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新たな出会いと予兆

 公都の朝は早い。

 聖職者達は早朝からせっせと働き、民衆の為祈りを捧げている。

 七時頃になると住民達は活発に動き始め、市場の屋台の音や職人達が奏でる音で賑わい出す。


 なんやかんやあり、私達は一日かけて公都へ辿り着いた。途中駅に寄ることはあっても、一日中ほぼ全ての時間を馬の上で過ごしたわけで、流石に疲れたのかソフィーナは宿についてすぐ眠ってしまった。

 情報収集、ということだが。

 建前上は、旅行ということで公都を訪れている。自然に聞き出すにはどうしたらいいか。こういうのは、私よりも外交官とか、そういう者が適任ではないかと思うわけだ。任せられた以上仕方ないのだが。


 しかしまあ、科学は神に反する力、というのは初めて聞いた。同じ神を信仰しているはずなのだが、国によって少しずつ違ったりもするのだろうか。とりあえずソフィーナには適当なことを言ってしまったが、ここは商人の娘あたりで通すのが良いだろう。商人は不純だなんだと嫌われがちだが、たいがい金だけはある。社会見学、と称して旅行していてもおかしくはないだろう。実際、そうしてフロスタを訪れた者を見たこともあるし。


 流石公都と言うべきか、この宿はかなり大きい。部屋が複数あるだけでも珍しい方だろう。私たちが寄った村よりは客も入っているようで、大部屋は既に埋まっているらしい。部屋を埋めたのは恐らく商人達だろう。私たちはありがたく小さめの部屋を使わせてもらっている。


「ふあ⋯⋯。あら、カルヴィン、もう起きていたのね」

「おはようございます、まだ七時前ですよ」

「ええ、おはよう。今日の予定はどうしようかしらね」

「どこかいきたい場所は決めてきたのですか?」


 特に何も情報がないまま公都まで来たが、そう広くはないし、なんとかなるだろう。


「特にはないのだけど⋯⋯そうね、せっかく来たのだし、市場とか、屋台でも見てまわりましょう? 人が少ないとは言っても、少しくらいは何かあるはずよ」

「わかりました。そうですね、市場なら人も集まるでしょうし」


 必要な荷物は纏めてあるので、いつでも出発できる。今日も同じ部屋に泊まるから、実際に持っていくものは財布くらいか。


「あ、そうだわ。先にお風呂に入っていきましょう? 身だしなみは整えていきたいわ」

「それもそうですね。急ぐわけでもありませんし、折角なので先に風呂に寄りましょう」


 公都でも良質な宿なのか、ここでは有料ではあるが風呂を解放している。術具を使って湯を作っているらしく、いつでも綺麗なお湯を使えることが売りだそうだ。


 風呂場はなかなか広く、丁寧に掃除されていた。

 やはり首都にあるからには、しっかりと管理しているのだろう。好感が持てる。

 中央には大きな鍋があり、周りを囲むように桶が置いてある。鍋を覗き込むと、底に円のような図形が二つ並んで描かれていた。常に適温に保たれているようだが、いったい幾らで購入したのか。

 道中ソフィーナと他愛のない話もしたのだが、なんでも彼女は術具について多少は知識があるらしい。術具は複雑な効果を持つ物ほど作るのが難しく、水を生み出すだけのものや火を灯すだけのものでもかなり高価なのだと言っていた。術具は魔法を使えるものにしか作れないが、我々人間に魔法を使える者はとても少ないし、魔法使い達は自分の集落から出ようとしない。そのため、どうしても希少価値が高くなってしまうそうだ。


「とっても広いわね! 昨日は汗を流す暇もなかったから、嬉しいわ」

「風呂のある宿を見つけられて良かったですね」


 室内に衝立があるが、他人の視界は遮られても声は聞こえてくる。自分は特に見た目にこだわる性格では無いので、さっさと入浴を済ませてソフィーナを待つことにした。


 長い髪は濡れていると鬱陶しい。せっかく綺麗な水だからと、家にいるときと同じように濡らしてしまったのは自分なのだが。もし自分にも魔法が使えるなら、まず最初に髪を乾かす魔法を覚えるだろう。濡れたまま結ぶと髪紐も濡れてしまうが、そのままにしているよりは良い。


