かに見られているような、ひりっと身体が緊張し、見つめ返さなければ負けてしまう、といった視線のようなもの。
鮮やかな空を見上げるように、石の色彩を、内側から眺めている、眼球のようなもの。
瞬間、少年は混乱した。
不安に駆られ、空を仰いだ。
自分は今、どの世界に身を置いているのだ─?