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万華鏡

作者: コトサワ

短いお話です。

5年3組のクラスメイト、加賀見君のエピソードに私がタイトルを付けるなら、迷うことなく「純粋少年」。そう、〝あのこと〞さえなかったなら────。


5年生とは、思春期にさしかかるお年頃。けれども加賀見君には男女の区別はない。誰にでも笑顔で「オハヨウ」。校外で会っても「やあ」。無視するでしょう、このお年頃の男子。外で出会ったって。ところが必ず。誰にでも、「やあ」。人見知りのこの私にさえ───。

国語の授業、音読の発表の時には、教科書の詩に見事な即興の節を付けて歌う。大マジで。だって純粋なんです。

月の満ち欠け否定論をたたき出した加賀見君。空には何種類もの形の月が隠れていて、毎日順番交代に出てくるのだと。その年の夏休み中、月を見上げて自由研究。ギャグではない。

「怖いもの」について、みんなが発表した日のこと。クラスのみんなの答えは様々で、オバケ、幽霊、先生、細菌、暴力、地震、高い所、虫、蛇、カエル·····。カエルは分かる。でも加賀見君の答えは「ガマの油」。みんなキョトンとした。先生の どうしてですかの質問に答えて曰く、「これはね、四方が鏡の壁の部屋にガマを入れるんです。それを上から覗いたりしたら、もう最悪。コレはアレと紙一重なんだから」。さらにキョトン。「アレって何ですか?」と先生。「怖くて言えません。」と加賀見君。ここでチャイム。先生にすら理解不能。でもきっと加賀見君の感性には怖いんだ。純粋な感性には。

私はそんな加賀見君が───·····加賀見君に惹かれていた。

持ち上がりで6年生も同じクラスだったけれど、私は自分からは喋りかけられない。どころか、加賀見君の笑顔での「オハヨウ」にも、まともに答えられない始末。こんな私に嫌気がさして、今日こそ言ってもらえないのではないか、オハヨウと。今日こそ笑顔が消えるのではないか、私への。不安と自己嫌悪で、ますます私は言葉をなくしてゆく。

けれども、その日は修学旅行。もう、ラストチャンスかも。だって加賀見君は、あんなハチャメチャに見えて頭が良い。私立の中学校の受験に受かったとの噂があった。きっともう、今日しかない。なんでもいい、自分から、一言でもいい、自分から、加賀見君に喋りかけたい─────。

所は京都、おみやげを買う自由時間。店先で、加賀見君が近くに来た。今世紀最大のチャンス! 渾身の勇気。生まれて12年中、最大の勇気をふりしぼり、私は言葉をはき出す。「加賀見君、見て、ほら、きれい」。私の差し出した和柄の万華鏡。加賀見君は、ふと覗こうとして───── 初めて見る恐い顔で、初めて見る乱暴さで、万華鏡を台に戻した。そうして私を睨みつけ、「これは、悪魔のおもちゃだ!!」。


あのことさえなければ、このお話のタイトルは「万華鏡」なんかではなかったのだ。

あの後、加賀見君とは喋っていない。卒業してから会ってもいない。

次に会った時、「どうして」と聞いてみたら加賀見君は答える。加賀見君の左目は義眼だ。幼少の頃、不注意で左目を潰し、それ以来の義眼。しかしその左目は、実は悪魔に貰ったもの。よく見える。何でも見える。そのかわりの約束が、悪魔のおもちゃ、万華鏡を覗かないこと。もし覗いたら、目から順に吸い込まれて万華鏡の中の飾りの一片になってしまう········なんぞと、加賀見君に会えない私の妄想話は、これでもう13話目だ。


今日、20年ぶりの同窓会だ。加賀見君は来た。青年の加賀見君だ。私は万華鏡を持ってきている。加賀見君はあいかわらずだ。誰にも変わらず「やあ」、「久しぶりだね」。純粋青年。

来る。こっちへ来る、加賀見君が。私に向かって、 「やあ。久しぶり」。─────覚えてくれているの? 私を、本当に?? でも黙ったまま私は万華鏡を取り出す。「加賀見君、見て、ほら、きれい」。加賀見君は私の手元をじっと見て、その手から乱暴に万華鏡を奪い取った。私は加賀見君の顔を見る。加賀見君はニヤリと笑った。 「これは、悪魔のおもちゃだ」。

────────20年の、私の妄想話13話の中に、当たりはあるのか。

長い、深呼吸の後、やがて私は20年の歳月で結晶と化した言葉を口からこぼした。「どうして?」。

加賀見君は一段深くニヤリと笑い、ゆっくりと万華鏡に左目をあて───────────。

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