20話・きみの名は?
「誰かこっちに来る」
マダレナが動きを止めたので慎重にこちらに来る人に目をやれば、この森に入り込んできたのは、どこかの貴族の子息のような小綺麗な身なりをした若者だった。金髪に緑色の瞳をしていた。自分よりやや年下だろうか? その若者は草むらをかき分けて何かを探しているようだ。
どこか困っているような様子に無視は出来なかった。
「何かお探しですか?」
「この辺りに思い出草というのがあると聞いてきたのだ。ないだろうか?」
「思い出草?」
「母が今日は結婚記念日で、そのお祝いに何か贈りたいと思ったらそれしか頭に思い浮かばなかった」
思い出草と聞いて、自分以外にもこの若者が仕事として受けたのかと思ったがそうではなかったらしい。
「お金ならある。探すのを手伝ってくれたなら謝礼を支払おう」
「謝礼なんていりませんよ。私もギルドから仕事を受けて丁度、その花を探していた所です。差し上げますよ」
「それでは申し訳ない。仕事として受けたのなら報償として受け取るはずの給金も発生するのだろう? それを私が横取りする羽目にならないか?」
若者は初対面だというのに相手のことを気遣う事に長けていた。そこに好感が持てた。彼のような特権階級社ならば、あの馬鹿王子のようにこちらを見下してもおかしくはないのに。
「ではこうしませんか? 思い出草の花を探し出せたなら、その一輪だけ私に頂けませんか?」
「それで良いのか?」
「ええ。仕事を完了したことになりますから」
「済まないな」
若者は申し訳なさそうな顔をした。そこに嘘はないように感じられた。
「いいえ。良いんですよ。ここで会ったのも何かの縁でしょう」
「きみは人が良すぎるぞ。初対面だというのに私のことを信用して損をしたらどうする?」
「俺は見た目からして胡散臭そうですから損するほど他人に興味など持ってもらえませんよ。そのようなことを言ってくる時点であなたさまも相当なお人好しでは?」
「別に君の場合は前髪を伸ばしているだけだろう?」
若者は不思議そうに言う。
「変に思いませんか?」
キリルやその仲間達は自分の見た目をよく馬鹿にしていた。初対面である彼も好印象は持ちにくいだろうと思っての言葉だったのに逆にそれがどうしたと言われて面食らった。
「誰しも気になる部分があるだろう? 私の周囲にいる女性達は皆、額を隠したがる。子供の頃、気になって母上さまに聞いたら若い年頃の女性は額に吹き出物が出やすい年頃だからあまり指摘しないようにと言われた。きみもそうじゃないのか?」
若者は俺の前髪のことは吹き出物が出来ているせいで、その部分を晒したくない為と勝手に誤解していた。瞳のことには触れられたくなかったので、そう相手が思い込んでいるのなら有り難かったので訂正しないことにした。
草むらの中を探りながらも会話は続く。
「きみの名はなんという? 私はシナンだ」
「俺はアフォンです」
「アフォンはさっき、ギルドから仕事を請け負ったと言っていたが冒険者か?」
「はい。まだ新米なのです」
「新米って事は、以前は何の仕事をしていたのだ?」
「神官です」
「神官? なぜ神官が冒険者に? 畑違いだろうに」
「まあ、色々ありましてね。ある御方との不貞をでっちあげられて神官を辞めさせられたのです」
「それは酷いな。どこかで似たような話を聞いた気がする」
「俺以外にも陥れられる神官さんがいるとしたらお気の毒です」
「私が聞いたのは聖女マダレナさまについてだけどな」
「マダレナさま?」
思わず声が裏返ってしまった。胸元のパペットもぴくりと反応する。マダレナは大人しくはしているが話を聞いていたらしい。




