62話・嘘は言わないで
いきなりポリーナの姿をした魔人が襲いかかってきた。それを聖剣で迎え撃つ。
「あなた……それ」
何かポリーナが言いかけたが、俺が聖剣で払いのけると口元を引き結んだ。
「ふ~ん。あなた勇者だったんだ。これは容易にいかなさそうね」
「こっちとしては遠慮したいところだがな」
自分の正体を知ったように言うような魔人の態度が気になる。魔人は変身した。毛むくじゃらのその姿にぎょっとする。以前、洞窟に現れたダンジョンに潜んでいた怪物が、いや牛魔人がいた。
「おまえ、牛魔人? おまえ女だったのか?」
「見て分からない? 失礼な男ね」
「分かるはずないだろうがっ。毛むくじゃらの生物の性別なんて」
思わず怒鳴りつけていた。あの時、倒したとばかりいた牛魔人が生きていた? マダレナは黙りを決め込んでいる。
「あの後、ヌコライ大公爵と出会ったのか?」
俺の言葉に毛むくじゃらの牛魔人は胸元で両手を組んだ。
「運命的な出会いだったわ」
毛むくじゃらの牛魔人がそうしていると、妙齢の女性のように見えてくるから不思議だ。
「あの御方はね、見知らぬ世界に放り出されて行き場のないあたしにうちにおいでと言って下さったの。あちらでは半端者として見下されていたから良い思いをしていなかった。旦那さまの言葉は嬉しかった」
旦那さまのおかげで幸せな生活が送れていたのにと恨めしそうに言われた。
「おまえ達のその幸せは、人間の不幸の上に成り立っているんだろうが」
「それはあなた方だって同じことじゃない? 自分が幸せだと思っている裏で誰かが泣いているかも知れないのよ」
いやにこの牛魔人は人間くさいことを言う。なんだか調子が狂う。でもその牛魔人はポリーナの姿を借りていることについてはどう思っているのか聞いてみたくなった。
「あんたさ、それで良いの? その姿ってポリーナさまだよな? 彼女の姿でいるってことは、旦那さまにはポリーナとしてしかみてくれてないってことだよな?」
ヌコライ大公爵はあんた自身を見ているわけじゃない。ポリーナとして見ているだけだと言えば、それでもいいのと寂しそうに言ってきた。
「構わないわ。旦那様が誰の名前を呼んでも。あたしを見ていることには変わりないし、抱きしめるのもあたしなんだから」
「思いが歪んでいるな」
「何とでも言って。どうせあんた達はあたしのお腹の中に消える運命なんだから」
彼女は思いきり腕を振りかぶる。俺はどこか違和感が拭えなかった。その手腕をあっさり掴めたときに胸元で声が上がった。
「嘘は言わないで!」
「レナ」
「あなた、あの時の牛魔人じゃないでしょう? しかもあなた誰も殺せない臆病者のくせに」
「……どういうことだ?」