「あらあら、カルヴィン。あなた髪まで濡らしてしまったの?」

「ええ、つい癖で⋯⋯」


 くすくす、と笑われてしまった。


 夏はやはり、日の出ている時間が長い。七時には既に明るかった。

 ここは、フロスタよりも暑いような気がする。外を歩いていると、乾きかけの髪が顔に張り付いてくる。


 宿がそこそこ大きい通りに面しているおかげで、露店の集まる場所までは迷わずに行くことができた。


「売ってるものはフロスタとあんまり変わらないのね」

「私たちの国とは隣合っていますし、似ている所も多いのかもしれませんね」

「そういうものかしら。でも、こういう場所って、なんだかわくわくするわ」


 露店の商品であまりめぼしい物は無かったが、まだ朝早い時間だ。これから人も増えるだろう。焦る必要は無い。


「それにしても今日は天気がいいわね、なんだか空も遠くに見えて気持ちいいわ」

「確かに今日は、昨日一昨日よりも雲が少ないですね」


 まだ六月に入ってばかりなのに、真夏のような暑さである。一応、公都はグリッセ公国の中でも北寄りにあるはずなのだが。

 隣を歩くソフィーナの金髪はとても光を反射する。おかげで常に眩しい。黄色く輝く髪が美しいとは言うが、隣に立たれると眩しい。


「あそこ、なんだか人が集まってるわ」

「おや、本当ですね。行ってみますか?」

「そうしましょ、何があるのかしら」


 少し先の方に、何やら人集りができている。大道芸でもやっているのだろうか。


「ねえ、これはなんの集まりなのかしら?」

「ん? これは魚を売ってるんだ」

「へえ、魚? 珍しいのかしら」

「ここでは海の魚なんて滅多に手に入らないからね」


 確かグリッセ公国は海に面していないはずだ。道路が整えられているとはいえ、淡水魚すら高価になった今では魚なんてなかなか売る者も居ないのだろう。


「成程、そういうことでしたか。ありがとうございます」

「君たちは、旅人かな? この公都を見ていくなら、教会は外せないよ」

「行ってみるわね。ありがとう」


 行くのは良いが、道がわからないと思うのだが。


「そっか、それならこの通りを真っ直ぐ行ったらいいよ。案内しようか?」

「そうね……カルヴィン、あなたはどう思う?」

「是非お願いしたいですね。ここを訪れるのは初めてなんです」

「よし来た、騙したりはしないから安心して僕に頼ってよ」


 公都に詳しい人が一緒なら、問題ないだろう。何かあればその時はその時だ。

 しかし、彼の顔はあまりグリッセに住む人々と似ていない。


「僕はアラン。君たちは?」

「私はソフィーナよ」

「カルヴィンと申します」


 髪の短い、優しそうな顔をした青年だ。


「よろしく、二人とも。僕もこの国で生まれたわけでは無いんだけど、それなりに長くいるからさ。案内くらいなら出来るから、任せといて」

「こちらこそ、よろしくお願いします。アランさんは何故グリッセへ?」

「兄さんに無理やり連れてこられたんだ。兄さんは先に国へ帰って、僕も一緒に着いて行こうとしたんだけど、どうしても残れってうるさくて。君たちはどうして?」

「私が観光しに来たのよ。カルヴィンはその護衛だわ」


 人懐っこい性格なのか、話が弾む。王宮には真面目な人が多かった。少し新鮮な感じがする。


「良いところだよ、公都。何日居るつもりなの? 僕は兄さんのお陰で暫く帰れそうにもないから、良かったら公都にいる間は僕が案内するよ」

「明日には公都を出るつもりよ。気持ちはありがたいのだけど、良いのかしら?」

「僕は暇だし、全然構わないよ。それに、最近はあんまり良くない噂もあるし」


 とてもありがたい申し出だ。なにより私達は、無計画にここまで来てしまった。それに、旅は道連れとも言うだろう。二人だけで行動するよりは心強い。


「なら、頼もうかしら。私達、特に何も決めてないの。おすすめの場所とか、連れてってちょうだい?」

「じゃあ、まずはやっぱり教会からだね。いつでもちょっと人は多いけど、凄く綺麗な所なんだ」


 青年に案内されて向かった場所は、とても大きく威厳を感じさせる建物だった。

 壁には窓が多く、美しい形になっている。かなり人は居るようだ。


「ここ、僕の国にあった教会よりも大きいと思うんだ。すごく綺麗でしょ?」

「凄いわ、人が集まるのも納得ね」

「この教会には、いつもは天使が居るんだよ。残念ながら今は居ないみたいなんだけど」


 もしかしたら天使を一目見られるかとも思っていたが、残念ながら叶わなさそうだ。フロスタにある教会は形だけのもので、確かに聖職者は居たが本来の役目を果たしているとは言えなかった。


