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行き先は

「う、ん……」


 ゆるやかに意識が浮上する。

 久しぶりに目に入る光は、とても眩しい。体が強ばっているのを感じる。


「おはようございます! 目覚めたんですね、良かった」

「あなたは……?」


 横を向くと、整った顔の少女がこちらを覗き込んでいた。今までに会った覚えは無いが、誰だろう。


「僕、ルイーゼっていいます。ここは魔法使いの森、僕達の住む場所です」

「魔法使いの、森? ……そうだ、ソフィーナは?! ソフィーナは何処に」


 意識がはっきりとしてきて、何が起きたのかを思い出す。血の気が引くのを感じた。ソフィーナは、彼女は生きているのか。


「落ち着いて、大丈夫だから。彼女は今、外で魔法の練習をしてると思いますよ。怪我も無いし、元気そうですから、安心してください」


 良かった、彼女は無事なのか。怪我が無いなら本当に良かった。女性の顔に傷が残ってしまってはいけない。


「魔法の練習ですか?」

「はい、才能あると思いますよ、あの人。あ、何があったのかはもう聞いてますから、説明は要りません。さっき起きたばっかりですし、もうちょっとだけ休んでてくださいね」


 体を起こそうとすると押しとどめられ、そのままルイーゼは話し続ける。見かけによらず力が強い。


「念の為、あなたの名前を聞いても良いかな? さっきも言ったけど、僕はルイーゼ。あなたは?」

「カルヴィンです。カルヴィン……いえ、姓はありません」


 そうだ、フロスタは存在しない。もう、騎士では無いのだから、名乗る姓など存在しないのと同じことだ。結局、一番守りたかったものは守れなかったのだから。これまで生きてきた全ての時間を、否定されたような気分だ。とても信じられない。今でもフロスタに戻れば、今までと変わらず賑やかな王都があるんじゃないかと思う。きっと悪い夢を見ていたんだと笑いたい。


「姓は無い? まあいいか、カルヴィンさんで間違いないみたいですね。えーっと、ここは魔法使いの森で、僕の家です。わかりますか?」

「魔法使いの森……ということは、ここは西の大陸ですか?」

「はい、そうですよ。ちゃんとわかるみたいだし、もう大丈夫かな。カルヴィンさん、魔力がすっからかんだったけど、いったい何したんです? どんな魔法を使ったんですか?」

「魔力?」


 魔力に、魔法? 残念ながら私は魔法の才能は無かったはずだ。魔法が使えて損をすることは無いし、試すだけ試してはみたのだが。

 ふと王宮に居た人々や、日々訓練を行っていた兵士達の顔が思い浮かぶ。元々親しい人など少なかったが、顔見知り程度の仲の者すら、もうこの世には居ないのか。……とても現実だとは思えない。


「普通の人が、魔力を使い切るほどの魔法を使えるなんて、とても興味深いことですから。どうしたんですか? そんな変な顔して」

「いえ、私は……魔法は使えないはずなのですが」

「え? そうなの?」


 ルイーゼは素っ頓狂な声をあげて驚いている。


「今まで一度も魔法を使ったことなんてありませんよ。魔力を感じることすらできませんでしたし」

「うーん、じゃあ、暴発ですかね? なにか魔法具とか……ええと、なんか神秘的なものを持ってたりしませんか?」

「神秘的なもの、ですか?」


 そんな未知の力を秘めたような物なんて、持っていただろうか。特に思い当たる物は無い。


「なんて言ったら良いかな。そうだ、その剣、少し借りてもいいですか?」

「ええ、構いませんが……それは――」


 重いですよ、とは言う前に持ち上げていた。細いのに随分と力持ちだ。

 彼女は剣に手を当ててなにやらぶつぶつと呟いている。聞きとることはできなかった。


「やっぱり、これは魔法具ですね! いったいどこで手に入れたんですか? ここまで強い祈りを込められたものなんて、かなり高価……っていうより、売り物にならないと思うんですよ」

「国に古く伝わるもの、ということしか私は知りません。恐らく、もう資料も残っていないかと」


 探せば文献もあったのだろうが、探しにフロスタまで行くのは危険だろう。

 しかし、今は何月何日だろう? 窓からは明るい光が射し込んでいる。私達が王宮に辿り着いたのは、既に正午を回った後のことだった。あれから何時間、いや、何日経っている?


