末っ子
家で遊ぶよりも外で遊ぶほうが楽しかった、少し昔の子どもたちの日常を、なかなか、仲間に入れない末っ子の目線で詩にしてみました。
緑の春は木に昇り
クスの実とって、竹とって
鉄砲つくり、撃ち合いを すれば、誰かが泣きだして
みんな、笑って囃したて 怒られ、追われ逃げ回り
仲良く、夕日背負うまで 疲れしらずに遊んでた
けれど、泣き虫末っ子は
足は遅いし、危ないし 怪我をさせりゃあ叱られる
そんなこんなで置いてかれ
きょうも、ひとりでべそをかく
青の夏には海にでて 打ち上げられた板きれを
蔓で束ねて船つくり ふたりも乗れば沈んでく
そんなことさえ楽しくて 落とし、落とされ板の上
真っ赤に海の染まるまで 日がな一日遊んでた
けれど、泣き虫末っ子は
背丈もたらず足つかず 泳げず、溺れりゃ一大事
海は無理だと置いてかれ
きょうも、ひとりでべそをかく
茜の秋は柿にクリ
りんごないけど、ぶどうなら あるぞと、みんな誘い合い
他人の畑も子どもなら 怒鳴られ、げんこもらっても
あとは許してもらえるし
そんな、損得勘定で きょうも、野山を駆けまわる
けれど、泣き虫末っ子は
逃げ足遅く、気も弱く 見張り役にも役立たず
足手まといと、置いてかれ
きょうも、ひとりでべそをかく
白い冬にはなり切れぬ 南の島の子どもらも
寒い季節は家にいて 猫を真似して丸くなり
昔話にせがむのは 祖母の十八番の「ふるやもり*」
先を知りつつ引き込まれ 火鉢のみかん焦がしてた
だから、泣き虫末っ子は
置いてきぼりも、追っかけも その哀しさも悔しさも
みんな忘れて温まる
冬がいちばん好きだった
*「古家のもり」は、実際にある民話です。おじいさんとおばあさんが、世界で一番怖いと話していた「〇〇」が、実は、泥棒などから二人を守っていてくれたという内容です。ご興味があれば、ぜひ、読んでみてください。たぶん、色々なバージャンがあると思います。
私自身が末っ子ですので、個人的な実体験をいくつか鏤めています。祖母が「ふるやのもり」を話してくれたことや、焼きミカンの習慣は実体験です。
ちなみに、あとで知ったことですが、皮ごとミカンを焼くというのは、のどの薬の意味合いだったようです。でも、焼けるのを待つ間の、香ばしいミカンの香りと、焼いたことでつるんと剥ける皮や酸っぱさが和らいだ独特の味は食べ物として好きでした。
時代遅れですが、あれには火鉢が一番です。