「今は旅人が少ないって聞いていたけど、案外賑わっているのね」

「これでも少ない方なんだ。僕が初めて来た時は、もっと人が溢れてた」

「これで少ない方なんですか。普段はとても人が多いのですね」


 十分人が多いように見えたが、これでも少ないのか。人が少なくて良かったかも知れない。


「うーん、来てみたは良いけど、やることが無いよね。何か聞きたい話とかある?」

「あ、そう言えば、さっき言ってた不穏な噂について聞きたいわ」

「うーん、まあ、知っておいた方がいいよね。元々は二週間くらい前の話なんだけど」


 ポリポリと頭を掻きながら、アランと名乗った青年は語り出した。


「教会に一人、女の人が来たんだ。多分露店を何回か開いてた人じゃないかな、僕も見たことがある人だったよ。その人が教会に入ってきたとき、突然凄い勢いで天使が出てきたんだ。いつもは奥の部屋にいて、全然人前に出ない筈なのに。そしたら女の人を連れて行っちゃって、次の日にはお墓が一つ増えてた。それと似たようなことが何度か続いてるんだよね」

「そのとき、天使は何か言っていましたか?」

「えっと……確か、『神は決断なされた』って。それから、また別の日にも天使が突然人を殺したりとか、とにかく今まで無かったようなことが起きてる。それで人々は皆、神はお怒りになったのだとか、我々を粛清するつもりなのだとか、好き勝手言ってるんだ」


 農民達の話とは少し違った部分もあるが、『神は決断なされた』と言っていたのは同じだ。噂には尾ひれが付くものだし、やはり公都まで来て良かった。


「あなたは最初に女の人が連れて行かれるのを見てたのね?」

「そうだね、あの日はたまたま教会の近くまで来てたから」

「その女の人はどのような人だったか、わかりますか?」


 その場を見ていたなら、かなり正確な話を聞けるかもしれない。まさか公都に来てすぐこんな情報が手に入るとは。


「別に、そんなに特徴は無いような人だよ。ああ、でも確か、連れて行かれたり殺されたりした人は大体、赤っぽい毛だったかな。僕も赤毛だから心配なんだけど」


 からから笑っているが、笑いごとじゃ無いような。

 そもそも、国民が殺されているというのに、大公は何をしているのだろう。放っておいてもいいのだろうか。しかし、天使のすることには口出し出来ないのかもしれない。


「他には何かある? 無かったら、次の所へ行こう」

「私は無いわ」

「私も特にはありませんね」

「了解、じゃあ次は……」



「そこは服屋なんだけど、この国の伝統的な布を使ってるんだ。買わなくても、見ていく価値はあるよ」

「あら、これ可愛いわね!」


「あそこは元は見張り台だったらしいよ。上から見る景色は綺麗なんだ」

「行ってみましょう! 見てみたいわ」

「景色ですか、良いですね」


「そろそろ食事でもどうかな? 動き回ったし、お腹も空いたよね」

「今日くらいは少し食べすぎても良いかしらね」


「次は僕が一番気に入ってるお店だよ」


「あそこにあるのは――」


「あのお店が――」



「ああ疲れた! でも、楽しかったわ。一日ありがとう、アラン」

「私からも、ありがとうございました。とても助かりましたよ」

「良いよ良いよ、僕も楽しかった! また会えたら良いね」


 案内を受けつつ公都を歩き回り、宿まで帰ってきたのは十九時頃だった。


「きっと会えるわ。さようなら、また会いましょう!」

「うん、さよなら! 元気でね」

「さようなら、幸運を祈っていますよ」


 青年が住んでいた国は聞かなかったが、何故かまた会うような気がした。

 これまでに会ったことの無いような、とても爽やかな青年。新たな出会いには心が踊る。

 一日歩いて疲れていたが、歩く足取りはとても軽かった。


 翌朝。

 寂しさも感じるが、一先ずフロスタへ帰ることにした。一度陛下に報告した方が良いだろう。既に国を出て四日目だ。


「楽しかったわね、公都は。今日はどこかの村へ寄る? それとも、野宿かしら」

「同じ村に寄る意味はあまり無いような気がしますし、真っ直ぐ帰りましょうか」

「わかったわ、それじゃパンとチーズだけ買っていきましょう」


 出発したときよりも少しだけ重くなった荷物を背負い、関所まで真っ直ぐに進んで行く。一日目とは違う道だが、フロスタに着くまで急いでも二日はかかる。一日は道端で寝ることを覚悟しなければならない。


 意外にもソフィーナは自然に囲まれた場所で一夜を過ごすことに抵抗のないようだった。寧ろ、幼い子供のように楽しんでいた。女性は野宿など嫌がるかと思っていたが、そうでも無いようだ。


 野生の動物に襲われることも無く夜は明け、フロスタへの道のりを急ぐ。それ程長い間国から離れていたわけでは無いが、少しは心配になる。もう、そう遠くもない。

 十五時には関所に辿り着いた。


 その関所に、大きな違和感を感じた。

 人の気配がない。建物が荒らされている。


「どうしたのかしら……」

「誰か居ませんか?」


 既に壊れかけている扉を越え、建物の中へ入る。

 鉄の臭いが、鼻につく。


 そこにあったのは、何名かの兵士の死体だけだった。

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