「古いのかぁ、そりゃあ凄いわけだ。あっ、魔法具自体は知ってますか?」

「初めて聞きました。魔術も学んでいないので」

「魔法具っていうのはね、例えばこの杖」


 剣は膝に乗せ、どこに置いていたのか、ごとりと音を立てて彼女は長い杖を持ち上げた。


「これは、魔法を使うときに多少手助けをしてくれるものです。詳しく話すとちょっと難しいので、暴発とかも含めてまあ適当に説明しますね」

「ありがとうございます」

「カルヴィンさんが持ってる剣も魔法具かな。それで、この魔法具なんだけど、これを持ってると極々稀に、意図せず魔法を使ってしまうことがある。それが、暴発です。」


 確かにそういうこともあるのかもしれない。フロスタ王国では魔法はあまり重視されていなかったし、そもそも魔法を使える者も居なかった。もちろん使えて損をすることはないだろうが。


「命の危機に瀕したとき、本当に稀に起こるんです。話を聞いた限りだと十分命の危機って言えるだろうし、カルヴィンさん自身に魔法を使った覚えがないなら、暴発で間違いないかと」

「わかりました、ありがとうございます。ところで今日の日付を教えて頂けませんか?」


 あまり長居するのは良くないだろう。どうやら傷の手当もして貰ったようだし、迷惑をかけるのは申し訳ない。


「えーっと、今日は六月の十一日です。カルヴィンさんたちがうちに来てから四日目ですね」

「何から何まで、本当にありがとうございます。何かお返しできたら良いのですが」

「ううん、構いませんよ。僕ら、一度助けた人は最後まで助けますから。住居を探すくらいはできますし」

「それは助かりますが、しかし……」

「いいんですって! あ、水でも飲みますか? そろそろソフィーナも戻ってくるだろうし、一度三人で話しましょうよ」


 さりげなく話を逸らされたような気もするが、喉は渇いている。どうやら四日ほどは眠っていたようだし、仕方ないことだろう。まさかそんなに寝込むとは思っていなかったが。


「そうですね、そうしましょう」

「よし、決まりですね! ところで、天使に襲われて無傷でいられるなんて、とても強いんですね」


 無傷でいられる?

 大怪我こそしなかったが、細かい傷はかなりできてしまったはずだ。服もぼろぼろになってしまった。


「無傷ですか? そんなはずは」

「あれ、そうなんですか? でもうちに来たとき、もう傷は治ってたんですよ。あー、でも確かに服は破れてたし、おかしいなって思ったんですよね」


 そう言えば、服まで綺麗なものに変えられている。本当に何から何まで世話になってしまった。


「そうなると、どなたが治療してくださったのでしょう」

「ソフィーナはどうやって海を渡ったのか覚えてないらしいし、もしかしたら通りすがりの誰かが助けてくれたのかもしれませんねぇ。あ、そう言えば服なんですけど、傷が少ないものは直しておきました。上着はちょっと元々どんな感じだったのかわからなくて、そのままなんですけど」

「そんなことまでやってくださったんですか? なんとお礼を言って良いか……」


 彼女は気にしなくていい、とでも言うように微笑んで、ソフィーナを呼んでくると部屋を出ていった。


 扉が閉まると足音は小さくなって、微かな木々のざわめきのみが聞こえる。心地よい静けさだった。何もかもが変わりすぎて、本当に夢を見ているようだ。見慣れない天井も、僅かに開いた窓から入る空気も、森のざわめきも、どこか現実離れしていて、切り離されたように感じる。誰か違う人の、夢の中に入り込んだ気分だった。

