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7話・前髪を下ろしている理由



────何で?



 不思議だ。魔狼の死体はどこにいったのだろう? そう思いつつパペットを拾いあげる。



「それは白猫熊さまじゃないか。良く出来ているパペットだね」

「大切な人が大事に持っていた物です。その人は今、いなくなってしまいまして……」

「そうか。きみにとって思い出の物なんだね」



 シーメルがパペットを見て相好を崩す。シーメルは感情豊かな人らしい。俺がこのパペットの持ち主がいなくなったと言うと、シーメルは痛ましそうな顔をした。悪い人ではなさそうだ。



「まあ、うちにおいでよ」

「ぐぅ……」



 お誘いの声にお腹の方が素直に返事をしていた。朝からそう言えば何も口にしていなかった。初対面の相手の前でお腹を鳴らすだなんて失態だ。恥ずかしすぎる。俯くと頭に大きくて温かな手が乗った。きっと父親がいたらこんな感じなんだろうなと思ってしまった。


「おいで。遠慮しなくて良いよ。一緒に食事をしてその後のことを考えよう」


 シーメルが強面のオジさんでありながら面倒見が良いと知ったのはその数分後のこと。シーメルに連れられて向かった先で食事をご馳走になり、冒険者やそのギルドの仕組みについて色々話を聞いていたら登録を済ませる流れとなった。






「はああ。食った。食った」


 お腹いっぱいご馳走になって、シーメルの馴染みの宿屋も紹介された。有り難いことにシーメルが先払いしてくれたので一ヶ月ほどはここで暮らせる。

シーメル曰く先行投資だそうで、ゆっくり冒険者として育って行ってくれれば良いからと、温かい言葉まで頂いてしまった。


「みんないい人だったなぁ」


 シーメルさんは勿論のこと、今日出会った人達には恵まれたような気がする。行商のお婆さん、花売りの娘さん、騎士さま。

 お婆さんの荷物を運んだことがきっかけで頂いたオレンジ。そのオレンジが花束に変わり、花束が剣に変わってギルドの所長であるシーメルさんへと結び付けた。

 ほんの数時間前までは信頼していた相手に裏切られて世の中は終わったように感じられていた。それが彼らに出会えたおかげで世の中の全てに絶望していた気持ちが救われた。


「有り難いよなぁ」


 一部の人間に裏切られただけで自分が生きてきた十八年間が全部否定されたように感じられたけど、それでもやっぱり他人を信じることは止められない。

先ほどまで一緒に食堂で食事を共にしたシーメルには、初対面だと言うのに何でも話せた。お腹が満たされて警戒が緩んだのもあってか、シーメルに自分の身に起きたことを詳細は省いて愚痴ってしまった。

今まで親友だと思っていた人に裏切られたこと。親友は自分と彼の許婚が不貞を働いたと決めつけ、一方的に責められたこと。反論しようにも親友に嘘を吹き込んだのは聖騎士だった為、信じてもらえなかったこと。


一度話し出すと、胸の中にため込んでいた鬱憤が飛び出していた。



「俺は嘘を言ってないのに所詮、捨て子だからって信じてもらえなかったんです」

「それは嫌な目にあったな。でも冒険者に生まれ育ちは関係ない。実力主義だからな」



冒険者になって見返してやれと、励ますように言われた。その言葉は親友だったと思っていた人物から批難されて傷ついた心に染み渡った。


「ところできみは若いのにどうして前髪を下ろしているんだい? 顔の表情が分からなくて実に勿体ないよ」


 向かい側に腰掛けているシーメルが手を伸ばしてきた。あまりにも自然な動きで拒むことが出来なかった。


「おや、きみは……!」


 シーメルは驚いたように目を見張り、すぐに手を下ろした。



「済まない。もしかして前髪を下ろしていたのは瞳を気にしていたのかな?」

「ええ。まあ」



 実は俺の瞳は左右で色が違う。左側の瞳は琥珀色で右側は緑色。俺の瞳をマダレナさまは宝石が二つ並んでいるようで綺麗だと褒めてくれていたが、自分としては左右の瞳が違うなんて気持ち悪く思っていた。

 それというのも幼い頃に一度だけ聖殿の近所に住む子供達と遊ぶ機会があり、その時に一緒に遊んでいた子供達から「気味が悪い」と、言われたのだ。


 自分の周りには大人の神官達しかいなかったし、表だって批難する者は誰もいなかった。それはいま思うと大神官さまのご威光によるもので、大神官さまの養子となっている自分を悪く言えなかったのだと思う。


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