愛の重い王太子は婚約破棄しない!!
ここは王立学院の中央広場、この国の王太子が金髪の男爵令嬢を連れて、ワインレッドの長髪の婚約者と向かい合っていた。
「どうやら巷では婚約破棄というものが流行っているようだが、私はしないからな」
目の前の王太子は陽の光に透ける金髪に綺麗なトルマリン色の瞳を伏せがちにいった。
「え!」
彼の横にいた男爵令嬢のエミリーは声をあげた。彼女の青色の瞳は丸くなる。まさかこんな展開になるとは。
「え?」
彼に対面していた婚約者のイザベラも声をあげた。つり目がちな紫の瞳が見開かれる。いつもそっけない彼のことだからてっきり婚約破棄しにきたのかと思っていたのだ。
「オリバー様! わたしはイザベラ様に数々の嫌がらせをされたんですよ!」
エミリーは涙を浮かべて王太子オリバーの袖をぎゅっとつかんだ。
オリバーはため息をつきながらその手を振り払う。
「イザベラがそんなことするわけがないだろう」
「でもでも、証拠だってちゃんとあるんです!」
エミリーはごそごそと鞄から切り刻まれたドレスを取り出した。
そして悲しみに肩を震わせてオリバーに訴えかける。
「お気に入りのドレスだったのに、ひどい!」
「それをやったのは本当にイザベラなのか?」
「イザベラ様はわたしのことお嫌いなんですー」
両手で顔を覆っているエミリーの横でオリバーはドレスの切り口をじっと見つめた。
「このドレスを切ったはさみは質が悪いな。切り口がほつれているではないか。イザベラには最高級品の断ち切りばさみを与えている。イザベラではないな」
あっさりと結論をくだすと裁断された布切れをエミリーに返す。
エミリーは驚きのあまり涙が引っ込んだ。
「ええ……、いえ! まだあるんです!」
ごそごそとエミリーが取り出したのはぼろぼろになった教科書だ。
「わたしの大事にしていた教科書なのに、ひどい!」
王太子オリバーは教科書のちぎられた部分をじっと見つめた。
エミリーはふるふると涙をこぼしている。
「いや、このちぎられ方は右利きのもののしわざだな。イザベラは左利きだからちぎるとしたら向きが違う。イザベラではないな」
あっさりと結論をくだすと引きちぎられた紙の束をエミリーに返す。
エミリーは茫然とした。
「ええと、あ! わたしイザベラ様に階段から突き落とされたんです!」
ドレスの裾をめくり足首に巻いた包帯を見せながらエミリーは声を震わせた。
「とても怖かったですー」
「いつだ」
「え!」
「いつ、突き落とされたのかときいている」
王太子オリバーは湖畔の色をした瞳で冷ややかにエミリーを見据えた。
その腕は胸の前で組まれている。
「え……そう! 昨日のお昼休憩のときです!」
エミリーの目線は右上を向いた。
「うそをつくな。イザベラがそんなことをするわけがないだろう」
「オリバー様! 信じたくない気持ちはようくわかります! でもわたしは確かに二階の踊り場の階段から突き落とされたんです!」
エミリーは足首の包帯を強調して目を伏せて震えた。
「二階の踊り場だと? 昨日イザベラは二階の踊り場など行っていないぞ」
エミリーの顔が蒼白になった。
「イザベラは昨日の昼は第四食堂のテラスで友人マリナ・グリーンと昼食をとったあと、中庭の出入り口から校舎に入り、Bクラスで弁当箱を置いて、五分程度おしゃべりしたのちに友人エマ・ハミルトンに誘われて第一校舎の廊下を抜けて、西の玄関口から外に出て、第三コートでずっと球投げをしていたからな。昼休み中だ。二階の踊り場など、行ってはいなかった」
「オリバー様……?」
エミリーは震えた。彼女は後悔した。まさか王太子がこんな人だったとは。
「私が目視で確認した。間違いない」
王太子オリバーは澄み切った水面の瞳でイザベラを見つめた。きらきらと光を反射して宝石のように輝いている。
「そうだろう? イザベラ」
イザベラはようやく自分の番がまわってきた。
「オリバー様……!! ストーカーですわ!!」
イザベラは力いっぱい頬を張り手した。いい音がした。
「エミリーさん!! どうぞお譲りしますわ!!」
ぎゅんとイザベラがエミリーを向くと、エミリーはぶんぶんと首を振った。
「イザベラ様ごめんなさい!! わたしが悪かったですう!!」
エミリーはあわてて荷物をまとめるとびゅんととんで逃げた。
「イザベラ、すまなかった。君を驚かせてしまった。君をわずらわせないように姿を隠していたのが良くなかったのだろうか。歪んだ私といっしょにいては君に悪影響があるといけないと思い距離を置いていたのだが、私はいつも君のことを見守っていた。毎日日記にもつけているし、映像にも残している。今日みたいなときにも君を守ることができる。もし暴漢がきたとしてもすぐに駆けつけられるから安心してほしい」
王太子オリバーはきらきらとした金の髪に水色の瞳でいかにも王子様といった顔で言った。耳を赤く染めてすいと視線をそらす。
「だから私は絶対に婚約破棄はしないし、君が逃げたとしてもどこまでも追いかける。君のためではないからな!」
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