 何も無い。何も無くなってしまった。出会ったばかりの私達は、二人ぼっちだ。何故私達だったのか。何故私達でなければならなかったのか。無力だった。そして、孤独だった。この森は平和で、無性に家に帰りたくなる。


 ――そんな感傷を打ち破ったのは、けたたましく扉を開く音だった。


「カルヴィンッ! ああ良かった、もう大丈夫なのねっ」

「うわぁっ何事ですか?! ぐえっ」


 お願いだから少し待って欲しい、脇腹がつる。痛い。

 突然すぎる轟音に飛び起きるも、飛び付いてきた頭が見事に命中。あまりのことに思考は追いついていなかった。思いがけず響く大声は、家中が揺れたのではないかと錯覚する程。実際にはどたばたと走る衝撃で揺れていた訳だが。


「ちょ、ソフィーナ! 待って、待ってってばぁ」


 ぜえはあ、と息切れしながらひょっこりと顔を覗かせるのは、つい先程部屋を出ていった少女、ルイーゼだ。床に着きそうな淡い色の髪がすっかり乱れている。


「私、すっごく心配したのよ! ずーっと目を覚まさないから、本当にどうしようかと思って……」

「ソフィ、僕が見つけてすぐに回復したんです。自分のせいでこんなことにって、とても心配してたみたいで」


 ソフィーナは赤い瞳を潤ませて、じっと見上げてきた。食い入るように見つめられているが、本当にどうしたと言うのだろう。心配をかけてしまったのは申し訳ないと思うのだが。


「私、カルヴィンと初めて会った時から思っていたのだけど……長袖で、暑くはないの?」

「今それ聞く? え、ソフィ、このタイミングでそれ聞くの?」

「ええ、まあ、暑く無いわけではありませんが」


 何故今それを言ったのだろうか。そろそろ腰が悲鳴を上げているので、離れて欲しい。


「首まで隠しているから、暑そうだと思っていたのよね」

「うん、そっか。君ってそういう子だよね。さて、二人とも、降りてきてくださいな。あ、靴とそこに置いてる服は使ってくれて構いませんよ」

「ああ、はい、わかりました」


 そしていつの間にソフィーナとルイーゼは仲良くなっていたんだ。私が寝ている間か、そうか。いや、自問自答している場合ではない。腰が痛い。おかしな体勢で静止した腰が……限界を、迎えそうだ。


「ええ、今行くわ!」


 ようやく解放された。目覚めて一日と経たず寝たきりにされるのは勘弁だ。


 嵐のように騒いで嵐のように去っていった。とりあえず私も居間に向かおう。

 寝台の脇には見慣れた革靴と、すっかり直された肌着が並べられている。やはり、慣れた服装が一番だ。首を晒していると落ち着かない。


 部屋の扉の向こうは、温かみのある木でできた短い通路が続いていた。ここにはルイーゼ一人が住んでいるのだろうか。それにしては、少し広すぎる気もする。階段を降りてまた通路を抜けると、既に二人は座って待っていた。


「ようやく三人揃いましたね。さ、適当なとこに座って。色々と話したいこともありますし」

「では、失礼しますね」


 椅子は四脚あるようだが、私達三人の他に人の気配はしない。


「あれからまだ四日しかたっていないなんて、信じられないわ。今も夢だったんじゃないか、だなんて思ってしまうわね」

「君達はこれからどうするつもりなの? ここはフロスタからだと海を挟んだ向こうだし、こっちじゃ行くあても無いでしょう」


 


「私は……カルヴィン、貴方に合わせるわ」

「私ですか? まだ何も決めていませんが」


 と言うより、決める暇も無かった。当たり前だろう。


「とりあえず、暫くはうちに泊まっていってよ。僕ら魔法使いは、絶対に裏切りませんから」

「そんなに迷惑、掛けられませんよ。何故フロスタが滅ぼされてしまったのかも、まだ何も分かっていませんし、もしまた天使が敵意を向けるようなことがあったら……」


 天使たちは恐らく、私達を殺しに来るだろう。そのときこの家に居ては、何が起きるか分かったものでは無い。


「大丈夫、この家は絶対に誰にも見つかりません。ここの森に住む魔法使いだって、そうそう辿り着きはしないでしょう。この僕が必死に隠した家です、どっしり構えていてください」


 好意はとても伝わってくる。確かに、寝床を確保できるのは有難いが、どうしたものか。

 ふと、ソフィーナと目が合う。彼女はふわりと微笑んで、どちらからともなく頷いた。


「ありがたくそうさせて頂こうかしら。本当に助かるわ」

「そっか、じゃあそれで決まりだね! この家には僕しか住んでないから、部屋も物も余ってるんだ。好きに使ってよ」


 ルイーゼはどこか安心したように笑い、ぽんと胸に手を当てたのだった。


 しかし、これからのことも考えなければならない。何もしなくたって時間は過ぎるし、いつまでもここで立ち止まっていたところで、事態は悪化するだけだろう。


「あ、そうそう、カルヴィンさんの荷物はちょっと……鞄が……その……趣! そう、趣がある感じになってたけど、ちゃんと無事だから安心して下さいね」

「趣……」


 それは遠回しに貶しているのでは。


「そう言えば、あのときの手紙って、なにが書いてあったの? 私は母さんからだったのだけど、良かったら教えてくれないかしら」

「他愛もないことですよ。それと……そうですね、必要であればカリド王国へ向かえと」


 私へ宛てた一通の手紙。ソフィーナに伝えるべきことは、ほとんとないだろう。あれは私だけが知っていれば良い懺悔だ。陛下だって、他人に読ませることは想定していないだろう。


「カリドに行くの? あそこは結構近いし、良いんじゃないかな。名前はなんとなく間抜けな感じがするけど、良い所だ……です、よ!」

「この森のすぐ南だったかしら。……無理して敬語を使う必要は、無いと思うわ」


 いつも通り可愛らしく、くすくすとソフィーナは笑った。


「ええ、普通に接してくださって構いません。私はいつ出発しても良いのですが、一先ずカリド王国へ向かう……ということでよろしいですか?」

「もちろん。ああ、でも、そうね……母さんを探しても、いいかしら。色々と落ち着いてからで良いのだけれど」


 そう言った彼女の表情はひどく寂しげで、そんな顔ができることを少し羨ましく感じてしまった。


「わかりました。何も目標が無いというのは少し動きにくいですし、レイシーさんと再会することを目標にしましょう」

「うん、僕はまったく何の話なのかわかんないけど、良いと思うよ! でもすぐ出発するのは待って、せっかく二人とも魔法に目覚めたんだからしっかり使えるようになってよ」

「私は別に、魔法は使えなくても良いのだけど。ありがとうカルヴィン、優しいのね」


 私は、感謝されるような人間ではない。きっと、陛下に任せられたから、優しくしているだけなのだろう。自分でも自分が何を思っているのか分からない癖に、他人に優しくしようとできる程素晴らしい人間にはなれなかった。


「じゃ、そういうことで、お昼にしよう! 準備するから待ってて、一応料理は得意なんだ」


 パン! と良い音で手を打ち鳴らし、ルイーゼは立ち上がった。


「手伝いますよ。これでも、自炊をしていましたから」

「それは助かるよ、でも良いの?」

「迷惑をかけっぱなしにする訳にはいかないでしょう」

「ねえ、私は何をしたら良いかしら」

「ソフィは座ってて!」


 時計の針は十二時を指し示す。

 静かな家には、孤独を吹き飛ばすような明るさが訪れていた。

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